40話 植竜
「あれが植竜か。でかいな」
そう呟くイルドの目の前には、周囲の20メートルはある樹々と同程度の高さの竜が眠るように横たわっていた。崖の上から見下ろしてもその大きさがより一層分かる。
正確には、竜の形を模した植物だ。ワイバーンや巨大な爬虫類とは違う、強靭な四肢に大きな翼をもつ竜。遠目には植物に覆われた緑色の竜にしか見えない。
「たしかにでかく見えるが、だがそう見えるだけだ。実際はあの中心に本体がいる。見た目はあれと同じだが、大きさはずっと小さい。精々俺たちの腰くらいだな」
「そんなに小さいのか?」
「ああ、だが最低でもランク4の魔物というのは嘘じゃない。あれほどじゃなくても、竜のブレスを模した衝撃波や爪、押しつぶしの攻撃だけも厄介だ」
草木は見た目に反して重いからな、と案内人の槍使いミミムは続ける。
目の前にいる巨大な竜をよく見ると、たしかにその鱗は葉っぱで翼は枝だ。口を閉じていて牙が見えないのではなく、開けば牙は模倣できていないのが一目で分かるだろう。本物の竜よりははるかに弱い。
だが厄介なのも事実だ。
植竜の様な他の魔物を模倣する魔物は見た目だけでなく技術も模倣する。そうでなくでも見上げるほどの巨大な樹が意思を持って倒れてくるだけでもまともに押しつぶされれば重症だ。
――‥‥‥やる気出てきた。
モアナも相手にとって不足は無いと手足の武具に魔力を流し身体能力向上、肉体強度上昇の魔術を限界まで重ね掛けし、本体を殴った衝撃で身に纏っている植物など吹き飛ばしてやろうと打撃の構えをとる。
「いや待った。嬢ちゃんこれが採取の依頼も兼ねてるって忘れてないか?」
だが、飛び掛かる寸前でイルドに声をかけられて前につんのめる。
「……忘れてない」
「いや声かけなかったら飛び掛かってただろ。」
完全に撃破するつもりで採取など忘れていたモアナはぷいと顔を背けながら言い訳する。そんなときもあったあったと笑い、三人とも気にしていないようだ。
「じゃあどう倒すかだな。できるだけ傷を付けずに倒せればいいが……どのみち、あれ全部は持ち帰れないな。本体の急所だけを壊してその後高く売れそうな部分を検分するか、全体を大きく攻撃して適当に残った部分を持ち帰るか?案内役であるあんた達の意見を聞きたい」
「できることなら、本体を持ち帰るのが望ましい。高く売れるからな。竜に擬態している部分は周囲の樹々や生命属性魔術の様な能力で作ったものらしいから、大した値段にはならない。
だが植竜は魔物になった植物だ。動物系の魔物のように心臓や頭などの急所は無い。あの植竜も同様だろう。ゆえに……嬢ちゃんはどうすればいいと思う?」
よどみなく説明してくれていた槍使いのおじさんが、急にモアナに話を振ってくる。
「……急所がないなら……竜を模しているなら、急所と同じ場所を破壊するとか?」
「それも正解だ。だが今回は魔石を狙うのが正解だろうな。魔力を祓うよりも確実だ」
動物系の魔物と比べて植物系の魔物は穢れた魔力に強く汚染されることで魔物化している。元より脳がない植物が思考できるのは穢れた魔力に汚染されているからだ。ゆえに体を切断したり魔術で吹き飛ばしたりし魔力を散らすことで撃破できる。
魔石を抜き取ることは魔物にとって心臓を抜き取ることに等しいためその工程を一気に飛ばせる。確実な反面魔石は魔物の心臓部にあるため危険も大きいが、植竜というどこから本体なのか分からない魔物が相手ならば、魔石を抜き取ることが正解だ。
「じゃあ向かってくる樹々を壊しながら近づいて、本体にはできるだけ傷つけずに魔石を抜き取ると。ゲリットもそれでいいか?」
もう一人の案内役も頷いたことで、作戦は決まった。
イルドが先陣を切る姿を尻目に、モアナは大きく迂回しながら植竜に近づいていく。繊維が異常発達している植物の魔物は斬撃に強い。剣ならば切断できるだろうが、モアナのように爪を使う斬撃では切れないだろう。そのため植物の幹に当たる硬い部分を破壊するつもりだ。
同じく不向きな短剣使いのゲリットと協力しようと持ちかけたが断られてしまった。どうするのかは分からないが、大丈夫と言っていたので大丈夫なのだろう。
「グオオォォォオオオ!!!!!!」
地を揺らす巨大な咆哮を上げ、植竜が首を上げて周囲の害虫たちを睥睨する。その迫力はとてもランク4とは思えないほどだ。
いや、事前情報よりも育っているのだろうとゲリットは考え直す。
――……こいつ、本当にランク4じゃないな。最低で5‥‥‥もしかするとランク6は行くかもしれない
植竜は最低ランク4というのはあくまで最低。生存競争の中でランクアップを重ねている場合も十分考えられる。
それでもランク6になりたてが精々だろう。
――……まあ、それでもこの小僧なら素材を諦めれば倒せるだろう。俺より格上のC級冒険者様なら大丈夫だろう。それにあの天才的な才能ある子どももいるのだ。問題なく勝てるだろうさ。
ゲリットがそう考えながら短剣のように鋭利で長い枝を切り落としていると、他の三人も各々が的確に植竜の体を削っていく。
剣が、槍が、拳が、枝と幹と葉を伐採するように散らしている。
しかし咆哮と共に削られた植物の体が復元していく。
「……あれは、生命属性魔術。かなり強力」
「ああ、固有の能力で操っていると思ったが、その植物を生命属性魔術で強化していたんだろうな」
モアナとイルドがお互いに予想をすり合わせると方針を修正。魔力量が人間よりも多い魔物を相手に我慢比べをしても勝機は薄い。細かい攻撃ではすぐに再生されるため、強力な一撃で決めることにした。
戦闘は長期に及んだ。日が暮れるころにその時は来た。
ミミムが正面に立ち注意を引き、モアナが目立つように背から襲い掛かっている。
「……【限界突破】【即応】…【大水刃斬】!」
魔力を練り上げ自己強化の武技を最大まで使用し、目立たないように素早く足元に近づいたイルドが魔術を用いた武技を発動させたのか、水で出来た大きな刃が剣の延長上に形成される。それを大上段で振るうと植物で模倣された竜の体が上下に分かれる。
「ギャアアアア!!」
「【瞬脚撃】」
悲鳴を聞き流しながら、モアナが弾丸の様な速さで下半分の胴体の中心に蹴りを叩き込む。
すると本体と思わしき小型の植物で出来た竜が転がり出てくる。
――よし、時間はかかったが、これで終わり……なに?
鱗を剥ぎ取られた蜥蜴同然の魔物を相手に気を緩めたが、次の瞬間にゲリットは驚愕に目を見開く。
ブレスだ。
魔力の奔流が地形を削るように突き進み、魔力が鋭利な樹々に変形し数百の槍のように襲い掛かる。
モアナは咄嗟に近くにいたゲリットに半分を任せ撃退しようとし……。
――無理だな。逃げるか。
背後から蹴り飛ばされ、全身に樹の槍が突き刺さった。
時は戻り夕刻。宿の食堂にて。
「そういえばモアちゃん遅いわね」
「あ、忘れてた。……あっちだな。まだ街の外にいるみたいだし、迎えに行くか」




