34話 スリルとお金
日常回のつもりだったんです
遺跡の探索が終わりヘレナに報告し終えたので、数日後アレットは外出せずに宿屋で本を読んでいた。タイトルは「魔力汚染率と魔物への変化」というアレットの故郷で先人が書き上げた本だ。アレットのユニークスキルである【知恵の書】は鑑定の魔眼や周囲の地図化だけでなく、アレットに加護を与えた神に奉じられた書物の閲覧も可能にする。書物はステータスのように脳内に表示されるため、手に持っている本は不審者に思われないためのカモフラージュだが。
「おかえり。買い物に食べ歩きだっけ。楽しかった?」
「うん!やっぱり一人より二人でいると楽しいね!」
「……つかれた」
本を片手に優雅にコーヒー……はまだ飲めないので、甘い紅茶と甘いパンをテーブルに置き優雅っぽいことをしていると、ドアから元気溌剌な少女と気だるげな少女の声が聞こえてきた。
以前一人で少女っぽいことをしたらつまらなかったので今度は二人でリベンジだと朝方出ていったエルフの少女ソフィアと猫系獣人種の少女モアナだ。アレットが顔を上げてみると、予想通りソフィアは満足そうに、モアナは疲れて死にかけているような顔をしていた。
「今日はこの間行ってきたケーキ屋さんとお洋服屋さん行ってきたよ!モアちゃんも楽しそうにしてくれたんだっ。今度はアレット君も一緒に行こうよ」
「服に興味ないから行かない」
「……おいしいケーキもあるよ」
「行かない。甘いクリームが乗ったパンならあるし……食べるな俺のだ」
「……返す?」
「いやいい。吐くな」
消音の結界まで張って静寂な空間での読書を楽しんでいたのに邪魔され、それどころかアレットが朝のうちに買ってきたパンまで掻っ攫っていく。部屋を分けようか迷うが、騒がしいのは嫌いだが賑やかなのは好きなので迷う。
「えーっと。そろそろ入っていいかしら」
「どうぞ」
「あ、忘れてた。さっき街で会ったんだよ。ヘレナさんと冒険者ギルドに報告したから、私たちにも教えておきたいんだって」
ソフィアたちが開けっ放しにしている扉から、遺跡で拾った遺跡探索専門の冒険者であるパスファルがおずおずと顔を覗かせてきた。完全に内輪の会話をしている三人に気おくれしたのか、遺跡では溌剌としていたのに今は戸惑っているようだ。
アレットは遺跡の調査はデータを提出しただけだが、生き証人であるパスファルを連れて帰ったので探索依頼は完璧に完了したという評価をもらえたので、実際にあの遺跡は何だったのかという疑問には興味がなかったのだが、ヘレナかパスファルが気を利かせたのだろう。
「それで、あの遺跡は何だったのですか?」
「うん……説明するけど、興味ないのは分かるけど、目線くらい向けましょう?」
アレットはパスファルの説明に興味がないため、視線すら向けずに読書に戻っている。ソフィアとモアナも同じく興味がないのか、買ってきた服を当ててファッションショーらしきことをしていた。
パスファルは遺跡の時に子供三人で行動していることから、てっきり三人は兄弟や幼馴染、高名な冒険者の弟子、実践的な道場の跡取りなどかなと考えていたが、宿まで来てみると全くそうは見えない。孤児院や神殿が存在する協会地区のありふれた宿屋だ、後ろ盾などは全く感じられない。同じ孤児院で出会った一人と二人が、偶々才能あふれていたため冒険者をやっているように見える。
実際には、その通りだが。
パスファルに説明されたところ、あの遺跡は本来はこの大陸の南東にある森、アレット達が向かおうとしていた神秘の森エニアにあったらしい。エニアでは木々と共存するように住民たちと暮らしており、奥地には美しい精霊がいるという森だ。
そんな美しい森だが、日の光が差し込まない暗闇には闇に魅入られ堕落した精霊がいるという、都市伝説のようなものをパスファルは聞き付けた。
遺跡探索を生業とするパスファルはスリルやロマンを優先している。この大陸の北にある戦士が修行する荒れ果てた荒野で古代の遺跡を探索していたが、路銀が尽きてしまったため、特殊な力はないが単純に強力な魔物の素材を高く売るために、単純には弱いが特殊な力があるエニアにまでやってきた。
そこで強力なマジックアイテムを購入し、荒れ果てた荒野に戻る前に都市伝説を聞き付け考える前に遺跡に向かった。
興味本位で遺跡に向かったが、遺跡がダンジョンに変質し始めていることに気が付いた。遺跡がダンジョンに変質するならば、そこには穢れた魔力が多く存在していることになる。もともと大抵の遺跡には侵入者を排除する仕掛けがあり、ダンジョンに変質するとダンジョンの標準機能である罠作成が合わさり、通常のダンジョンとは比較できないほど危険なものとなる。
しかし、パスファルはそれを逆手に考えた。ダンジョンに変質し始めた今なら、最も安全だと。今後危険なダンジョンになるとしても、ダンジョンになり切っていない今ならお宝を総取りできると!
「で、結果として欲張って遺跡の最深部で魂の武器に宿った魔物に負けて、お宝も全部落としたと」
「魔物に負けて死にかけたところを精霊に空間転移で助けられて、遺跡まで空間転移してここトルシスまで飛んできたと」
「……ばかだと思う。欲張りすぎだし」
アレットたち三人からロマンを優先しすぎて大失敗した馬鹿を見るような目でパスファルを見ているが、パスファルは全く応える様子は無かった。
「しかたないのよ。お金もロマンも、命を懸けるに足るのよ」
そう笑顔で言い切るパスファルは、アレットたちには見たことのないものだった。
「でも、迷惑かけすぎということで無償依頼を受けることになったから、ちょっと手伝ってほしいのよ」
「すごいと思ってしまった気持ちを返してください」
この世界では街の外は無法地帯であり、何をしても、何が起こっても自己責任である。そうでなければ、魔物と戦う時に周囲の地形を考えて強力な武技を使えなかったり、法律で禁呪認定されている魔術を使えず魔物に負ける、なんてこともある。魔物ではなく山賊の場合も、人を殺してはいけないという法律があるから、街道の先で待ち伏せしていると山賊らしき人物にも配慮し、結果殺されることもある。そのため街の外に法律は届かない。
しかし当然、その行為に正当性がない場合は別である。
街の外でも犯罪者以外から身ぐるみはがすのは違法であるし、独断で危険な魔術を使用し、過剰に街に被害を与えては何らかの刑罰を受ける。街の外で一般人を襲撃して身ぐるみはがす山賊が賞金首になるのはそういう理由だ。
パスファルは本来何か違法なことをしたわけではないが、冒険者ギルドへの説明が下手すぎて無償依頼を受けるという、無償ボランティアの冒険者版の刑罰を受けることになった。
「でも私、いまはこんな体だからうまく戦えないのよ。本来戦闘専門でもないしね」
そういって腕を横に伸ばすと、腕が透けるように薄くなった
「たしかにあなたの体を改造したのは俺ですけど、それはあなたを助けるためであって、俺が責任を取る必要はないと思います。同意の上でしたし」
「いいじゃない手伝ってくれても。あなた達が次に行く街と同じ場所まで護衛してくれればいいから」
アレットは遺跡で実験も兼ねてパスファルの体を精霊と融合改造を施したが、死にかけの本人に同意を得ていたので、その後の生活に影響が出ても全く責任を感じていなかった。しかし自分が次に行く街まで護衛など、それで何になるのかという疑問が同時に生まれた。
「依頼って、どんな依頼なんですか?」
「配達依頼よ。エニアの奥にあるエルフの村に、ヘレナさんの息子さんたちがいるから手紙を届けてって依頼ね」




