32話 黒い呪い
(あれが精霊か。見た目は浮かぶ埴輪みたいだな)
アレット達は遺跡を潜り続け、ばんやりとした明かりがふわふわと漂っている広間にたどり着いた。
精霊。それは人間や動物、植物を含めて輪廻する魂が、この世界の穢れていない正当な魔力に受肉した存在だ。多くは獣型や半透明でデフォルトされたような人型をしている。
基本九属性である火、水、風、土、生命、時間、空間、光、闇の性質を基本とした生き物であり、精霊としての格が下がるほど爆発や精神といった基本から離れた属性へと弱体化する。
高い知性を持っていることが多いが、人前には姿を現さない。最寄りの街から二十キロ近く離れていて暗い森に囲まれている遺跡は隠れ住むには最適なのだろうか。
「それで、どうする?かなり低級の精霊だと人語が話せないはずだけど」
「……獣ならなんとなくで会話できるけど、精霊は無理」
「奥の方に瘴気の塊みたいな場所があるし、行ってみようよ。こんなに精霊が集まっている場所にあるってことは、会話できる精霊が一体はいるってことだよ」
「じゃあアレット君に任せるよ。ところでここの精霊ってなんで襲ってこないの?」
「あー……。そういえばなんでだろう。ここの精霊に攻撃能力がないなんてことはないだろうし」
理由は分からないが、襲ってこないなら都合がいい。そう考えて周囲を精霊に囲まれながら歩いていくと、アレットのユニークスキルで探知できない場所にたどり着いた。
そして三人は首を傾げた。
そこは広間の一番奥で、アレット達が最初に派遣された遺跡。
だというのに、そこにはテントが張ってあった。
「誰ですか。あなた達は」
アレットが代表するようにテントの垂れ幕を捲ると、今にも消えそうな声が聞こえてくる。
その音は蚊の鳴くようなか弱い振動で、気を張り詰めていなければ木葉がかすれただけだけ思ったかもしれない。殺気も敵意も感じない。しかしか細くも強い意志を感じさせる声。アレットは咄嗟に反応できなかった。
戦闘時はモアナが前衛として戦うため、咄嗟にモアナはアレットの前に出る。
しかし暫定敵である生き物は数メートル先で虫の息で転がっている。それをとりあえず殺すべきか判断できず、指示を仰ぎたくてもアレット硬直している。モアナはそれ以上行動できなかった。
ソフィアも同じく硬直してしまっている。咄嗟に魔術を発動できるように魔力をため始めたが、感知できない場所から死にそうな声が聞こえてくるというのは、彼女には経験のないことだ。
「俺たちはこの遺跡に調査に来ました。あなたは、誰ですか」
そんな固まった空気を動かすために、アレットは言葉を探るように声を返す。
声の主は、テントの内部に布を重ねた布団に仰向けに転がっている。胸が膨らんでいるので女性だろう。黒いレンジャーの様な服装をしているが、その服が、いや、手足と胴体の皮膚と肉が爛れている。
元より迷彩色の衣服のようだが、皮膚が腐ったように濁っており、衣服と肉が一体化したようで区別がつかない。
返答を待たずにアレットはスキルで調べようとするが、彼女はおろか周囲の壁や地面にも魔力が通らない。先ほど調べられなかった場所の一つがここだ。
「調査……?子供が……?いえ、どうでもいいわ。それよりあなた達、私を助けてくれないかしら」
腐乱したような手足では縋るように手を伸ばすことも出来ないのだろう。助けを請うような目を向けられ、アレットは一瞬目を伏せ考えるが、この遺跡に何か知ってるだろうと、そして自分の知識にないものを知りたいという好奇心、そして助けてほしいと言われた以上尽力しようと、助けることにした。
「分かりました。では、あなたのことを教えてください」
三人は腰を下ろし、その女性の身の上を聞くことにした。
女性は名をパスファルというらしい。
彼女は探索者という、遺跡専門の冒険者らしい。探索者は貴族に雇われ大人数で安全を期して慎重に探索することが一般的だが、彼女はフリーで探索していたらしい。金銭ではなく危険な遺跡に単独で突撃しスリルを味わう、探索を生きがいとする変わり者だ。
そんな彼女は、古代の遺跡のうわさを聞き付けた。大昔に封印された、名前のないが強力な力を持った怪物が封印されているという噂だ。
神にも匹敵する力を持った怪物を完璧に封印するとこはできないため、その力は少しずつ漏れ出る。漏れ出たその力は物資を現在の技術では作成できないマジックアイテムに変化させる。
そんなマジックアイテムを一つでも回収できれば一財産築ける上、その宝の価値に応じて遺跡の危険性、すなわち味わいたいスリルも高まる。
そして彼女は喜んで遺跡に突入し、結果として途中で呪いに侵された。
「……つまり、自業自得だと思う」
そんな身の上を聞いて、モアナがずばりと口を開いた。
「そうなんですけど!そうなのですけど!一息に死ねたらまだしも、ここまで長く動けないと、助かりたいって思うのよ!……ごほっ」
「結構血を吐きますね。もしかして肺や臓器に怪我しましたか?」
「ごほっ……。ええ、これは腐敗の呪い。腐り落ちるように体が解けていきます。この遺跡の最深部で弓を見つけたのですが、宿っていた魂に攻撃を受けてしまい。このざまです」
「魂に攻撃?……ああ、魂の武器ってやつですか」
「ええ。強力な魔物を封印し、その力を引き出す武器です。闇属性か生命属性の魔物だったと思うのですが、魂の武器だと気が付かずやられてしまいました」
悔しがるような、恥じるような口調で教えてくれる彼女は魂の武器があったという最深部を教えてくれた。
「それで、私は五日くらい前に呪いを受けてこのままなのよ。精霊たちが傍にいてくれるから元気をもらえるけど、体はあんまり持ちそうにないわ、あなた達で治せない?当てがあるなら他のだれかに助けを呼んでほしいのだけど」
アレットは考えるように手を当てる。
「解くことは難しいですけど、生かすことはできます」
「できるの!嘘でしょ!?」
そう答えるアレットに、パスファルは否定してきた。
「呪いなのよ!魂の武器として封印されていたのだから、最低でも伝説級の呪いよ!神殿にいくら金貨を積んでも浄化できないくらい強力よ!私も聖水を飲んでも全く効果がなかったのだから!……ごほっ。がはぁ!」
「肺が欠けている状態でそんなに喋ると、当然そうなると思いますよ」
一息に話し血の塊を吐き出し、明らかに顔色が悪くなっている。
だが、その反応も当然だ。
呪いには伝説級という区分が存在する。現在の技術では呪いを掛けることも解くこともできない、同じく伝説級のマジックアイテムか英雄、もしくは神の奇跡でなければ解呪できないものだ。
アレットの様な子供に……年齢を考慮せず、未知の遺跡を真っ先に探索できる冒険者でも不可能な領域だ。
「呪いは魔力による状態異常です。幽霊なんかの怨霊が原因のこともありますけど。何が原因でも具体的な効果を……治らない病を発病させるとか、不幸を呼ぶとか、そういったものを発揮させるには魔力が必要です」
基本的に、呪いが具体的な効果を発揮させるには魔力が必要だ。
呪いをただのおまじないではなく、確実な効果を発揮させるには、生贄を捧げたり、呪物を用意し儀式をしたりと様々な方法があるが、魔力が必要なのか変わらない。
「なので呪いを解くには、呪いを形作る魔力を消滅させれば解呪できます」
しかし、パスファルの状態はさらに悪い。
「パスファルさんの場合は、腐食の呪いで体が崩れているので、解呪しただけではそのまま死にます。
方法としては二つ、一つは解呪した瞬間に部位修復の魔術で無理やり治す。
もう一つは、その呪いを吸収することです」
アレットは水属性魔術を使う回復魔術を得意とする。呪いに侵されている肉体を物理的に削り、回復魔術で応急処置をし、【思考存在】で失った肉体を補間する。武術の腕が高くても腕を欠損すれば戦えなくなるように、【思考存在】で補間した肉体が以前と同じパフォーマンスができるかは不明だ。とりあえず呪いを解き生存させる自信はあるが。
対して、呪いの吸収とは文字通り、呪いを自分の肉体に置き換えることだ。アレットの【思考存在】を使えば、おそらく呪いを肉体に置き換えることができる。
パスファルを蝕んでいる呪いは、ぬいぐるみに墨汁が浸食するように体に染み込んでいるが、逆に言えば肉体の制御を失っているだけで、その部分に体はあるのだ。ならばこの広間にいる精霊のように、半人半霊の存在に変化させることができる。
アレットも今日までに自分のユニークスキル、効率は悪いが何でもできるスキルである【思考存在】を検証している。
目の前の精霊をモデルに体の性質を置き換えることは、当然できる。その変質も質ではなく効果範囲……この場合は人間の体積に比例する。
思考したものを現実にする【思考存在】は戦闘に使うと効果が薄いが、人体の治療にはこの世界で最も優れた能力だ。
しかし、問題がないわけではない。
「これはあくまで呪いを治す、死なせないことを目標にしています。一度肉体が侵された以上、どちらでも今後に影響は出ますけど、それでもいいなら助けます。
後者を進めるのは、助かった後でその呪いを自在に操れるようになる……かもしれないからです。前者だと確実に助かりますけど、今後は遺跡に潜れません」
それを聞き、パスファルは即座に頷いた。
「よし、じゃあ最深部にはあなたに案内してほしいので、さっそく施術しますね。
二人とも!ちょっと手伝って!」
「ん?お話終わったの?」
「……この精霊たち、かわいい」
アレット達の話に自分たちは関与できないと思った二人はいつの間にかテントの外で精霊たちと戯れていたが、呼ばれて戻ってきた。
「二人には手伝ってほしいことが……それどうしたの」
「この子たちのこと?モアちゃんとボールで遊んでいたら、精霊たちが寄ってきたから一緒に遊んでいたのよ」
「……精霊は人を避けるって聞いたけど、この子たちは違うのかな」
デフォルメされた埴輪の様な精霊たちは、モアナとソフィアになついているようだ。それどころかアレットにも纏わりついてきた。
「うわ。あっち行ってくれ」
「その子たちは人の匂いが薄い君たちになついているようですね。あまり邪険にしないでいただきたい。私には命の恩人でもあるのです」
「恩人ですか?」
「ええ、私が呪われた時、この子たちがこの広間転移でまで運んでくれたのです」
そういって愛おしそうに精霊を見つめる目を見て、アレットは一つ考えた。
この精霊たちも、パスファルさんに組み込めないかと。
「って。転移でですか?」
「ええ、五日ほど前に。私が倒れた時に、この子たちが現れて、空間が揺れたと思ったら、この広間にいたの。それより施術というのは私もできることはあるかしら」
「えっ、ええ。いや。施術はこっちでやるので、そのまま寝転んでいて下さい。ただ、激痛が走ると思うので、歯を食いしばっていてください」
「ええ。分かったわ。覚悟を決め‥‥‥がぁぁぁ!!!!!」
アレットが手をかざした瞬間、呪いである黒がうごめきだし、パスファルは文字通り体が変わっていく痛みと異物感を味わった。
そして、次に目を開けた時は様々な予想外の変化はあったが、呪いは消え去り、4人で最深部に向かうことになった。
次の投稿は九月上旬になります。




