29話 古い英雄
いつも誤字報告助かります。
「【精霊結束:壱式】」
アレットが最も基本とされる魔術を唱える。すると途端に膨大であるが不定形な魔力が形をとり始める。不死を表す赤い翼、大地を表す紫の拳、風を表す緑の爪。アレットから無数の強さを象徴する精霊が無数に生まれヘレナに襲い掛かる。
「私も本気で行きますよ。【霊弓化】【魂の矢】【百連連射】」
対してヘレナは自分の魔力で矢を強化し、矢を形成し百の矢を乱れ撃ちで精霊を打ち抜いていく。空気を焼くような熱量をもった矢が精霊に直撃し、戦闘の一体に直撃した途端に爆散し散弾が飛び出し後方の精霊も打ち抜き数を減らしていく。
精霊を全滅させ油断なく次の矢を番えるヘレナの後方から、気配を完璧に遮断したアレットが襲い掛かる。
「【死刻印】【剥炎打】」
ヘレナは寸前にアレットに気が付き繰り出された掌底を跳ね飛ぶように避け、続く追撃を空中で再び飛び跳ね回避する。
「まともに喰らうわけにはいきませんね……」
アレットの両手に凝縮された赤と黒の魔力の危険性に直観的に気が付いたヘレナは空中から正確にアレットの両手を撃つ。その矢は黒い魔力に触れると途端に枯れるように消滅し、赤い魔力に触れると魂が抜けたように灰色のそっくりの矢が分離した。
「【無限矢】」
アレットはヘレナの正確無比かつ超強力な弓術に格闘術と精霊術だけでは対抗できないと判断したのか、切り札である双弓を装備し精霊たちを無限に矢の形をとらせ続け、地面を滑空するように走り出す。
「受けきれますが……、周囲の地形が持ちませんね」
対してヘレナは真正面から戦うのは避け、アレットがギリギリで相殺できる程度の熱量を持つ矢を形成し打ち出した。
十分に回避できるはずの矢をアレットは回避せずに相殺しようとしているのを見てヘレナは確信した。
「やはり、意識を失っているようですね」
ヘレナの推測通り、アレットは意識を失っていた。正確には【英霊化】の副作用に耐え切れず外側に意識を向ける余裕がなかった。
アレットが【英霊化】を全く制御できていない。水で例えるなら、水の流れを操れないのではなく、流れ込む水圧に器が耐えきれていないのだ。通常では五秒で体が崩壊するだけの激痛が全身を襲い、ヘレナと戦うために使える頭の余裕がないのだ。現在は体に顕現させている英霊の本能とでもいうべき反射で戦っている。
意識は無くなり、理論上の力も全く出せない。それだけのデメリットがあるのに【英霊化】を使用しているのは、それだけのデメリットがあってなお今のアレットよりも強いからだ。
身体能力は十倍になり、魔力は百倍に跳ね上がる。なにより英霊の修めた歴史上最強といえるほどの格闘術が使えるようになるのが何よりも強い。
「ですが、英霊本来の力は全く出せていませんね。最もあなたの力量に関係なく、その小さい体では力を十全に引き出すことはできないでしょうが」
ヘレナは千年を超える長い経験で、他者を体に降ろすスキルは肉体の齟齬が原因で力を発揮できないことがあると知っていた。
獣人種で尻尾を使う格闘術が得意だった場合、人種が憑依させても尻尾が無いため完璧な再現はできない。逆に人種の英霊を憑依させても、獣人種では獣の耳や尻尾に当たってしまうこともある。
「あの子の場合は体の大きさですね。手足の長さや筋肉量、実力以前に体ができていないせいで英霊の力を十全に引き出せていない。英霊の格闘術よりも、自分で習得した弓術のほうがうまく扱えているのがその証拠ですね」
【御使い降臨】や【英霊降臨】を習得できるものは、降臨させなくても英雄と呼ばれるだけの実力があるのでそういった齟齬も修正していくが、アレットはまだ修正できていない。
「おそらく使用すると体が崩壊するせいで練習できなかったのでしょうね。あと二十年……早ければ十年で力を使いこなし、そうでなくても素で一角の実力者になれるでしょう。
しかし、いまはまだまだ未熟者です。私も余裕はないですし、終わらせますか。」
アレットの体が崩壊しないように回復魔術をかけ、転がっているソフィアとモアナの保護し、それに街に攻撃が届かないように攻防の誘導。そもそもヘレナの得意分野は遠距離からの狙撃だ。ヘレナも余裕があるわけではない。
ヘレナは正確無比な狙撃でアレットを誘導する。速すぎて避けられない矢、重すぎて打ち落とせない矢、打ち落とせるが打ち落とすと次の行動がとれなくなる矢。卓越した弓術でアレットは強制的に距離を取らされる。
ヘレナは神速の連射とは打って変わり、ゆっくりと矢を番える。その矢には神々しいと評される輝きが集まっていく。
「【神払い】」
ヘレナの指から矢が離れ飛んでいく。アレットの精霊、無限の矢、あらゆる抵抗をすり抜け、アレットに吸い込まれるように直撃する。矢はアレットの胸当てに当たるが、しゃらんと神秘的な音が響き外傷を与えず英霊化だけを解除した。
「……ふぅ。軽い気持ちで稽古してあげるつもりでしたが、百年ぶりに本気を出させられるとは思いませんでした。」
「体は大丈夫ですか?回復魔術で治しましたが、全身の筋肉が断絶していたんですから、後遺症はありませんか?」
アレットが目を覚ますとそこはヘレナの家だった。暖かく柔らかい香りが鼻をくすぐり、周囲を見渡すと寝室のようだ。ソフィアとモアナはソファーで楽しそうにしている。
アレットは状況を把握すると体を起こし、ぐるぐると腕を回し飛び跳ね伸びをするが体に痛みはない。
「ええ。大丈夫そうです。今日は稽古をつけていただいてありがとうございました」
「あ、私も!今日はありがとう。歯が立たなかったけど、楽しかったです」
「……つぎは一撃入れてみせる」
「おお。ボコボコにしたつもりですが、ちゃんと怖がらずにお礼を言えるとは、あなたたちは将来は大物になるでしょう。
ですが、あなた達にはお説教があります」
ヘレナは突然起こったように眉を吊り上げ、声に怒りがこもる。しかしアレット達は全く心当たりがなかった。
「あなたたち、仲が悪すぎです!」
はい?珍しく三人の声がそろう。
「ええと、俺は二人を信用してますよ。仲は……いいと思いますけど」
「私も、一番の親友はモアちゃんだけど、アレット君とも仲良しだよ」
「……私も、ソフィアちゃんは家族同然だけど、アレット君も同じくらいに思ってる」
三人とも、仲が悪いなどとは認識していなかった。一緒に生活しているのは成り行きだが、お互いに良く思っているし、これからも一緒にいたいと考えている。
「そういう表面的な話ではなく、いざとなればお互いに見捨てちゃうでしょう。あなた達」
ヘレナは不利解を責めるように言うが、アレット達はもちろんと答える。
一緒にいるのは成り行きで、仲良くしたいと考えてはいるが、普段はバラバラに行動しているし、具体的に仲良くなるために行動などしないし、いざとなれば見捨てる。仕事仲間という言葉がもっとも適切だろう。
それがヘレナには不満なようだ。
「いいですか!あなた達は冒険者なのでしょう!命がけの冒険を背中合わせでするのでしょう!ならば何よりも強い絆で結ばれた仲間です!生きるときも死ぬときも一緒なのです!」
そう熱く……熱すぎる思いを口にするヘレナをみて、アレット達は思い出した。そういえばこの人は、世界最強の戦士であり、世界で唯一のハイエルフであり、なりよりも冒険者ギルドの創設者なのだと。
今のように冒険者が職業では無く、魔物の脅威に怯える人々のために闇を切り開く者たちを指す言葉だったくらい昔の人なのだ。当然その思考は千年前の冒険者のイメージがそのまま残っているのだろう。
冒険者が職業の一つになっている現状に不満があり、冒険者パーティーの仲間を真の友ではなく、ただの仕事仲間だと思っているアレット達……というか冒険者全員に不満があり、かかわった人たちには心のありようを説いているようだ。
アレットは率直に、おばあちゃんみたいだなと思った。
(別に仲が悪いわけじゃないし、冒険者パーティーメンバーだからってだけで命を懸けるとか馬鹿馬鹿しいと思うんだけど、そもそも俺たちは魔物の素材の売却手段として冒険者ギルドに登録したわけで……いや、こういうことを言うと説教が長引くな)
アレットの予想に反して、言わなくても説教は一晩かかった。
本来書きたかった副題の個所はこの後です。話数が多くなってしまったので章を変更するか、話数を1章の倍にするか悩む。




