28話 英霊化
風の都トルシスから離れた草原、幼児と同程度の力しかないランク1の魔物しか出ない穏やかな風が吹く草原。そんな争いとは無縁な場所が、今は四つの影により危険地帯と化していた。
「はああああああ!」
「……この!」
アレットは弓に水の矢を番え無数に連射し、モアナは爪の生えた籠手を振り上げ、ソフィアは相手の行動を魔術で阻害する。アレットの矢は一射で大地を揺らし、モアナの爪は腕が霞む速さで喉を裂かんとし、ソフィアの火と風の魔術は相手を絡めとらんと迫る。
「なっ!?」
しかしアレット達の猛攻は軽々と、しかも完璧に捌かれていた。
地面と水平に構えた弓を弾き一本の木製の矢がアレットの水の矢と衝突したかと思えば、木製の矢が弾け中から飛び出た魔力の弾丸が他のすべての矢を撃ちぬいた。驚愕に目を見開くアレットに構うこと無く走り出しモアナの拳激を、足を止めずに走り避けてみせた。
「ふふっ。挨拶代わりですよ」
続けて弓で撃つのではなく、矢を素手で投擲した。すると矢が螺旋回転し鉱物を削る削岩機のような勢いでソフィアの魔術を霧散させ、勢いを増しソフィアに迫る。
「させるか!【即応】【槍蹴り】」
一瞬で自分たちの攻撃を捌いた相手の攻撃に、冷静に【鎧術】の武技を使い反応速度を上げ、槍の突きのように鋭い蹴りで軌道を逸らした。
「挨拶って威力じゃないだろ」
しかし矢の側面を蹴っただけだというのに、アレットが錬金術で強化した靴の底がやすりをかけたように消滅していた。それどころか螺旋回転による衝撃がアレットの足から伝わり膝をねじ切られ骨が露出している。店で纏め売りされている矢を投擲しただけで、馬車に潰されても壊れない靴が壊れたのだ。アレットはその事実に顔が引きつる。
「大丈夫ですよ。そのままでも体に穴が開く程度ですから、すぐ直る軽傷です」
矢を投擲した人物はそんなことを言うのだから、一度切りの冗談ではないのだろう。
「……なめるな」
そんな余裕たっぷりなヘレナにモアナは後ろから奇襲をかける。猫のように音もなく一瞬で移動し、地面に伏せたことで曲がった膝を思いっきり伸ばし、両手の爪を振るう。
「【双爪獣牙】」
夜の暗闇で蠢く影のように気配を透明にし、両手の爪で獣の牙のように迫るが、切り裂いたのはヘレナの残像だった。
「がはっ」
蹴り飛ばされたモアナを狙い十の矢が襲い掛かる。直射や曲射など様々な軌道の矢がモアナを貫こうとする。モアナは蹴り飛ばされた衝撃で抵抗できず矢が全身を貫通する。
地に倒れ伏すモアナを横目にソフィアは冷静に激怒し数十の風の斬撃と火の弾丸で県政し、奥の手である風と火を混ぜ合わせた爆発の魔術を叩き込む。
「残念ですが、それでは威力が足りませんよ」
しかし、ソフィアの渾身の一撃はヘレナの胴体を包む衣服、正確にはその上を薄く包む風の鎧に阻まれた。
ヘレナを薄皮一枚で包んでいる風の鎧が一気に膨張し、そのままソフィアを薙ぎ払い吹き飛ばす。
「これ、本当に死んでないんだよな」
足の修復をしながらアレットは思わずそう聞いてしまった。一応、これは稽古であり死人が出ることは無い、はずだ。ヘレナも治るから大丈夫だといっている。
しかしモアナは全身を穴だらけにされ、ソフィアは上空から意識を失った状態で上空に打ち上げられたので、アレットの目には死んでいるように見える。心臓や首などの急所は避けているが、治ると言われても手遅れなにしか見えない。
「ふふっ。大丈夫ですよ。心臓と脳が壊れても修復できますし、魂を傷つけられる高位の武技は使っていないので、死んでいても死んですぐなら魂を定着させられます。」
なので大丈夫ですよと続けるが、アレットには何が大丈夫なのか全くわからない。
「俺たちから稽古を着けてほしいと言っておいてなんですけど、稽古ってこういうものでしたっけ」
「他の人は違いますけど、私は最初に実力差を教えることから始める方針ですからね。どんな人でも謙虚さを知れば、確実に成長できるんですよ」
世界最強と名高く、長く生きているだけあって知識も深い。ぜひとも教えを請いたいと思い突っ走ったが、これは早まったかもしれないとアレットは思い始めていた。
会話で時間を稼いで様々な手を考えているが、勝てる目は全く見えない。二人は死んでいないらしいが助けは期待できない。というか助けにならない。
信じがたいが殺す気はないらしいのだから、これはアレットも本気で戦い砕け散るべきだろうか。
そんな風に妥当で無難な行動を考えているが、考えているうちに怒りでふつふつと沸いてくる。
(この女になんとかしてひと泡吹かせたいな。実力差を分からせるとか理屈はわかるけど、自分がされると腹が立つ。二人も分まで顔をぶん殴ってやりたい)
しかし彼女と自分の実力差は歴然だ。彼女は世界最強の一角であり、自分は年齢にしては強い、一人前の戦士と同程度だ。普段の冷静で勤勉なアレットならばどうすれば勝てるかよりも、どうやって多く学べるように戦うかを考えるだろう。
(まだ検証できていない部分が多いけど、制御せずに暴れるか。二人はこの女が何とかするだろう)
アレットは今まで制御できないから使っていなかったスキルと使うことにした。制御できないというのは、モアナとソフィアにも巻き込んで攻撃してしまうだけでなく、自分の体に負担をかけすぎてしまうという意味でもある。アレットに流れ込む力が大きすぎて、アレットの体が持たないのだ。
だが相手は自分を殺す気は無いーー死なないようにするので、自分の体への負担も、モアナとソフィアを巻き込むことも心配せずに使ってしまおう。
「【英霊化】」
アレットはそう呟き、最初の島で英雄から受け取ったスキルを発動した。
この世界で最も強く美しく、偉大な功績を持つとうたわれるハイエルフの女性ヘレナは大抵の事では動じない。千年生きた年月と、多くの人たちを導いた経験、そして何があっても自分は対処できるという圧倒的な自信を持っているからだ。
ある日突然稽古つけてほしいと来客があるのは、よくあることだ。昔は貴族などの権力者や名を上げた冒険者が子息を送ってきたこともある。全員を自分なりに強くしようと厳しく指導していたらなぜが最近はほとんど来なくなったが、それでも彼女の家を訪れるものは多い。アレットのように突発的に教えてほしいという者も、けっして少なくない。
そして誰であっても彼女の行動は変わらない。もとより未来を担う若者に教えることは好きなので、誰であっても全力で教える。
その結果実力差を思い知り心が折れることも、ヘレナを信仰してしまうことも、いつか勝つと成長を望むことも、様々だ。
ヘレナからするとアレット達はそんな大勢のうちの一組だ。最後は全力で向かってくるので、殺さないように気をつけながら叩きのめす。そう考えていると、アレットから感じる力が急速に大きくなる。
力とは魔力だけでなく、気迫や気配、威圧感とでもいうべきものだ。ヘレナの長い人生の中でも生存本能が反応するほど強大な力だ。
アレットの頭の上と腰に光り輝く狐の耳と尻尾が生じ、全身を包むように可視化できるほど濃密な魔力が集まり狐火が出来上がる。加えて、今までの隙だらけの構えが嘘のように立ち振る舞いにも隙が無くなっていく。
(【御使い降臨】……いや【分霊降臨】や【英霊降臨】に近いわね。【英霊化】は聞いたことがないけど、それに勝るとも劣らないわ。一体どうしてそんなスキルを使えるの……?ってまずい!)
ヘレナが瞬時にどんなスキルか考察していると、同時にスキルの危険性にも気が付いた。というのは、アレットの体がちぎれ始めたのだ。
火事場の馬鹿力という自分の肉体への負担を無視する、脳のリミッターを外す方法もあるが、その現象と似ている。肉が裂け骨が砕け、あふれ出る力に肉体が耐えきれていない。
これでは彼が死んでしまうと思い回復魔術を使用し【英霊化】とやらを解除しようとするが、アレットは構わず攻撃を仕掛けてくる。
アレットの考えにヘレナは瞠目する。自分を顧みない戦法は分かるが、戦っている相手であるヘレナに回復させるなど思いつかないし、思いついても実行しない。
(これは魔物で言うとランク10‥‥‥直接的な戦闘能力が最弱の邪神にも匹敵するかもしれませんね。そんな相手が死なないように回復させて無力化する。加えて後ろで転がっている二人や、街にも被害が出ないように私は力を使わなければいけない。これは難題ですね)
ヘレナは百年ぶりに本気を出すことにした。
しかし、一つだけヘレナには言いたいことが生まれた。
(これだけの力が使えるなら、後ろの二人も回復させて作戦に組み込めばいいのに、そこだけは明確に直してほしいですね)
作者にも分からないんだけど、なんで主人公とヒロインたちの中が悪いんだろう。




