26話 脱出
アレットたちはゴブリンの巣穴と化した遺跡の地下に潜り最深部までたどり着いた。そしてこの巣穴のボス、もしくはマザーと呼ばれる女王。ゴブリンクイーンを発見した。
(気持ち悪!)
そしてゴブリンクイーンの姿は異形の一言であった。
雑に分類するならば、通常のゴブリンと同じように人型と言える。しかし、見た者に生理的嫌悪を抱かせる、通常の生物とは似ても似つかない姿だった。
アレットとソフィアが気配消しと音消しの魔術を使用し見ている限りでは、体の七か所から出産されていた。子宮が七つあるのだろうか。体は醜く肥え太り、自力では動くことができないのか世話係のようなゴブリンが傍にいる。ゴブリンの近衛に当たるのだろうか。体格が通路より大きいので、ゴブリンを産み落とす女王であると同時に、巣穴の最奥から出られない苗床なのだろう。
(なんにしても、こんなところにいつまでもいるのはまずいな。気づかれて戦闘にでもなればじり貧だろう。依頼もこいつを報告すれば十分だし、さっさと戻るか)
そう帰還することを結論づけ、二人に提案したが、二人は違う考えのようだ。
「いやでも、せっかくここまで来たんだし、さっさと殺しちゃわない?」
「……がんばれば倒せそうだよ?」
二人は相手の力量を理解できるだけの戦闘経験を積んでいたが、そのうえで「ギリギリ倒せるから倒そう」とリスクが高すぎる考えを持っているようで、アレットは頭を抱えた。
(この二人は島に流れ着く前は差別や迫害にあっていたらしいけど、あんがいこの二人にも原因があったのかもな)
そう考えたが、仮にもここまで一緒に行動し曲がりなりにもチームを組んでいるのだ。見捨てて一人で帰ることは、アレットにはできない。
「仮にも俺がリーダーなんだから、ここは俺の決定に従ってくれ。あのデカいゴブリンだけなら魔術や武技を連発すれば倒せそうだけど、その後に全てのゴブリンも相手することになるとさすがに負けるだろ。一番上にいるのがゴブリンキングなら倒すと他のゴブリンは我に返って逃げ散るけど、クイーンの場合は分からない。リスクをとる必要はないよ」
そういうと二人はどこか納得していないような顔をしたが、最終的には頷いてくれた。
二人の反応をよく見ると、もしかすると「魔物を発見しても最後まで戦わなくてもいい」「他の人に任せる」という考えがないのかもしれない。
アレットは街の近くに魔物が住み着いたらそれは街で対処する問題で、自分は街から依頼を受け報酬の分仕事をすると認識していたが、まっとうな人間社会で暮らしたことがない二人には魔物は人間(自分たち)を襲うもので、最後の一匹まで自分たちで殺しつくさなければこの世から居なくならないものだと認識しているかもしれない。
(まあ、そういう考えは今後改善されるだろう。ようは世の中を知らないだけだし)
アレットがそう考えていると、突如大きな金切り声のような音が響き渡り、アレットの背丈と同程度の大きさの巨石が飛んできた。
ソフィアは咄嗟に音消しの結界として使っていた風を使い巨石を受け流す。
アレットが追撃に巨石が飛んできた方向に矢を撃ちこんだが、ゴブリンクイーンの腕らしきものがはじけたように細分化し、糸が絡まるように矢を受け止めた。
「地上まで逃げるぞ!」
アレットが叫び、三人は駆け出した。
アレット達が地上を目指して走りだすと、すぐにゴブリンたちが襲ってきた。
ゴブリンたちの強さはアレットたちを数秒足止めする程度だが、アレットたちの進行方向から来るため死体に変えた後も物量として邪魔になる。
そこで即座に横道に進むことにした。アレットのユニークスキルで巣穴の内部構造を把握し壁を壊し横道を最短で作り遠回りだが確実に地上に向かって行く。
「…なんで気が付かれたんだろう」
「岩が飛んできたのは土属性魔術だろうし、魔力を感知できるゴブリンでもいたんじゃないかな」
「たぶんそうだな。ゴブリンマジシャンより一つか二つ上のランクの魔術師系のゴブリンがいたんだろう」
「…アレット君のユニークスキルで分からなかったの?」
「いや、悪い。魔力が一際大きい個体がいるのはわかっていたんだが、体格がほかのゴブリンと同じだったから誤差だと気にしていなかった。ゴブリンが大量発生した原因らしきゴブリンクイーンは他にいたしな」
若干二人の目がアレットを責めるような険しい色を帯びたが、そもそもアレットは地形を把握するためにスキルを使用しており、魔物の索敵は三人が共同で、もしくは自分の責任で行っていたため誰か一人の責任ではないと納得した。
「しかし何だったんだ、さっきのは。ゴブリンの腕が細分化するなんて聞いたこともない」
「私もないわ。ていうかあれは本当にゴブリンなの?変位種でも基本の人型から外れないって思っていたんだけど、あんな腕だけとはいえスライムみたいになるものなの?」
「俺もそう記憶していたんだが……、もしかしたらゾンビキノコがさらに変位させたのかもな」
ゴブリンに混ざって襲い来るゾンビキノコをみながらアレットが呟いた。
「……キノコが変位?」
「ゾンビキノコはアンデッド系の魔物ではなく、生きたキノコが死体のような姿でも生きている魔物だからな。生命属性魔術に似た力があってもおかしくない。特にキノコは菌類の仲間で、何かに寄生して改造することもあるからな」
「え?そうなの?」
アレットが前世の知識から生き物に寄生するキノコの存在を知っており、それが魔物と化せばゴブリンにも寄生できるかもしれない。そう考えたが二人にはキノコが生き物に寄生するということがイメージできないようだ。
もしかしたらこの遺跡の地下もゴブリンが最初に住み着いたのではなく、最初にゾンビキノコが生息していたのかもしれない。
アレットたちは逃げながらも状況に慣れ始めていた。大量のゴブリンが襲ってくるとはいえその脅威は大したものでは無い。地下洞窟にいる五千近いゴブリンが襲ってくるという物量こそ脅威だが、アレットたちの誰であっても時間をかければ一人で殲滅できる程度だ。
地下洞窟という状況から油断はできないが、油断せずに適切な行動を続ければ地上に脱出できる。
そんな風に考えていると、突如アレットの索敵範囲の外から急速に地面を掘り進む反応が現れた。
「……邪魔。【衝撃掌】」
モアナは先手必勝とばかりに衝撃波をたたきつける張手をおみまいする。
「ガァァァアアアア!!!!!」
しかし魔物はモアナの一撃を物ともせず、土ぼこりを落とすついでのように咆哮でモアナを吹き飛ばす。
「モアちゃん!?この!」
吹き飛ばされるモアナを受け止めたソフィアが激高したように魔術で風の斬撃を放つが、魔物の皮膚を傷つけた程度に終わる。
そんな二人は心配だが、アレットは謎の魔物のステータスを確認し心配する余裕は消え去った。
「二人とも勝とうと思うな!こいつらはデーモンだ!」
アレットの言葉に二人は目を見開く。デーモンは悪魔族の一種とされる、竜種にも引けを取らない魔物だからだ。
竜種の下位互換にワイバーンなどの亜竜とよばれる魔物が存在するように、デーモンは悪魔種の下位互換だが、その特性は同じだ。物理魔術共に高い抵抗を持ち生半端な攻撃では傷一つつけられない強力な魔物。ゴブリンの巣穴程度にいるはずがない魔物だ。
明かりに照らさせた魔物は,緑色の角ばった肌に一つしかない瞳、両手両足を地に着けていた。
しかも一匹ではなく後ろからぞろぞろと数十匹出てきている。離れていても感じ取れる魔力や暴力的な気配。ステータスはランク4で、一匹一匹がアレットたち一人一人と同格だ二人もそれを感じとったのか表情がこわばる。
「気負いすぎるな。やることは変わらない。さっさと逃げるぞ」
そんな二人を励ますようにアレットは声をかける。それで二人も多少冷静になったようだが、脅威は依然として目の前に居る。なぜ現れたのかは不明だが、おとなしく逃がしてはくれないだろう。
「三分稼いでくれ」
アレットは二人にそういうと集中して魔術の詠唱を始めた。普段は弓を使いながら歌や踊りで魔術を発動させるが、今回は魔術に集中しなければ発動できないほど大量の魔力を集めている。
「わかった!モアちゃん。あの横穴に押し戻すよ!」
「……わかった。援護よろしく」
モアナはアレットに強化してもらった籠手に魔力を流し自分の身体能力を強化する。そこに自分の無属性魔術の【身体能力】も重ね合わせ、最初の倍近い力で殴りかかる。
それに対し魔物は同じように吹き飛ばしてやろうと迎え撃つ構えをとる。両者が激突するを繰り返していく。そして次の魔物が横穴から出てきた瞬間、モアナは魔物は腹部に潜り込む。そして魔物が驚き動きが鈍くなった瞬間をねらいソフィアの魔術が風を起こし魔物を持ちあげる。
さらに浮かび上がった魔物をモアナは渾身の力をこめて投げ飛ばす。魔物は後ろの魔物を巻き込んで入ってきた横穴に消えていく。
「【大瀑布】」
詠唱を終えたアレットは大量の水を出現させ魔物を押し流していく。
「これで大丈夫なの?」
「ああ。あの魔物は初めて見たが、地中に生息している以上泳ぐことはできないだろう。とはいえ時間稼ぎだ。今のうちに逃げよう」
予期せぬ強敵を振り切って再び地上を目指す。
「あ、そろそろ地上だよ」
三人が巣穴から飛び出すと、アレットが最後に水属性魔術で入り口を圧壊し、遺跡を抜け即座に街に帰還した。
街に帰還してすぐに冒険者ギルドに報告しに来た。冒険者ギルドで受けた依頼の内容はゴブリンが大量発生した原因を調査せよなので、ゴブリンの巣穴と大量発生した原因を見つけたので大成功と言えるだろう。
しかし、報酬はまだもらえないらしい。
「大変申し訳ありません。しかしこれだけの大事ですか調査報告の真偽を確かめなければならないので、確認に数日いただくしかないのです」
「まあ、わかっていたのでいいですよ。調査依頼で報酬が出来高制って時点で報酬を即座にもらえるとは思っていなかったので」
確認は冒険者ギルドの職員が行くらしい。基本的に冒険者ギルドの職員は事務仕事であるが、引退した元冒険者がいるらしい。斥候職とも盗賊職とも呼ばれる彼らは単独で危険な魔物の情報を集めることに長け、今回のような仕事をこなしているらしい。
「しかし変位種のゴブリンクイーンのさらに変位種。さらにデーモンとなると、もしかしたらヘレナ様が出てきてくれるかもしれないわね」
「リリアーヌさん。盗み聞きはよくないですよ」
冒険者ギルドから宿に帰ろうかと受付の席を立ったところで、アレットたちの昇格試験を見てくれた冒険者ギルドの職員が話しかけてきた。とっさに反発してしまった。
「それでええと、ヘレナ様というのは?」
「あら?知らないの?冒険者ギルドを設立した世界で唯一のハイエルフ様よ。この町に住んでいるんだけど、たまにお力を貸してくださるのよ。……あら、本当に知らないの?じゃあ今度三人とも劇場に連れて行ってあげるわね」
あの人何しに来たんだ?率直にそう思う三人をおいて、リリアーヌは去っていった。




