20話 ゴブリン
冒険者ギルドは魔物が出現する場所には必要とされるので、国境に左右されず街以上の規模であれば必ず存在する組織だ。そのため当然風の都トルシスにも、トルシス支部と呼ばれる冒険者ギルドが存在する。アレット達が冒険者登録をしたギルドだ。
そして支部があればその責任者である支部長が存在する。
トルシスの支部の支部長ヤークムは、現在四十半ばのこの世界では初老と呼ばれる歳の男性だ。もとは冒険者のB級まで上り詰め、パーティーではドラゴンや巨人を相手にできるほどの実力者だったが、体の衰えを自覚し引退。その後は冒険者ギルドを運営する側に回り後継の者たちを育てることを生きがいにしている。
冒険者ギルドの幹部を呼ばれる役職についている者たちは元冒険者が多い。これは上のいうことを聞かずに好き勝手している冒険者たちの手綱を握るためだ。
冒険者とは魔物を狩りその素材を持ち帰ることが主な仕事とする立派な職業であるが、外壁の外という命の危険が多い場所を舞台に腕っ節で稼ぐ者であり、血気盛んで尊敬できる先人以外の要請以外には反発する傾向がある。権力者嫌いがその代表例だろう。
ヤークムも若いころは貴族や大商人などの権力者からの指名依頼が来ればどれだけメリットがあっても受けず、説得しようとしてくる冒険者ギルドの職員たちにも権力者に媚びを売る裏切り者めと蔑んでいた。
しかし歳をとって経験を積んでいくうちに社会の仕組みを実感していき、引退する頃にはどうすれば貴族にも冒険者にも納得いくように依頼を出すことができるだろうかと考えるようになっていた。
そして冒険者ギルドで働くか商会の用心棒になるかと考えているうちに、冒険者ギルドから誘いを受け、最終的にのどかで平和だが魔物の危険も大きいトルシスの街で冒険者ギルドの支部長をすることになった。
ヤークムは現状に満足していた。なぜならトルシスの街には冒険者どころか世界中から重要な場所として認識されているからだ。
トルシスの街には冒険者ギルドの設立者が住んでいる。名前をヘレナといい、千年前に魔物を狩る職業に冒険者という名前を付け、個々人や小規模なクランで細々と活動していた冒険者の前任者たちを世界規模の組織にまとめ上げた大英雄だ。
種族はエルフであるが、神が最初に創り出したエルフであるハイエルフという上位種族に進化している。エルフの寿命が五百年であるにもかかわらず、千年たった今でも若い姿を保っている。
そんな彼女は引退し次世代の冒険者たちの育成をしているが、偉大な人物がいるからと、植物や芸術の最先端のものがこの町には流れてくる。
ヤークムは特にエルフが持ち込んでくる茶葉がお気に入りだ。街に住むエルフと違い森に住むエルフは気難しく閉鎖的だが、上位種族へと進化を果たしたヘレナには最大の敬意を払っており、ヘレナが住むこの街に上質な茶葉や魔術薬を流してくる。
冒険者ギルドトルシス支部の最上階で、その日の報告を聞きながら書類を片付けていく。
仕事が終われば芸術品を眺めながらお気に入りの茶葉を濾し、のんびりとしたひと時を過ごす。
しかし、この日は受付嬢から持ち込まれた報告のせいでご破算になってしまった。
「ゴブリンの討伐証明部位が約三百個持ちこまれた?しかも昨日登録したばかりの子供三人組がって、なんの冗談だそれは」
持ち込まれた報告に、ヤークムは訝し気な表情を隠すことなく聞き返した。それだけ報告が常識外れだったのだ。
なぜなら子供がそんな大量のゴブリンを倒せるはずがない……からではなく、そんなにゴブリンがいるはずがないからだ。
子供であることは、無視してよい。十にも満たない子供がそんな実力を身に着けていることには個人的に興味があるが、支部長として調べることではない。冒険者に過去の経歴を聞かれたくないものも多いので、国の法律や冒険者ギルドの規則に違反しない限り、調べるべきではない。
それでも調べるのは貴族のやることだ。一介の支部長程度には関係ない。
「はい。しかも魔術や武技で吹き飛ばしたゴブリンも多いらしいので、実際はもっとおおかったそうですよ。千は居なかったそうですけど」
「まじかよ……。ここ最近ゴブリンの討伐報告は無かった。なんてことは無いよな?俺が忘れているだけでここ十日ほどゴブリンが森にこもって数を蓄えていた。なんてことは無いか?」
「支部長。現実逃避したくなるのは分かりますが、ゴブリンの討伐数はむしろ増えていましたよ」
支部長のヤークムは諦めたようにため息をついた。
「だよなぁ……」
この場合の常識はずれなことは、ゴブリンの数だ。
一匹見つけたら三十匹いると思えといわれるゴブリンは繁殖率が非常に高い。一度の出産に一か月しかかからず、生後一か月で大人になる。しかも平均して五匹出産する。
しかしゴブリンは男性しかいない魔物であるため、増殖には他種族の胎を使わなければならない。生物の仕組みとしては動物や他の魔物でも可能だが、魔物は人間を害する目的で生み出された生き物であり、知能が低く本能が強いゴブリンはよほどの理由がない限り人間を襲い胎を使う。
街や村からは若い娘が攫われたという知らせは無く、音信不通の村もない。ならばゴブリンが異常に増殖する理由は無い。しかし現実には異常に増殖している。
「ということは、ゴブリンキングかゴブリンクイーンが生まれたってことだよなぁ……」
「ですね……」
ヤークムと受付嬢は憂鬱そうにため息をついた。
ゴブリンキングはゴブリンの上位種族ではなく、ゴブリンがランクアップしていくうちに指導者としての側面を持った魔物だ。ランクは4と決して高くはないが【眷属強化】というスキルを持っており、配下の能力値底上げする厄介な魔物だ。
加えて知能も魔物にしては高い。魔物は自分よりも上位の魔物従うので、兎などの動物の胎を使って数を増やせと命じられれば増やすだろう。
そうして数を増やして、今日森からゴブリンがあふれ出してのかもしれない。これば一番可能性が高いだろう。
ゴブリンクイーンはゴブリンの変位種だ。魔物は変位種と呼ばれる異常個体が生まれる。羽が生えたイノシシ。火を噴くコボルト。首が二つある蛇。臓器が露出してなお正常に生きる蝙蝠。ゴブリンクイーンもそんな変位種の一種であり、ゴブリンを出産することに特化したゴブリンだ。
本来のゴブリンは一か月に五匹出産するが、ゴブリンクイーンは一週間で最低十匹のゴブリンを産み落とす。しかも生まれた時から高確率で【怪力】や【俊足】などのスキルを有しており、武術の才能も高いといわれている。
知能は他のゴブリンと同程度だがゴブリンクイーンが一匹であっても、ゴブリンキングと同じように自然災害と同程度の脅威と認定される災害指定される魔物だ。どちらであっても厄介この上ない。
しかし、支部長も受付嬢も悲壮な顔はしていなかった。
なぜなら、たかがゴブリンだからである。
ゴブリンは人間の子供と同程度の身体能力であり、それが武器を持ち襲ってくると確かに脅威だが、街の外壁を破ることはできないだろう。魔術や武技を使うランクが2.3のゴブリンマジシャンやゴブリンソルジャーであっても、不可能だ。
外壁が無い村や旅商人などは危険だが、これらは常に魔物の脅威に晒されているので、迅速な対応をしても手遅れの可能性がある以上、ある程度は犠牲が出ても仕方のないことだ。
トルシスの街にいるD級やC級の冒険者たちに依頼を出せば、大規模な討伐帯を組む必要もないかもしれない。B級の冒険者であれば一人で全滅させることも確実だ。
冒険者ギルトに常設しているゴブリン討伐の依頼は、国から冒険者ギルトに下される依頼であるので、この街を納める貴族に特別な報奨金や支援を出してもらえないかと交渉に行くが、迅速に対応すれば十分解決できるはずだ。
面倒であるという以上の脅威ではない。
「あ、そういえばその子供たちって昨日登録して今日討伐してきたなら、教官たちからの指導は受けていないよな。明日当たり指導を受けさせて合格させて、さっさと昇格してもらうか」
「そういうと思いまして宿は聞いていますよ。職員の誰かを宿に向かわせますか?」
「まかせた」
「……こういうのも支部長の仕事で、ただの受付嬢の私の仕事ではないんですからね」
正当な苦情を言いながらも、またかよという顔をしながら受付嬢の女性は部屋を出ていった。
日曜に更新。したいんです。




