19話 風の吹く平野
翌日、アレットたち三人は早朝に街の外に出た。行き先は昨日購入した魔物の分布情報の乗っている本で調べた野原だ。
風の都トルシスの南西に五キロほど離れた場所にはキノコの森と呼ばれる魔境が存在する。植物系の魔物が出現する魔境で、主と呼ばれる強大なキノコの魔物がいることからそう呼ばれる。
海まで森が続いていることが確認されているが、あまりに広大なため全域の調査は済んでいない。森の広さもさることながら、植物系の魔物は生命属性の力を使い、周囲の植物を操るため地形が変わり地図作りが困難になっている。
アレット達はその森の手前にある平野、森で生存競争に敗れてあふれ出した弱い魔物を狩りにやってきた。
平野には主にランク1のゴブリンやホーンラビット、高くてもランク2のウォーキングファンガスが出現する。
ランク1の魔物は子供と同程度の身体能力を持ち、鍬を持っただけの成人男性でも倒せる。脅威というよりも農業などの庶民の生活を邪魔する生き物だ。能力的に倒せるからといって、実行できるかは別の話だが、やろうと思えば誰にでもできるため稼ぎも少なくなる。
ランク2の魔物は危険な害獣と認識されている。身体能力は一般的な人間よりも高く、武技や魔術は使わないが毒を持っていることがある。狼や毒蜂の様な脅威というのが分かりやすいか。
冒険者の駆け出しはこの辺りの魔物を狩ってお金と経験を稼ぎ、二十歳は超える前にランク3のオークやヒュージボア、ジャイアントゴーレムなどの魔物と戦えるようになる。冒険者というイメージ通りの冒険者になるのはそこからだ。
「というわけで、今日はこの平野で魔物を狩ってお金を稼ぎます!だいたい五匹退治して木賃宿に泊まれるらしいので、ノルマは最低五匹です!森に近づくほど強くなるので、あまり街から離れないようにしてください!正午にここに集合とします!」
アレットは街から一キロほど離れた場所に二人にそう説明していた。
「私たちならランク高くても大丈夫じゃない?一人でもランク四の魔物を倒したこともあるし、三人でならランク六までなら安定して狩れると思うけど」
「……口調も変えてるし、どうしたの?」
「俺たちなら確かに狩れるだろうが、今日はあくまで冒険者という職業の者が日常的に行っているお金稼ぎを倣うことが目的だ。新人らしく魔境の外で弱い魔物を駆除して討伐証明部位を持ち帰り換金する。この流れを勉強するのが目的です。なので狩れるとしてもランクが高い魔物は今日は避けます。
口調は、今の俺はリーダーだからです。教官でも二人と対等な立場なので、指示する立場でも乱暴な口調では不和を招くのです」
「リーダーなのはそうだけど……?」
「……教官なの?」
「……教官ってことにさせて下さい。慣れているので」
アレットは故郷では将来は戦士長になると扱われていたので、同年代の友達兼将来の部下に命令することには慣れていた。二人からも情報収集などを任されたので、故郷と同じように動こうと思っていた。
戦闘中は口調など気にする余裕はなくなるが、戦闘前に連絡事項を説明するときには丁寧な口調にするほうが円滑な人間関係を築くことができる。前世の知識でも同じ結論が出たのでそうしようと考えていたが、二人にはあまり受けないようだ。
「楽しそうだしどっちでもいいけど、あんまり気負わなくていいよ」
「……街で生活できなかったら魔境で魔物を狩って森に住めばいいんだし」
「二人とも俺より野生児だね」
アレットは二人がここ何年も無人島で生活し、すっかり野生に染まっていることを今実感した。
正午になり三人とも同じ場所に集まった。
アレット達の前には百を超える討伐証明部位であるゴブリンの耳が積みあがっていた。他にも食用の肉として売却できるホーンラビットの肉、錬金術の触媒や薬品の素材であるウォーキングファンガスの胞子など、解体現場ならおかしいとは言い切れないが、少々猟奇的な光景だ。
「予想の百倍くらいいたな、ゴブリン。全身吹っ飛ばしたから耳を回収できないのも多かったけど」
「百は大げさだけど、本当にうじゃうじゃいたね。氷の大地にも砂漠にも適応して増えちゃうって聞いたことあるけど、本当かもね」
「……持ち帰るほうが大変」
「うーん……バックパックで背負って帰ればいいと思っていたけど、入りきらないな。捨てるのは嫌だし、今後のためにアイテムポーチを堂々と使ってほうがいいかな」
アレットは故郷がなくなる時にアイテムポーチを受け継いでいる。その容量が無限に等しく重量も無いに等しいアイテムポーチは世界に片手で数えられるほどしかなく、個人で所有している者はいない。
しかしアイテムポーチ自体は今の時代、アレットが持っている千年前の情報よりもはるかに普及しており、黙っていれば区別はできない。それでも最下級のアイテムポーチも高級品であるため子供が持っていると目立つが、それは今のようにゴブリンを一日で百以上狩っている時点で避けられない。
高価なアイテムポーチを持っているということで目立つと盗人や犯罪者にも注目されるが、「犯罪に巻き込まれるかもしれないから便利な道具の使用は避けよう」というのも癪だ。
今までは毎回背負子に移していたが、面倒な手間だと思っていないわけではない。
「ていうかアレット君は昨日言っていたじゃん。獣人は差別されるけど石を投げられたら投げ返せばいいって」
「……それと同じで、盗人に狙われても返り討ちにすればいいよ」
「…………それもそうか」
昨日二人を元気づけるために発言したことだが、それが自分に返ってくるとは思ってもいなかった。
「じゃあ街に帰ってお昼食べて換金して、午後からは今後の予定を詰めよっか」
「それでいいんじゃない。あ、私は甘いスイーツっていうのが食べてみたい!」
「……賛成」
風の都トルシスで門番をしている男ラナイは、今日は西門で見張りをしていた。門番は門の前に立っているだけでは無く、防壁を物見櫓のように使い遠見をするのも仕事のうちだ。南西には魔境があるのだから。
(しかしあの子供たちが街から出ていくとは……先輩たちは何を考えているんだ)
ラナイは昨日出会った子供たちのことを考えていた。早朝の自分が門にいないときに、魔境のほうに向かって出ていったそうだ。街と魔境の間で新人らしくゴブリンを狩るといっていたそうだが、魔物と戦うのはもっと年を取ってから……経験を積んでからだ。
冒険者は十五歳から昇格していくことができる。最下級の魔物であっても命を懸けた戦いをするのはそれからだ。それまでの冒険者は街の中で出来る依頼をこなしていき、十五になる何年か前に先輩冒険者の荷物持ちとして同行し、おさがりの装備をもらって初陣に出ていくものだ。
まだ八歳の子供が魔物と戦うなんて馬鹿げている。そういっても先輩たちは笑って相手にしなかった。お前はまだ新米だからあの子たちの強さを見抜けないんだよと言われてしまった。
(そりゃあ俺は戦闘能力なんて見抜けないし、あの子たちも腕に覚えがあるといっていたが、それでもまずは街の中で配達や下働きの仕事でコネクションを繋いでからでも遅くはないだろうに……って、帰ってきたのか)
ラナイが考え事をしていると三人が帰ってきた。
「だっ、大丈夫だったかい君たち!怪我はないかい!?」
「くぉらぁ!ラナイ!物見の仕事ほっぽり出して何下に降りてんだ!さっさと戻れ!」
「うわぁ!へぇ、あ、いえ、す、すいません!」
防壁の上から慌てて降りてきて話しかけると、一緒にいた先輩の衛兵にどやされてしまった。戻らなければと体は振り返っているが、顔は心配そうに三人を見ている。
アレットたちは怪我してませんよと無事をアピールすると、安心したように防壁の上に戻っていった。
「すまんな嬢ちゃんたち。あいつは悪い奴じゃないんだが、新米で腕を見る目がまだまだ幼稚でな、嬢ちゃんたちの強さが分からないだ」
「大丈夫ですよ。普通は俺たちの歳で魔物と戦うなんてこと無いですし」
「そういってくれと助かるな。それで、背負子もないけど、魔物の素材や討伐証明部位は持っていないのか?」
「ああいえ、アイテムポーチに入れています」
アレットが腰に下げたアイテムポーチから素材をいくつか出して見せると門番の男は目を見開いて驚いた。
「アイテムポーチ持ちだったのか……さすがに分からなかったな。よし通っていいぞ」
アレットとしては意外なことに、特にアイテムポーチのことを追求されることなく許可が下りた。
不思議そうにしているのがアレットたちの顔に出ていたのか門番は笑いながら口を開いた。
「そりゃあアイテムポーチ持ちはこっそり危険物を街に持ち込めるが、それはアイテムポーチを持っていない冒険者や商人でも同じだからな
それに危険物といっても、武器は誰でも持っているし、危険な薬物の素材も薬草採取の依頼で持っている奴もいるからな。アイテムポーチを持っているからといって、特別に荷物を改めさせろとは言わねぇよ」
「いえ、そちらもですけど、なぜ持っているのかと聞かれるのかと思いまして」
「あん?……ああそういう。盗んだんじゃないかって疑われると思ったのか?そこまでの馬鹿はいなねぇよ。アイテムポーチなんて高価なものを盗めるなら、盗まなくても買えるくらいの腕があるってことだろ。おさがりって可能性もあるけどな」
「なるほど。ありがとうございます。門番のおじさん」
「ありがとう。おじさん」
「……ありがとう。おひげのおじさん」
「うるせぇ!二十代だからおじさんじゃねぇ!」
アレット達はすたこらと門から離れていき、門番のおじさんはため息を吐きながらそれを見送った。




