14話 忘れられた英雄
二人の治療は傷を残さずに治すことができた。アレットの使う水属性魔術の回復魔術は火傷などの熱による傷を治すことに向いていたこともあるだろう。
アレットは腕力に問題は無いが、体格的に二人を安定させて運ぶことは難しいので、目覚めを待っていた。
結局あの男は何だったのか、なぜこの島に幽霊のようにいたのか、あの扉は何なのかと考えながら待っていると二人が目を覚ました。
「あれ・・・?おはようアレット君。ここどこ?」
「…何があったの?」
しかし何やら様子がおかしかった。
「へ?えーと、ここは島の頂上からは入れるダンジョンで、その最奥に居た幽霊の様な男を撃破したところで二人は気を失ったんですが、覚えてませんか?」
もしかしたら二人は記憶喪失になったのだろうか。
遥かに格上との急な激戦で、その上焼死寸前にまで火傷も負ったのだから記憶が吹っ飛んでもおかしくはない。二人同時とは珍しいが、そういうこともあるだろう。
アレットはそう考えたが、次の言葉で否定することになった。
「…幽霊の様な男?なんのこと?」
「ダンジョンに入ったことは覚えているけど、一番奥に開かず扉があるだけだよ?ダンジョンに入ったのは、その扉を見せるためだよね?」
「……は?えっ?」
アレットは混乱した。二人は明らかに男のことを忘れている。いや別の記憶に代わっている。
二人同時に記憶喪失になることは否定できないが、その二人の記憶が同じように改竄されているとなると、さすがに有りえない。
(まさか)
そこまで考えてアレットは思い出した。あの男は【忘却の呪い】【消失の呪い】という状態異常を持っていたことを。
方法は不明だが、あの男の呪いが原因で記憶が改竄されたのかもしれない。だとしても、なぜアレットは忘れていないのかが分からないが。
なんにせよ、あの男が守っていた扉の向こうに、その答えがあるかもしれない。
「俺が扉の向こうを見てくるから、ここで待っていてほしい」
謎の記憶操作を受けたと思われる二人には念のため残ってもらいたいと考え説得を試みた。二人の心優しい人柄を理解しているため、危険だと止められるかと思ったが。
「よくわからないけど、行ってらっしゃい。待ってればいいのね」
「…説明はほしい」
全く止められなかった。
(いや考えてみれば、二人はあの男のことを忘れているんだし、危険性なんて分からないか)
そう気を取り直して、扉を開けた。
扉の向こうは、まるで木の洞だ。空間を囲むように木彫りの狐が無数に配置されている。その中心に最も大きな狐が置かれ、寄り添うように男は座っていた。
「あなたがシエですか?」
アレットはそう呼びかけた。ステータスを見た時に知り、二人が忘れてもなぜかアレットは忘れなかった名前を。
その声を聴いて、男は瞼を開き、穏やかな声で言った。
「待っていたぞ。最後の運命よ。さあ、俺を殺してくれ」
アレットの故郷が海にでてから約十万年。大陸では多くの出来事があった。
その中で最も大きな出来事は、約五万年前。魔王を名乗る災厄が世界を覆ったことだ。
魔王は死した神々の亡骸かき集め、いかなる魔術によるものか、神々を喰らい、その神の力を取り込んだのだ。
魔王の力は凄まじく、世界全てを終焉へと導いた。
世界中が混沌と絶望に満ち、世界の終わりだと誰もが感じていた。
しかし、そんな中で英雄は現れた。
六英雄と呼ばれた英雄たちは世界中の人間たちを導き、絶望を希望に塗り替え、魔王に戦いを挑んだ。
戦いは熾烈を極め、あと一歩という所で魔王は生き延びるために自己封印の魔術を使った。永遠に等しい眠りに落ちる代わりに、何物にも犯せない結界を張ったのだ。
英雄達は死に体だった。六英雄のうち四人は戦線から外れ、最後まで残った二人も結界を破る力はない。
そんな中、英雄達のリーダーである魔術師は、最後の手を持ち掛けた。
それは禁忌とされる魔術、生贄魔術だった。
魔術を発動するために魔力以外の何かを生贄とすることで、通常では持ちえない特殊な効果を持つ魔術だ。生贄魔術でもう一人の男が生贄となり、魔王にとどめを刺すのだ。
魔王は致命傷を負っている。結界で守りを固めているが、延命装置でもある結界を破ればそれでとどめとなる。
その提案をもう一人の男――シエはうけいれた。
本来は人間ごときが生贄になっても効果など無いに等しいが、シエは神にすら届く実力者であり、精霊という肉の体を持たない生き物を操る精霊術の使い手だ。生贄として申し分ない。
この魔術で生贄になったものは世界から消滅する。世界中からシエは消えてなくなる。記憶だけでなく、その痕跡すら全てなくなるのだ。
魔術師は戦友を犠牲になどしたくなかったが、今魔王を倒せなければ魔王はいつか復活し、世界を破滅させるだろう。
シエは世界を救うために犠牲になることを選んだ。
かくして魔王は倒され、世界は平和が訪れた。
英雄たちもその役目を終え、世界の復興に励んだ。どこか胸に穴が開いたような感傷を感じながらそれを思い出せないまま。
しかし―――
生贄となった英雄シエは消えていなかった。いや、消え切れていなかったのだ。
シエを覚えていた者がいた。シエは生贄となり世界中から忘れられることとなったが、誰かが覚えていた、つまりは生贄になり切れなかったせいで、魔術は失敗した。もしくは不完全な成功になってしまったのだ。
無意識の領域と呼ばれるものを操る者たちが、シエを忘れなかったのだ。
シエは不定期に忘れられる、死ぬことも出来ない生きた亡霊となった。
亡霊となってから幾星霜。世界中から忘れられた男は世界中を彷徨い、死ぬ術を探した。
戦友達と共に守った世界を見守ることもあったが、元はただの人間である彼にとっては、千年ですら長すぎるのだ。
そうして彷徨ううちに、無意識の領域というものが、夢や希望などの人間の精神や魂にかかわるものだと突き止めた。
そして結論を出した。死ねないならば、喰われればいいと。
夢や希望などを司る神や神の加護を持つ者に、自分を吸収させる。それで自分は消滅することができると彼は突き止めたのだ。
世界中を彷徨い出会った邪悪な神にダンジョンの作り方を聞き出し、仙界に住む仙人から異空間の作り方を教わった。
そうして彼は海に異空間を作り出した。海で死にかけた者を検査し、適性のある者を異空間に引きずり込むのだ。
本来は陸地のほうが人間は多いが、大掛かりな術式を世界に刻むため目立ってしまい、邪魔者が来る可能性が高い。死にかけの理由は、死にかけの者は抵抗力がほとんどなくなるからだ。
異空間に海を作り、島を創り、洞窟を創る。異空間ごとダンジョンにすることで、島に魔物が発生し、洞窟は自信の故郷である狐の里を模した。
極稀に正規の入り口から入り込むものいたので、墓荒らしに来たら排除するために自分の影を番人として配置した。
そうして待ち続け、魔王との戦いから五万年。ついに待ち望んでいた人物が表れたのだ!
「時は来た。ようやく全てが終わるのだ」
アレットは説明を聞き、自分が流れ着いたのではなく死にかけて引きずり込まれたことや、二人は正規の入り口から入ったのだろうか等と考えていたが、話が現在に戻ったので質問しようとした。
しかし、相手はそんなことを聞くつもりはないようだ。
「君は何もしなくていい。俺の魂が君に吸収されるだけで悪影響はないだろう。すぐに終わるさ。俺を吸収したことで能力値やスキルに変化が生じるかもしれないが」
話を聞けとアレットは叫びたかったが、全身が金縛りにあったように拘束されていく。
アレットの体中に術式が浮かび、部屋に刻まれた術式とつながっていく。
「ありがとう。君が来てくれたおかげで、ようやく僕は死ぬことができるんだ」
アレットは魂が引き裂かれるようさ痛みと共も意識を失った。
≪【英霊化】スキルを獲得しました≫
ここまでの伏線や事情説明を話し尽くさなくてもいいのだと気が付き区切りをつけられた。
次回は少し時間が飛んで島を脱出する話。に、したい。




