背徳の勇者編3
「よーし!ブラッドを呼んでくるね!」
フェンリルは森の中を駆け出した。
尻尾を振って走っていく様はまるで忠犬のようである。
いや。忠狼か。
尻尾を振りながら走っていく姿は王都ユグドラシルで殺気を放ち襲ってきた時とフェンリルと同一人物だとはとても思えない。
そしてこの体。
俺はじっと手を見る。
自分のステータスを見た時も驚いたが、この鋭い爪。強靭な牙。そして脚力。
これ程高い能力を誇る一族が、たった2頭。いや2人しか残っていないとはどういう事なのだろうか?
(−!!)
頭の中で、何かが燃え上がる映像が流れ、右目からは一筋の涙が流れ落ちる。
俺は咄嗟に右手で右目を抑えた。
(…なんだコレ?)
なにかベッタリとしたコールタールのような物が俺の心に貼り付いてくる。
ヘルの記憶が俺に流れ込んできているのだろうか。
その記憶を呼び覚まそうとしていくと、比例するように俺の中で黒いものが濃く深くなっていく。
「−!ヘルちゃん!」
フェンリルが俺の顔を覗き込んでいる。
「どうしたの?恐い顔してたよ。」
「…いや。なんでも…」
「ヘルちゃんあの時から恐い顔する事多くなったよね。」
「あの時?」
「ほら…あの」
「おー!凄いな!大物じゃないか!」
ブラッドが感嘆の声をあげながら近付いてきた。
そのままブラッドは猪の前まで歩いていき、手を十字に切る。
(…?この所作は?)
俺には見覚えがある所作であったが、こちらにも宗教という概念があるのだろうか?
しかし、ブラッドが猪の命に対して祈っているのはわかった。
そしてその姿は意外としか言いようがない。
俺の知ってるブラッドは殺意の塊だったからだ。
「フェンリル。ヘル。君達は生でも良いかもしれないが、できれば猪肉は焼きたいと思うんだ。いいかい?」
「はーい!いいよー!」
フェンリルは手をピンッと挙げる。
その姿は小学生が横断歩道で手を挙げた姿に似ている。
尻尾までピンッと伸びているのが微笑ましい。
「じゃあ、僕が猪を捌くから、二人は薪を集めてくれるかな?」
「はーい!」
フェンリルは目の前の木を切り倒そうと構えている。
違うぞフェンリル。
生木じゃない。
煙で凄い事になるぞ。
その間に猪から火の手が上がる。
「わー!ブラッド薪を集めるの待てなかったのかなー?猪に直接火をつけたよー。」
違う。それも違うぞ。
猪の体毛を燃やしてるだけだ。
「ヘルちゃん物知りだねー!」
ツッコミどころ満載のフェンリルだが、なんとなく憎めない。
このあどけなさはなんだろう?
先程、闘技場での戦いはなんだったのだ?
もしかしてフェンリルはブラッドに唆されて俺たちを襲ったのだろうか?
しかし。ブラッドが純粋に悪とも思えないんだよなぁ。
そして薪を集めて帰ってくるとブラッドが見事な剣技で猪を捌いていく。
「食べきれない部分は燻製にしようか?」
食べきれないどころではない。
5メートルクラスの猪である。
ほとんど残ってしまうのではなかろうか?
ブラッドが炎を操り猪を焼いていく
。
こんがりと焼けた香りが俺の鼻を刺激する。
ブラッドが脚肉を俺に渡してくれた。
巨大な脚肉である。食べきれるだろうか?
そんな心配をよそに、フェンリルは既にかぶりついていた。
その姿を見るだけで、口の中から溢れてくるものが止められない。
俺も猪肉にかぶり付く。
「おいしい!」
口の中に肉汁が溢れだす。
俺とフェンリルはあっという間に脚肉を食べ尽くした。
「まだ食べれるかい?」
ブラッドは優しい微笑みを浮かべながら俺達に声をかける。
俺もフェンリルも尻尾振りまくりである。
到底食べきれないと思われた猪肉がみるみるなくなっていく。
「げふー。満腹満腹。」
フェンリルは大きなお腹を擦りながら仰向けに寝転がった。
(喉渇いたな)
チラリとブラッドを見ると、俺の心を読んだかのように、カップに入った水を渡してくれた。
「これは?」
ブラッドはニヤリと笑い答えた。
「湖の水さ」
口をつけた水を噴き出しそうになる。
というか吹き出した。
「な!なんで?」
俺のその姿を見てブラッドは、悪戯っぽく笑いだした。
「いやいや。湖水は湖水だけど、セドの魔力を僕の陽の魔力で中和させてるから大丈夫。普通の水だよ。」
やっぱりセドの仲間って訳じゃないのか?
「さあ。食べたら休むといい。今日は戦い詰めの一日だったし疲れたろう。明日はセドの居城に向かうよ。」
やっぱり仲間なのか?
俺はこの元勇者の不思議な言動に混乱しそうになる。
あまり聞くのも怪しまれるだろうし、今は言う通りにしておこう。
しかし明日セドに会うのか。
もしかしたらブラッドとセドのやり取りで、何か分かるかもしれない。
俺は自分の尻尾を枕に眠りにつく事にした。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」




