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ファキア、フェリス 2

 玄関のドアを開けると、まるで僕達の行く手を阻むかの様に太陽の光が照りつけた。

 年々暑くなるような気がするが、何十年後かには耐熱スーツ着用じゃないと外に出れないようになってしまうのではないか。

「しかし、ちきうというのはこんなにも暑いのか。魔界に太陽があるような感じだな」

「魔界に太陽はないのか?」

「魔界には太陽なんてものはない。代わりにカミラと呼ばれる赤い月があるがな、人間界と違って太陽に照らされる事もない。常に暗く、湿気た場所だ」

 その言葉には、どこか寂しさの様なものが混ざっているような気がした。


「何だその手は?」

「手を貸せよ。はぐれたらいけないからな」

 何となく、何となく手を伸ばしていた。意味なんてわからない。

 はぐれたら、だなんてただの言い訳に過ぎなかったのかもしれない。

「ふん。大魔王の手を握れることを光栄に思うがよい」

 そう言って僕の手を握る彼女の顔は、魔王の面影はどこにもない普通の女の子。

 猛暑の中、僕達は手をつないで店へと急いだ。


「おー! 洋服が沢山あるぞ。広いなぁ! 眩しいなぁ!」

 店内に所狭しと並べられた洋服を前に、興奮気味にはしゃぐ魔王。

 こんなに嬉しそうな顔をするなんて、やっぱり女の子なんだな。

「ほうほう、これは中々斬新なデザインだな。無駄が無くてよいではないか」

 彼女が手に取ったのは、真っ黒なフォーマルスーツ。喪服だ。

 いや、確かに無駄が無いと言えばその通りなんだが。ってかどう見てもサイズが合わないだろ。

「流石にそれは却下だ。もっと女の子らしい服にしてくれないか?」

「そうか? 意外と良いと思ったんだがな。では他のを選ぶとするか」


 それから一時間半。僕達はまだ店内にいた。

「これも良いな、いや、こっちの方か。でもこれも捨てがたいし……」

 いい加減僕も限界が来る。買い物カゴの中身はまだゼロだ。

「いつまで悩んでるんだよ。早く決めないと買わないからな」

「冷たい奴だな。お前女にモテないだろ? せっかちな男は嫌われるぞ」

 女という生き物が全て、一時間半もかかって洋服一つ決められないなら僕は一生独身でもいいとさえ思う。

「全身揃えるんだからな。洋服一枚で悩んでたら明日までかかるだろ。とりあえず下着からだ、ほらこっちこい」

 彼女の手をひき、僕達は下着売り場に向かった。

 子供の下着など別に何てことは無い、そう思って。


 しかしその考えは甘かった。

――何だこの雰囲気。今時の小学生の下着売り場にしては随分派手じゃないか?

 まずい、これは非常に場違いな気がする。

 迂闊だった。僕の想像とは遥かに違う。

 いくら子供といえど、男子には踏み込んでならない場所というのは確かに存在した。

「な、なぁ。悪いがここは一人で行ってくれないか? 僕はまだ到達レベルに達してなさそうだ」

「何を言っておるんだ。ほら早くせんか」

 繋いだ手は、僕を禁断の聖地にいとも簡単に引きずり込んだ。


「ほうほう、これは上質な布を使っている」

 下着を手に取り、珍しそうに眺めている。しかし、眺めているのは彼女だけでない。

 周囲の不信感まみれの視線が痛い。

 禁断の聖地によそ者が入り込むというのはこういう事なのか。

「ほれ、良い感触であろう」

 黒いレースのついたパンツを頬に擦られる僕がいた。

 蔑むような視線に、僕は不審者から変質者にレベルアップしたような気がする。


 店内に入ってから二時間半。ようやく買い物を終えた僕達は、昼食を取るためにお店を探していた。

 流石にいつまでも体操着を着せておくわけにもいかないから、彼女には買った服を着せてある。

 これがなかなか可愛い。

「魔王は何か食べたいものあるか?」

「食べたいものと言っても、ちきうの食べ物は知らぬからな。後、余は魔王ではない。大魔王だ。それにセラルナという名前もある。お前は名を呼ぶことを特別に許してやるぞ、光栄に思え」

「はいはい。じゃあ僕の事も名前で呼ぶことを許す。僕はお前じゃない、勇士だ」

「ゆうしか、その名前は好きではない」

 人の名前に好き嫌いがあるのか!? 名前が嫌いだなんて生まれて初めて言われたぞ!?


「お、あそこから良い匂いがするぞ! あれを食してみたいな」

 彼女の指先。『ちゃんぽん』とでかでかと看板が掲げられている。

「ちゃんぽんか、じゃああそこにしようか」

――いらっしゃい。

 ちょうどランチタイムだからか、店内は結構な賑わい。味は悪くなさそうだ。

 席につき、メニューを見ていた彼女。そしてためらいも無く、ごく自然に。

「余はこれだ! 海鮮ちんぽん! 海鮮ちんぽんだ!」

 

 賑やかだった店内が、一瞬にして静かになる。

――今あの子が言ったのか?

――あの髪の色、親の教育が悪いのがすぐ分かるぜ。

「何をそんな顔で見ておる? だから余はこの海鮮ち――」

「わかった! わかったから! 大丈夫大丈夫」

 彼女の口を手で塞く。僕は二次災害を防いだと言っても過言ではない。

 純粋な子供は、時に災いをもたらす。そう実感した。


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