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ファキア、フェリス 1

 八月四日。窓から差し込む日差しが朝を告げる。

 僕の隣ですやすやと寝息を立てるこの少女。

 第七十七代大魔王。セラルナ・ストナ・ナミナーナ。

 異世界から来た大魔王だ――って。

「何でお前が僕のベッドにいるんだ!」

「う……。何だ朝っぱらから、うるさいのぉ……。いいから黙ってこっちこい」

「うわっ」

 腕をひっぱられ、彼女の胸に抱かれるような体勢で布団の中に引き込まれる。

「禁断症状が出ないように抱いてやっているんだ。どうだ? 心地いいだろう?」

 彼女の全身から放たれる芳醇な香りは、初めて会ったときと同じ、まるで天国にでもいるような心地にさせる。

「こうやって余の匂いを嗅いでおればお前は苦しまなくてすむ、唾液はちと強すぎるからな」

 そうなのか。じゃあ彼女は僕の為に? 何だ、意外と優しいんじゃないか――。


「ちょっと! いつまで寝てるのよ! 早く朝ごは――」

 部屋のドアを勢いよく開けた楓が見たものは、少女の胸に顔を埋める兄の姿。

「まさかお兄ちゃんがロリコンだったなんて……」

 まて、誤解だ。頼むからそんな目で僕を見ないでくれ。

 最悪な一日の始まりだ。


「うまいうまい。ちきうの食べ物は本当に旨いな」

 楓が小学生の頃の体操服に身を包み、朝食をかきこむ彼女の姿はどうみてもただの小学生である。銀髪と目が赤い事を除けば、だけど。

「勇士様、何故私だけ皆さんとメニューが違うのでしょうか」

 側近、と呼ばれた白猫の前にはキャットフードが置かれている。

「猫だからだよ。いい子だからそれ食べててね」

 楓がさらりと言った。

 大魔王の側近と言えばすごい大物だと思うのだが、余り楓にはそんなこと関係ないらしい。

「おかわり!」

 しかしこの大魔王、良く食べる


「おー! これは非常に旨いぞ。牛の乳を冷やしたものか? いや、でもこの甘さ……」

 食後のアイスに舌鼓をうちながら、興味津々、と言った所か。

 異世界にアイスはないらしい。

「ところで、何で地球に来たんだ?」

 僕は素朴な疑問をぶつける事にした。

「うむ。お前達が魔界の事を信じられぬように、我々もまた同じ。魔族もいない、魔法も無い。そのような世界が本当に存在するのか? 気になることは調べねばなるまい。単純な探究心だ」

 確かに、僕だって魔界が存在する世界があるとしたら行ってみたいと思うだろう。

「なぁ、魔法使えないとか言ってたけど、魔力? はあるんだろ? さっき僕が魔力にあてられた。って言ってたし」

 僕の言葉にニヤリと笑い、彼女は指を一本立てた。

「はっ!」

 彼女の指先から、紅蓮の炎が巻き上がる――わけもなく。

 指先からはライター程の火が切なそうにゆらゆらしていた。

「どっ、どうだ!これくらいは出来るんだぞ!」

 自分でもあまりの小ささに驚いたのか、少し困惑したようなドヤ顔をしている。

「あっ、ああ。すごいな」

 僕の言葉を聞いた彼女はとても満足そうに頷くと、またアイスを食べだした。

――この生き物、可愛い。


 朝食を終え、食器を洗ってると側近が近寄ってきた。

「勇士様、少々お尋ねしたいことがあるんですが……」

 声のボリュームを抑えつつ、何かを警戒しているようだ。

「勇士様はアニメをご存知でいらっしゃいますか?」

「アニメ? 知ってるけど、それがどうかしたのか?」

「ええ、実は少し興味がありましてね。後学の為に少し拝見したいと思いまして」

「あ、ああ。アニメなら僕もそれなりにもってるけど――」

 あっ、今すっごい嬉しそうな顔した。シャキーンってなった。

「本当でございますか! よろしければ少し拝見させてもらっても構いませんか?」

「いいよ。じゃあ一段落したら準備するよ」

 しかし、魔族がアニメねぇ。クールジャパンは次元をも越えるのか、恐ろしい話だ。


「ねぇお兄ちゃん。セラルナちゃんの洋服買ってきてあげてよ。いつまでも私の体操服じゃかわいそうだしさ」

 一通り食器を洗い終えると、楓が出かける支度をしていた。

「ふむ、それもそうだな。じゃあ準備するからちょっと待っててくれよ」

「何言ってんの? 私は友達と約束があるから。お兄ちゃんが行くんだよ」

 この非日常な現実を前に、なぜそんなに日常を謳歌できるのか。

「そっか。あ、楓あんまり友達には、その――」

「言わないよ。言ったって可哀想な痛い子だって思われるだけだし。じゃあ行ってきまーす。お昼は友達のとこで食べるからいらないよー」

 中ニとは思えないリアリストっぷりを発揮して彼女は出かけていった。

 妹よ、痛い子でいられるのは今のうちなんだぞ。中ニという思春期真っ只中に痛くならないのはもったいないとさえ言える。

 

「魔王の洋服を買いに行こうと思うんだけど、側近も一緒に行くか? まぁ流石に店の中までは入れないけど」

「いえ、この姿ではせらるにゃ様に迷惑をかけるかもしれませんし、そんにゃことよりアニメの方をよろしくお願いします」

 今そんなことって言った!? 側近のくせに魔王よりアニメ!?


「おーい。魔王、買い物に行くぞ」

「買い物!? 何処に行くのだ!」

「お前の洋服を買いに行くんだよ。ほら早く行くぞ」

「余の服をか!? 楽しみだな! 楽しみだな!」

 満面の笑みで跳ね回る魔王。魔王のイメージが音を立てて崩れていくような気がする。

 僕は側近の為にアニメを流して、魔王と買い物に出かけた。


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