伝説の剣 2
空に上がった僕が見たもの、それは異常な光景だった。
暗い魔界を照らすように、大きく燃え上がる二つの炎。
間違いない、あの場所が潰された町だ。
「そんな……。あんなに大きく。一体どれだけの魔族を殺したんだあいつは」
「避難はしているはずでしょうが、それでも相当死んでいると思いますね」
想像以上だった。身体が震える。
僕が思っているほど甘くない。最凶最悪の大魔王。
その真の恐ろしさに触れた気がした。
「月が、濁ってますね。まだまだ終わらないでしょう」
「さっきの魔族も言ってたけど、月を見れば分かるのか?」
「ええ、もともとあの月は綺麗な赤色なんです。でもブラッド・ウィークの時はああやって黒く濁るんですよ。原因は分かりませんが、大魔王様の心の闇、と言う人もいますね。あの月が本来の赤色を取り戻す時、それがブラッド・ウィークの終わりなんです」
心の闇。あのどす黒い月は彼女の心の闇。
あの闇を晴らすこと何て僕に出来るのか?
濁った月が、僕の心に恐怖心を植え込んでいく。震えが止まらない。
怖い。死ぬのが怖い。殺されるのが怖い。
「怖いですか?」
僕を抱いているリリスさんには隠しようがなかった。
全身の震えは、彼女の手をも震えさせる。
「やめてもいいんですよ。誰も責めません。責める資格もありません。どうせ誰にも止められないんですから」
「私は、勇士さんの傍にずっと居ますよ。たとえ結ばれる事が出来なくても、貴方の事を離しません。だから止めて、皆で楽しく暮らすのもいいじゃないですか」
そうだな、四人で暮らすのもいいじゃないか。最初はそのつもりだったじゃないか。
敵うわけが無い。話をする前に殺されるかもしれない。
そんな事をして何になるんだ。
僕には楓だっているんだ。リリスさんも、ミサキさんも。
守るものがいるじゃないか。新しい家族が。
「そう、だな……」
「僕は、楓や、ミサキさん。そしてリリスさんを守らなくちゃいけない。家族になってくれって言い出したのは僕だしな」
「そうですよ。だから無理しなくてもいいんです。私達はずっと一緒ですから、帰って美味しいご飯を食べましょう」
そうしよう。やっぱり僕には出来ない。
誰にも出来ないんだ。仕方ない事なんだ。
「うん、帰ろう……。だけどその前に、ちょっとだけあいつの姿見て行ってもいいかな? 自分の中でけりをつけたいんだ」
大魔王の姿を見て、僕の知らない彼女の素顔を見れば諦めがつくような気がする。
手の届かない存在だって事に。
「大魔王様は多分あそこですね」
彼女の指差す先。周りには何もない荒地の様な場所で、光が激しく動く。
誰かと戦っているのか。光がぶつかり、大きな煙が上がっている。
「もう少し近づいてくれないか。あいつの顔が見えるまで」
近づくにつれ、少しずつ彼女の姿が見えてくる。
手には禍々しい大きな鎌。返り血で赤く染まった身体。
第七十七代目大魔王。セラルナ・ストナ・ナミナーナの姿がそこにあった。
僕の知らない、全くの別人の姿が。
彼女と戦っている相手が、地面に膝をついた。
勝てるわけがないんだ。あの人も殺されてしまうのだろう。
「ペ、ペルシャ様……」
「何だって!?」
リリスさんの言葉に耳を疑った。
彼女と戦っていたのは、あろうことか彼女の側近だった。
「どうして……」
「多分、止めて差し上げるつもりだったんでしょう」
勝てるはずがないのは側近が一番わかってるはずだ。
それなのに、命を掛けて。
「戻りましょう勇士さん、もうこれ以上――」
「降ろしてくれ」
「だけど、無理です!」
「いいから! 側近の前に僕を降ろしてくれ!」
何もせず戻ることは出来ない。そう思った。
「ゆっ、勇士様!? どうしてここに!?」
「猫の姿しか知らなかったけど、側近はイケメンだったんだな」
「おっお下がりください! 今のセラルナ様は危険すぎます!」
ボロボロの身体、見るからに痛そうだ。
「リリスさん。側近を安全な場所に」
「はい。ペルシャ様、すいません離れますね」
「待って下さい! 勇士様! 勇士様!」
りりすさんに抱えられて離れていく。これで少しは安全だろう。
「久しぶり、っても今日の朝の話か。今日か昨日かわからないけど」
身体中に感じる彼女の圧力に、立っているのもやっと、って感じだ。
そりゃあそうか。僕は人間、彼女は大魔王なんだから。
「貴様、何をしに来た。黙ってあの淫魔と乳くりあっていれば良かったのに。余の好意を無駄にして、ノコノコと現れおって」
「いや、大人の男にはなりそこねちゃったから、責任を取ってもらおうと思ってな」
「笑わせてくれる。人間風情がいきがりおって」
何でこんなに足が震えるんだ。すごくカッコ悪いじゃないか。
「目の前にいるのは貴様の知ってる子供ではない。大人しくちきうに帰るがよい」
「それは分かってる。でもはいそうですかってわけにはいかないだろ」
「ふん、余は貴様の名前が嫌いだ。魔族を殺し、余の父を殺し、そして余に歯向かうその名前。貴様もその名の通り、余の前に立つつもりか」
「人の名前にけちをつけんなよ。それに僕は勇者じゃない、勇士だ」
彼女が武器を構える。生まれて初めて感じる殺気。
「そこをどけ。勇士」
もう後には引けない。行くしかないんだ。
「行かせないさ。第七十七代目大魔王セラルナ・ストナ・ナミナーナ。お前はここで死ぬんだ」
そう、これが最終決戦。
僕と彼女の、最初で最後の戦いだ。
一瞬で僕の目の前に現れた彼女が鎌を振り下ろす。
今避けなかったら完全に死んでた。
「ほう、まさか避けるとは思わなかったぞ」
どうやって避けたのか自分でもわからない。
その前に、彼女は完全に僕を殺す気だ。
「勇士よ、貴様に敬意を評してやる」
そう言って、彼女は武器を捨てた。
「さぁ、殺し合おうぞ!」




