伝説の剣
空を覆う黒い雲、まるで時間の経った血の様に、どす黒く赤い月。
初めてみる異世界は、とても静かで、不気味な雰囲気に包まれていた。
辺りを見渡すが、リリスさんの姿が見えない。
え、何処行ったんだよ。まさか来れてないとか?
間違いなくここは魔界のはず。こんな所に人間が住んでいるはずがない。
知らない土地、しかも魔界に一人。不安に押しつぶされそうだ。
「人間、か?」
突然背後から声がする。振り返ってみると、声の主は人間とは程遠い外見。
――魔族だ。
大きな獣の様な身体、あの鋭い爪で引き裂かれたら間違いなく無事ではいられない。
魔族を見るのは決して初めてではないが、背筋が冷たくなっていくのを感じた。
「ちっ、違いますよ」
何故か否定してしまった。
何となく、そう何となく否定したほういい気がしたんだ。
「そうか。ふんふん、半魔のひよっこか。人間の匂いがしたから来てみたんだが、まぁこんな所に人間が居るはずはないもんな」
助かった。僕の選択は間違ってなかった。
「それにしても、どうしてこんな所にいるんだ? 早く避難しないと危険だぜ」
「何かあったんですか?」
ポカンと口を開けて、僕を見る。
「お前何言ってんだ、あの月を見ろ。ブラッド・ウィークが始まったんだよ」
あの月を見れば分かる? 暦の様な役割を果たしているのか?
「そ、そうでしたね。それで、セラ――大魔王様はどこにいるんですか?」
「今は東の森だな、もうそろそろこっちの方にも来るはずだ」
話を聞く限りそんなに遠くなさそうだ。
「今回は特にヤバイぜ。もう町が三つやられちまったみたいだからな。人間界の町を一つ潰して、魔界に戻って来て二つだ。ありえないだろ? このまま世界を滅ぼしてしまうんじゃないかって言われてるぜ」
彼の言葉に驚愕する。
町を三つ? スケールが大きすぎて良く分からない。
あいつは何の関係も無い人や魔族の町を三つ潰したって言うのか?
止めさせないと。このままじゃ絶対ダメだ。
「東の森は! 東の森はどっちですか! どっちに行けばあいつに会えるんですか!」
「お、おい。どうしたんだよ」
「勇士さん!」
頭上を見上げると、リリスさんの姿があった。
「探しました。ご無事だったんですね」
「僕は何とか、でもセラルナが。早くあいつのところに行かないと」
「落ち着いて下さい。闇雲に行っても直ぐに殺されてしまいます。ブラッド・ウィークの大魔王様は敵も味方も関係ありませんから」
リリスさんの言葉に、少し落ち着きを取り戻す。
それでも、今すぐセラルナの所に走り出したい気分だった。
「そうですか。もうそんなに……」
「僕にはよく分からないんだが。普段はどれくらいなんだ?」
「普段は一日一つ落とすか落とさないかってところだな。俺達だってただ黙って見てる訳じゃねぇ、それなりに抵抗はするからな。ふらっと来て、気が済むまで暴れて、またふらっと帰っていく。いつもはそんな感じだ」
「でも今回は違う、と言う事ですね」
「ああ、完全に町をぶっ壊してるんだ。大魔王様が襲った町は瓦礫の山だ。あんな恐ろしいものみたことねぇよ。相当怒ってるんだろうな、まるで何かに八つ当たりするみたいに町を壊し、そして殺しまくっていたよ」
あいつが本当に望んでやっているのか?
何の為にそんな事をしているのかわからない。冷酷な部分は確かにあった。
でも僕の知っているセラルナは、優しくて、いい匂いがする女の子。
「しかしお前が人間だったとはな。人間の匂いがプンプンするわけだ」
「いやぁ、人間だって言ったら殺されちゃうのかなって思って」
「そんないきなり殺したりはしないさ。ところでお前たちは大魔王様の知り合いなのか?」
「どうかな。知り合いだった、って言った方が正しいのかもしれない。大魔王としてのセラルナの事は良く知らないから。でも会いに行くさ、必ずね」
「正気か? 今の大魔王様に近づいたらただじゃ済まないぞ。あの側近だって距離を置いている位だからな」
「側近? 側近も一緒なのか?」
そうだ、そう言えば側近の存在を完全に忘れていた。
「ああ。一緒に居ることはいるが、離れた所で黙って見ているよ。そうする事しか出来ないのは当然だけどな。悲しそうな顔をしてよ、黙って見てるんだよ。何か辛そうでなぁ」
「そっか、じゃあ早く行かないと。このままじゃ誰も救われない、皆が辛い思いをするだけだ」
「だけど人間のお前が行っても、近づいただけで死んでしまうぞ」
そうだ。セラルナには誰も近づけない。僕だってそれは経験済みじゃないか。
「リリスさん、どうすればいい? どうすれば僕があいつに近づける?」
「そうですね……。ちょっとそのまま立っていてもらえますか?」
彼女が何か呪文の様なものを唱え始めた。
身体の内側からじんわりと熱くなるような感覚。これが魔法?
「お、何だこの感覚。力が湧いてくるような」
「いえ、力は変わりません」
こうもきっぱりと否定されると恥ずかしい何てものじゃない。
言ってみたかった、このセリフを言ってみたかっただけなんだ。
「オークさん。ちょっと勇士さんのお腹を殴ってみてもらえますか? 結構強めで」
結構強め!? 何その『汁多め』みたいな注文。
「お、おう。大丈夫なのか?」
「防御魔法をかけましたから大丈夫です。やっちゃって下さい」
ああ、今のあれは防御魔法だったのか。
そうだよな、やっぱり守備をあげるのはゲームでもいっ――。
「あ、だ、大丈夫か?」
いっ、痛い。痛いなんてもんじゃない。死ぬ、死ぬ。絶対死ぬ。
懐に彼のパンチを貰い、僕は地面と熱い口付けを交わした。
「全然痛いじゃないか! 死ぬかと思ったよ!」
お腹に手を置いて、必死に笑いを堪えるリリスさん。
絶対性格変わってますよね、その姿になってから。
「いやいや、それでもたいしたもんだ。生身でくらっていたら穴が開いてるよ、結構強めだったし」
受けちゃったのかよ。オーダー受けちゃったの?
「ま、まぁこれで近づく位なら出来ると思いますよ。あくまで近づくだけですけどね、攻撃されたら死にます」
「え、それってもう捨て身の特攻隊じゃないですか」
「そうなりますね。がんばって下さい」
ああ、僕の冒険は此処で終わるのか、大人になれないまま。
「お前ら面白いな。お前らを見てると本当に何かやってくれる気がするよ。よし、俺がいいものをやろう」
そう言って、彼は袋の中から一本の剣をとりだした。
「これは、オリハルコンの剣ですね」
おっ、オリハルコンだって!? それはあの、ゲームとかに出てくる伝説の剣の事か!
始まりの村、的なこの場所でそんな武器装備していいんですか!?
俺つえー。見たいな感じになっちゃうじゃないか。
「これって本物ですか?」
いや、分からないぞ。レプリカって事もあるじゃないか。
上げて落とすのはセオリーだ、僕はもう騙されないぞ。
「これは本物ですね。すごい武器ですよ」
「そうだろう。ウチの家宝だからな、ほれ」
初めて持った剣は思ったより軽く、僕の手に馴染むような感覚だった。
伝説のオリハルコンの剣。まるで僕の為にあるみたいじゃないか。
「じゃあ僕達はそろそろ行くよ。剣、どうもありがとう」
リリスさんに抱かれ、足が地面から離れていく。
「おう、頑張ってくれよな。ところでお前、名前は何って言うんだ?」
「勇士。僕の名前は勇士だ!」
手を振る彼に別れを告げて、僕達は空へ飛び出した。
「ユウシ、か。あいつ、勇者みたいな名前してやがる――」




