別れ、家族、そして旅立ち 7
「魔界、いや、私達の世界には『ブラッド・ウィーク』と言う言葉があります」
「拙者は横文字がさっぱり分からんでござる」
「では『血の一週間』とでも言いましょうか」
『ブラッド・ウィーク』血の一週間か。
ゴールデンウィークみたいに、待ち遠しいようなものじゃなさそうだ。
「それで、何をする一週間でござる? お祭りでござるか?」
「お祭りなんて、そんな喜ばしい事ではございません。人間はおろか、魔族でさえも恐れる。そんな一週間です」
「それは何か嫌な話でござるな。拙者怪談話は苦手でござるよ」
不安そうな顔をしているけど、十分自分も怪談チックだと思うんです。
「で、何が起こるんだ?その一週間は」
「虐殺です」
虐殺。その聞き慣れない言葉に、張り詰めた緊張感にも似た空気が流れる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その一週間が何の関係があるんだよ」
何となく、嫌な予感はしている。
「何故、大魔王様が魔王ではなく、大魔王と呼ばれるか」
聞きたくない。その先を聞きたくない。
「ブラッド・ウィークは大魔王様が人々を殺す一週間なんですよ」
「じょ、冗談でござろう……? 笑えないでござるよ……」
「冗談ではありません。その一週間は、目に入る人間、魔族を皆殺しにするんです。それが最凶最悪の大魔王と呼ばれる所以です」
七十七代目にして、初めて大魔王と呼ばれた彼女の素顔。
それはとても恐ろしく、そして信じられない話だった。
「その一週間は、善悪の区別もありません。ただひたすら血を流し続けるのです」
「そんな、めちゃくちゃじゃないか!」
「正直、私は大魔王様が何故この家に居られたのか不思議です。それほど私のいた世界では、大魔王様は恐怖の対象だったのです」
確かに、初めてセラルナを見た時、リリスさんの怯え方は尋常じゃなかった。
「止める事は出来ないでござるか? お主らが力を合わせて、セラルナ殿を抑えこんだりは出来ないでござるか?」
「私と戦ったミサキさんなら分かると思いますが、あの状態でも大魔王様の足元にも及びません」
「そ、そこまででござるか……」
僕は記憶がないから分からないけど、暴走したリリスさんには二人がかりでも歯が立たなかったとか。
それでも足元にも及ばないとなれば、相当な強さなんだろう。
「でも、お兄ちゃんなら何とか出来るんじゃない?」
「おい! 何言ってんだよ、出来るわけないだろ」
楓はこんなに頭の弱い子だったのか? 何をどうすれば僕があいつに勝てるって言うんだよ。
「だってほら、昔剣道やってたじゃない。メーン。みたいな」
「ふむ、それなら何とかなりそうでござるな」
「とりあえず真面目な話をしてください。お願いします」
「私、勇士さんなら何とか出来るかもしれないって思うんですよ」
やばい。馬鹿が伝染してる。楓ウイルスとでも名づけようか。
感染力、非常に高い。症状、何とかなると思う。みたいな。
「流石に僕はまだ死にたくないんですけど……」
「でも、本当に真面目な話なんだけど。もしセラルナさんがお兄ちゃんに助けて欲しいって、止めさせて欲しいって言ってきたらどうする? それでもお兄ちゃんは知らないよって言うの?」
「どうかな、そんなの分からないよ」
三人がニヤニヤしながら顔を見合わせている。
僕が何かおかしいことを言ったんだろうか。
「洞窟でセラルナ殿を守ろうとする勇士殿は男前でござったな」
「病院でリリスさんを抱きしめるお兄ちゃんもかっこよかったな」
「大魔王様に殺されそうになった私を助けてくれた勇士さんはかっこよかったです」
「何だよ、何が言いたいんだよ」
「お兄ちゃんはいつだって命をかけて皆を守ってるんだよ。今更死ぬのが怖いだなんて言ったらおかしいじゃない」
別に、誰かを助けたいとか思ってるわけじゃない。
ただ何となく、何となく身体が動いただけ。
だから、そんな立派な人間なんかじゃない。誰かの為に命を捨てられるほど、僕は強くないんだ。
「セラルナ殿は、勇士殿を待っていると思うでござるよ」
「そう言っても、死ぬかもしれないんですよ。僕が死んだら楓はどうするんですか」
「そうなったら私はミサキさんと生きていくから大丈夫だよ」
実の兄は死んでもいいと、今暗にそう言いましたよね。
それでいいのかと問いたい、問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
「それは冗談だけど、お兄ちゃんなら、きっと大丈夫な気がするんだ」
「……分かった。やってみよう」
何でこんなことを言ったのかわからない。
場の雰囲気に飲まれた、と言ってしまえばそうなのかもしれない。
でも、やっぱりもう一度彼女に会いたかった。
「それで、どうやって魔界に行くんですか?」
「それはですね」
そう言うと、リリスさんは冷凍庫からバンシーの実を取り出した。
「私がこれを食べればゲートを開くことができます。この実も、私を残していったのも、素直じゃない大魔王様のサインなのかもしれませんね」
そう言って実を食べた次の瞬間、彼女の身体がみるみるうちに変わっていく。
大きな蝙蝠の様な黒い翼、頭に生えた二本の角。指先からは鋭い爪が伸びている。
「利リスさん……何か、ちょっと怖いけどエッチだよ」
楓が言うのも無理はなかった。完全なサキュバスに戻ったリリスさんは、ほぼ全裸に近い格好だ。
「サキュバスがエッチじゃなかったらおかしいじゃないですか」
うん。おっしゃる通りでございます。
「じゃあ、行ってくるよ。ミサキさん、もし僕に何かあったら楓を頼んでもいいですか?」
「分かり申した。その時は、拙者が命をかけて楓殿を守ると誓おう。だから勇士殿、全力でセラルナ殿を守ってやって下され。そして三人で戻ってくるでござるよ」
「はい。側近が数に入ってないですけどね」
笑い声が響く。そうだ、僕が目指してたのはこんな家族。
「勇士殿、丁寧語はもう必要ないでござるよ。帰ってきた時はもっと普通に話して下され」
「はい。わかりました。じゃあ戻ったら普通に話します」
「お兄ちゃん。行ってらっしゃい」
「おいおい、僕は死んでしまうかもしれないんだぞ。もっと特別な見送り方はないのかよ」
「まぁ、その時はその時だから。セラルナさんによろしくね」
やっぱりラスボスは楓だな。さすが我が妹。
「じゃあ行ってきます」
二人に別れを告げて、僕は玄関のドアを開けた。
そして、二度と帰ることはなかった。
おいやめろ。帰ってくるからな。必ず。
「これから何処に行くですか?」
「公園ですよ。それと、私にももう敬語は必要ないです」
「そ、そっか。じゃあ普通に話すよ」
「はい」
そう言って、彼女は僕の手を握った。
「公園に着くまででいいですから。多分もう手を繋ぐ事はないと思いますし」
「え、それはどういうこと?」
「だって、大魔王様が帰ってきたら繋げませんよ」
「あ、そっか。何かゴメン……」
「いいんですよ、大魔王様には敵いませんから。私は二番でも」
「それに大魔王様が居ないと、魔力のない勇士さんとは最後まで出来ませんからね」
外見だけでなく、中身も完全にサキュバスになってると思うのは僕の気のせいだろうか。
公園に着くと、彼女は滑り台の上に昇って何かを唱え始めた。
「勇士さん。こっちに来て下さい」
上に昇ると、滑り台の先が陽炎の様に揺らめいている。
「あれがゲートか?」
「そうです。時間が余り無いので、このまま滑って下さい」
彼女の言葉に、僕は勢い良く滑り降りた。
セラルナの待つ、異世界へ向かうために。




