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伝説の剣 3

 落ち着け、精神を集中させろ。思い出せ、剣道の試合を。

 ためらうな、間合いに入ったら全力で行くんだ。

「来ないのか? ではそのまま死ね!」

――今だ!

 完全に見えた。スローモーションの様な感覚。

 彼女の繰り出した拳をかわし、全力で胴に叩き込む。


 真っ二つ。それは余りにもあっけない結末。

 オリハルコンの剣は、彼女の身体に傷一つつけることなく折れた。

 嘘だろ、伝説の――。


 腹部に強烈な衝撃。息が出来ない。

 くの字に折れ曲がる身体。

 腹に深々と叩き込まれた拳をひいた次の瞬間。こめかみに彼女の蹴りが入る。

 首ごと刈り取られるような衝撃に、身体が宙に浮いた。

 どれだけ吹き飛ばされたんだろう。彼女が遠くに見える。

 頭が割れるように痛い。もう割れてるんじゃないか。


「勇士さん!」

 気がつくと傍にリリスさんがいた、側近もいる。

「無理ですよ。人間が傷つけることなど出来ません。それこそ本当の勇者でもない限り」

 そうなのか、それなら最初からそうと言ってくれれば。

 このままじゃ無駄死にじゃないか。でも――。

「一発くらいは、殴ってやるさ」

 立つのがやっと、足がガクガクだ。

 こっちに近づいて来る大魔王。恐ろしい化け物だよお前は。


 彼女の拳に、わき腹から鈍い音がした。

 彼女の蹴りに、足の骨が砕ける音がした。

 口から流れ出す血に、僕は限界を悟る。

 所々変なほうを向いている手足。もう立つ事さえも出来やしない。


 その時、身体を優しい光が包んだ。

「か、回復魔法! 大魔王様! もしかして!」

 セラルナが? ああ、痛みが消える。立てる。

「せら――」

 立ち上がった僕の腹をまた殴る。何度も、何度も。

「お、恐ろしい……。こんなセラルア様見たことない……」

 はは、側近がえらい顔してら。リリスさんは、もう見てられないよな。

 悪いことしたな、こんなところ見せちゃって。

 楓は、ちゃんと生きていってくれるかな、ミサキさんがいるから大丈夫か。話し方はおかしいけど、しっかりした人だしな。

 

 暖かいな、回復魔法。何回目だろう。

 もう要らないのに、もう痛くなんて無い。

 手が痛くならないのかな。オリハルコンが割れるくらいだし大丈夫なのか。

 どんな顔だったっけ。子供の姿のお前。

 怒ったり、すねたり、笑ったり。寝顔は天使みたいな、お前の顔。

 どうして、そんな顔を見せてくれないんだ。

 どうしてそんなに、涙を流して。悲しそうな顔をしてるんだ。

 泣くなよ、そんな顔で僕を見るなよ。

 僕はいつだって、お前の笑顔を見ていたいんだ。


 身体が動く、ああ、これが最後の力ってやつか。

 どうせ最後なら、やっぱりお前の傍。

 ああ、この匂い。お前の匂いだ。

 流れるような白銀の髪、燃えるような赤い瞳。

 そして、蕩ける様な甘い唾液。

 はは、大人の姿のお前とキスをするのは、これが初めてだったな。

 最初で最後の、さよならのキス――。




 ん? ここは何処だ。すごい装飾だな、天国か。

 華やかな所だ、気持ちいいな。

 あ、天使だ。ホントに天使っているんだ。いい匂いがする。

 胸大きいな。すごい揺れてるじゃないか。ご褒美なのか。

 そう言えば、結局生きてるうちに卒業出来なかったな。チャンスはあったはずなんだけど。

 キング・オブ・チキンの称号はもう僕の物で間違いないだろ。これで最優秀賞はいただきだ。

 目の前で揺れる美味しそうな果実。もういいだろ死んだんだから。

 あの世に来てまで我慢することはない。そうだ、これはご褒美。

 守り抜いた勝者にだけ与えられる。天使との卒業式だ。

 ありがとうございます神様。そして天使様いただきます。

 ああ、何て柔らかい。口唇にフィットするこの感触。

 まるで蜜の様に甘い。なんだこれ、こんなに甘いのか。

 吸うたびに、僕の口の中いっぱいに甘い液体が広がっていく。

 幸せだ。幸せだよ――。


「何をしているんですか! 勇士様! 勇士様! しっかりしてください!」

「ああ! 何するんだ! 僕のだぞ! 邪魔するな! 天使のおっぱ――」

 目の前には側近とリリスさんが立っている。

「あれ? 皆死んだのか? 天使はどこいったんだ?」

「何言ってるんですか。誰も死んでないし、天使も居ませんよ」

「いや、だって天使の甘かったし。柔らかかったし」

「そんなに甘かった……ですか?」

 照れくさそうに胸を隠すリリスさんを見て、僕はちょっとだけ理解した。


「信じられませんよ。リリスさんの悲鳴が上がったと思ったら、勇士様が胸に吸い付いているんですから。私も流石に固まってしまいました」

「い、いやあ。天国に来たんだと思って、死んだんならいっちゃってもいいかなぁと」

「相当吸ってましたからね、口から淫水が零れていましたよ。リリスさんもしっかりして下さい」

「い、いやあ。びっくりしちゃって。気持ちよかったですし」

「勇士様が従僕化してもよろしいのですか? ここは魔界なんですよ、地球じゃないんですからね」

「ま、まぁまぁ。別に何ともなかったんだし」

「淫水をあんなに摂取して何ともないわけないじゃないですか。自分の下半身をごらんになって下さい」

 下半身? はいありました。立派なスカイツリーです。

「これは、力が溢れてくるようだ……!」

「逝ってよし」

「だから何処で覚えて来るんだよ! かなり古いし!」


「セラルナは? もしかしてまだ町を?」

「いえ、大魔王様は自室に居られます。あの後戻ってきてそれっきり部屋から出てきません」

「そっか。じゃあちょっと見に行こう」

「それは出来ません。大魔王様のお部屋には誰も近づく事さえ出来ないのです」

「どうしてだ?」

「ブラッド・ウィークはまだ始まったばかり。今の大魔王様は暴れたい衝動を必死に抑えているのでしょう。溢れ出す膨大な魔力で、私でさも近寄れませんので。今の勇士様では扉を開けた瞬間に死んでしまうでしょうね」

「誰も近寄らぬ、近づけぬ大魔王、か」


 しばらく考えていたが、結局答えなんて出なかった。

「とりあえず腹が減ったな。何か食べるものある?」

「はい、じゃあ何かお持ちしましょう」

「あ、ちょっと見に行ってもいいかな? 魔界の食材ってどんなものか気になって」

「いいですよ。じゃあ行きましょうか」


 大きな厨房には、見たこともない食材がズラリと並んでいた。

「おー。すごいなこれは何がなんだか、味の想像もつかないものばっかりだ」

「多少は似たものもあるんですよ。このマンドランゴだって、日本で言えば人参みたいなものですから。あとこのウロボロスのお肉は鶏肉の様な味がします」

「私は地球の食べ物はほとんど食べていませんので、リリスさんの方が詳しいですね」

 少しいじけたように側近が言う。猫だったんだよなそういえば。


「あ、バンシーの実が沢山あるな」

「魔族にとっては栄養剤みたいなものですからね」

 そういえばこの実で魔力を補給できるんだったな。食べたら食べた分だけ効果があるんだったっけ。

「僕が食べたら魔力があがったりするのか?」

「まぁ、今の勇士さんも少なからず魔力を備えていますからね。私達と同様、魔力はあがりますよ。一口食べてみたらいかがですか?」

「じゃあ遠慮なく」

 赤い果実を一口かじる。カリッと小気味いい音を立て、みずみずしい果実が口いっぱいに広がる……。

「なっ、なんだこれ! すごく苦いじゃないか!」

 口の中に広がる異常とも思える不快感に、たまらす吐き出してしまった。

「どうですか? 美味しいでしょう」

 僕の様子を見て二人が笑っている。 

「食べれたもんじゃないぞ。魔族は平気なのか?」

「いえ、私共も同じですよ。だから一口だけしか食べれないんです。どうしてもそれ以上は身体が受け付けませんからね」

「何だ、せっかく沢山食べて魔法でも唱えてやろうと思ったのに」

「ふふふ。沢山食べれたとしても、魔力は上がっても魔法は使えません。字を知らない赤ちゃんが字を書けないのと同じですよ」

「そんなものか、残念だな」

 現実はアニメの様にはいかないか。

 魔力だけあっても魔法の使い方知らないんじゃどうしようもないし――。

「勇士様どうしました?」

「なぁ、ちょっと厨房借りてもいいか?」


――魔王城 魔王の部屋――


 重厚な扉を開けると、見た事も無い程の大きなベッドの上。俯いたセラルナの姿が見えた。

「何て顔してるんだよお前は」

「ゆっ、勇士!? お前どうしてこの部屋に!?」

「いやぁ、ちょっと色々な。しかし身体が重いな。お前がすごく遠くに感じるよ」

 部屋の前でも凄かったけど、中に入るとこんなになるなんて。

 身体が重い、重力に押しつぶされそうな感覚だ。


「馬鹿者! それ以上寄るでない! 死にたいのか!」

「死にたくはないけど。寄るな、と言われれば寄りたくなるだろ」

 目がかすむ。足を上げるのも辛い。

「止めろ! もういい! もういい!」

 身体が言う事を聞かない。床に崩れ落ちる。

 もう言葉も出ない。


「余は、余は大魔王だ! 倒れているお前に近づく事さえ出来ないのだぞ! 目の前で大切な人が倒れているのに、傍にいけない余の気持ちが分からないのか!」

 大切な人、今そう言ってくれたな。

 僕だって、そう思ってるんだよ。

 誰も近づけぬ、近づかぬ大魔王。それは彼女も同じ、近づきたくても、近づけない。

「……僕が、いくよ。お前がっ、来れなくても……僕が行くっ!」


 涙が混ざりあった彼女の唾液は、さっきより少し甘酸っぱい。

「ほら、近づけたじゃないか」

「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! どうしてお前はそう馬鹿なんだ!」

「もう近づけぬ大魔王は居ない。僕がお前を倒すんだ」

「そんなに股間をギンギンにして言うセリフじゃなかろう。カッコ悪いではないか」

「大魔王を倒す、伝説の剣だよ」

「世界を救う勇士にしては随分と情けない剣だ」

 僕は世界を救う勇者なんかじゃない。

 でも、誰かを救うだけなら。

 誰だって勇者になれるんだ――。



エピローグ



「いやぁ食った食った。完全に食べ過ぎたでござるよ」

「私も~。もう動けない~」

「本当に美味しかったですね」

「もう満腹で動けぬ。少し横になるとするぞ」

「おい、食ったあとすぐ寝ると牛になるぞ」

「だからお兄ちゃんそれもう古いってば」

 リビングを出ようとしたセラルナが立ち止まり、さも当たり前の様に言った。

「何をしておるユウシ、お前も来るのだ」

「はいはい魔王さま。お供しますよ――」

  

 


「そう言えば。伝説のオリハルコンの剣、すぐ折れちゃったな」

「伝説のオリハルコン? 何だそれは?」

「え? あれオリハルコンの剣じゃなかったのか?」

「オリハルオンの剣だが、伝説の剣などないぞ。普通にありふれたオリハルコンの剣だ」

「何だ、オリハルコンってありふれているのか。勘違いしてたよ」

「勇士の伝説の剣は折れなかったがな。七日間も」

「そりゃあ、大魔王を倒すために作られた剣だからな」


「どうだ、心地いいだろう」

「ああ、最高だ」

「胸があったほうがいいか」

「いや、どっちでもいいさ」

 僕は、お前の匂いが好きなんだから――。

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