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別れ、家族、そして旅立ち 5

「落ち着きましたか?」

「はい。すいませんでした」

「いえ、気にしないでください」

 散々泣きわめいた僕を、優しく抱きしめてくれた彼女が微笑む。


「それにしても、本当に帰ってこないのでしょうか」

「多分、としか言えませんが」

「魔界に帰った理由が気になりますね。ご病気じゃないのなら一体何なんでしょうか。ペルシャ様は何か言っていませんでしたか?」

「いや、特に何も聞いてないですね。魔界に帰ると言ったのもセラルナだったし」

 帰った理由――セラルナの様子が関係しているのだろうか。

 具合が悪そうなのは確かだった、でも病気じゃないとしたら。


「もしかして、日本に来て魔力が足りなくなったとかじゃないですよね? 調査に送った魔族が何日も持たずに皆死んでしまった、って前に聞いたことがあるんだけど」

「確かにその話は私も聞きました、それは事実です。でも大魔王様に限ってそんな事になるとは思えません。バンシーの実もあることですし」

「そうですか。セラルナの様子を見た側近が、僕に聞いてきたんですよ。日本に来てどのくらい経ったかって、だから何か関係あるんじゃないかと思って」

「日付、ですか……」

 少し考えて、彼女が何かを思い出したような顔をする。

 その表情は複雑で、怯えや、戸惑い。そんな感情が感じられた。

「何か、知っているんですね?」

「え、ええ。思い出しました。でも、これは聞かないほうがいいかもしれません」

 彼女の表情、そしてその口調に、僕は並々ならぬものを感じた。

 僕にとって、知って良い話ではない。それだけははっきりと分かった。


 部屋の中、沈黙が重い空気を作り出す。

 お互いに何も言わず。何も聞かず。窓の外から聞こえる蝉の鳴き声だけが響いていた。

「良かったら、これからウチでご飯食べませんか?」

 僕の言葉が以外だったのか、彼女は少し驚いた顔をする。

 でも、すぐに笑って答えた。

「じゃあお言葉に甘えて、お邪魔しようかな」

 知らなくていい事だって、知られたくない事だってあるんだ。

 セラルナが何も言わなかったのはそう言う事。

 僕はそう思うことにした。



「おかえり。おお、リリス殿も一緒でござるか」

「ただいま。今日は皆でご飯を食べよう。奮発して極上の牛肉を買ってきた。今夜はすき焼きだ!」

「うわー。すき焼きすき焼き! 久しぶりだー!」

「すき焼きとは何でござるか?」

「うーん、牛鍋? 分かるかな?」

「おお! それは高級料理ではござらんか! 拙者も昔、一度だけ食べた事があるでござるよ!」

 楽しそうな笑い声、弾む会話。

 この雰囲気も、いつか消えてしまうんだろうか。

 そんな事を考えながら、僕は夕飯の支度に取り掛かった。


――いただきます。

「んーっ。このお肉美味しいね。口の中で溶けちゃうみたい」

「昔食べたのと全然違うでごさるよ! この卵とツユが肉に絡み合って。絶品でござるな!」

「本当に美味しいですね。名前は知っていましたけど、こんなに美味しい物だなんて」

 確かに旨い。奮発しただけの事はある。

「あ、お肉ばっかり食べちゃダメだよ。ミサキさんちゃんとお野菜も食べて」

「拙者よりリリス殿の方が食べてるでござるよ。それ以上乳がでかくなっては動きずらかろう。どれ、拙者が代わりに」

「あっ、ミサキさんいつもお肉ばっかり食べてるじゃないですか、蛇なんだから。人間の時は野菜食べてくださいよ」

 皆で取る、明るい食卓。

 この光景を、いつまでも眺めていたい。

 


「いやぁ食った食った。完全に食べ過ぎたでござるよ」

「私も~。もう動けない~」

「本当に美味しかったです。誘っていただいてありがとうございました」

 皆の顔を見て、僕は決心した。

 今こうして笑い合える関係を、僕はもう失いたくない。


「なぁ皆、ちょっと聞いてくれないか」

 永遠なんてない。でも永遠に続くように、出来るだけの事はしたい。


「なぁ皆、ちょっと聞いてくれないか」

 永遠なんてない。でも永遠に続くように、出来るだけの事はしたい。

「これは僕が勝手に思っている事だけど。リリスさん、ミサキさん、よかったらずっとこの家で暮らしてくれませんか?」

 驚くのも無理は無いか。突然こんな事を言われたら、誰だって驚く。

「ちょっと待たれよ。勇士殿、自分が何を言っているか分かってるでござるか? 拙者達は貴殿らと違う。見た目はこうでも、人ならざぬ者にござる」

「分かってます。突拍子もない話だとは思います。それでも、迷惑じゃなければ居て欲しい。もし嫌になったら出て行ってもらっても構いません」

「それは、私達を家族として迎えたい。と言う事でしょうか?」

「そういう事になります。簡単な話じゃないことは分かってる、それでも出来る限りの事はするつもりです。本当の家族じゃなくても、本当の家族の様に」

 そう、家族になって。皆で作っていけばいいんだ、新しい家族を。


「うむ、勇士殿の気持ちはわかった。拙者は行く場所も当てもない根無し草にござるからな。別に構わないというか、有難い話にもござるが」

「突然で驚きましたが、楓さんはどうかしら? 勇士さんはこう言っていますが、楓さんのお気持ちも聞かなくては」

「うーん。私はそれでもいいと思うよ、反対する理由はないし。でもセラルナさん達はどうするの?」

「その事なんだけど、セラルナ達は自分の世界があるし、忘れて欲しいんだよな。勝手な話なのは分かってるんだけど。もうその話はしないで欲しいんだ」

 忘れてしまったほうがいい。しょうがないんだ。


「なにそれ」

 不満気な表情で楓が言う。

「忘れてって言われても、そんなの出来るわけないじゃない。また戻ってくるって言ったもん。戻って来たらセラルナさん達も一緒に暮らせばいいじゃない。ずっとは無理でも、ウチをこっちの世界の家だと思ってさ。それでいいじゃん、ねぇミサキさん」

「あ、ああ。そうでござるよ。何もわざわざ忘れる事などないでござろう。また戻って来るであろう? なぁリリスさん」

「えっ? あ……」

「もう、来ないと思うよ。だから忘れちゃったほうがいいんだよ。覚えてると寂しくなるから」

 僕の言葉に、部屋に重い沈黙が流れる。

 何かお通夜みたいだ。誰かが死んでしまったみたいな、変な空気。


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