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魔王の唾液に満たされて 2

「ぷはー! 生き返ったぞ。礼を言う人間よ」

 目の前でスポーツドリンクを美味しそうに飲み干し、彼女は言った。

「これは旨い飲み物だな。何と言う飲み物なのだ?」

 アクエリエスを知らないのか? やはり外国の、いや、日本語話してるし。

「あくえりえす、と言うのか、不思議な飲み物だな。エーテルの様な効果は無いが、体力が回復するような気もする。ふむ――」

「ところで、君は一人でいたのかな? お父さんとかお母さんは一緒じゃないの?」

「父も母もとっくに死んでおる。側近と一緒に来たんだがはぐれてしまったようでな」

 そっきん? そっきんってなんだ? 人の名前か?


「ねぇお兄ちゃん。この子ちょっとおかしくない?」

 ふむ、気付いたか妹よ。流石に色々とおかしい。

 彼女の身体に巻いてるのはどう見てもサイズの合わない黒いドレス風の服。

 そして日本人離れした容姿、大人の様な話し方。

 どこをとってもまともなところは何一つない。


 その時、窓の外から物音がした。

「何だ? 今何か音しなかったか? ちょっと楓見てきてくれよ」

 楓がカーテンを開ける。

「あ、猫ちゃんがいる。かわいい白猫さんだよ」

 見ると真っ白な毛並みの猫が窓に爪を立てていた。

「猫だと! 余は猫が嫌いじゃ! はよう追い払え!」

「君は猫が嫌いなのか? こんなに可愛いじゃないか。ガラス越しだから飛び掛ってきたりしないよ。見てごらん」

 しぶしぶと窓のほうに向かってくる。服のせいか、よちよちと歩く姿はとても可愛らしい。

「なかなか綺麗な毛並みだな。しかしやはり――」

――せらるにゃ様。

「ん? 楓今なんか言ったか?」

「何も言ってないよ? お兄ちゃんじゃないの?」

 空耳だろうか。今なんか声が聞こえた気がしたんだが。

――せらるにゃ様、せらるにゃ様。


「ねぇ……。私疲れてるのかな? 何か今窓の外から声が聞こえたんだけど」

「あれ……。僕も疲れてるのかな? 何か猫が喋ったように聞こえたんだけど」

 僕はおもむろに窓を開ける。

 すると目の前の猫が突然彼女に向かって跳んだ。

「せらるにゃさ――ぐはぁっ!」

 突然飛び掛った白猫に、少女はその右拳を叩き込んだ。

 それはそれは見事な正拳突きである。 

「ふん。猫ごときが余に触ろうなどと百年早いわ」


「おいおい。動物いじめたらダメだろ」

 庭の隅でぴくぴくしている猫を抱きかかえる。

 いくら嫌いだからといって突然殴るだなんて、子供は時として残酷なものだ。 

「ありがとうございます……」

――猫がしゃべった!?

 その衝撃は僕にとって余りにも大きく、驚いた僕は猫を放り投げてしまった。

 そして、綺麗に放物線を描いて飛んでいく猫の先には彼女の姿。

 本日二度目の正拳突きが決まった。


「酷いですよ。 突然にゃぐりかかるにゃんて……」

「いやぁ、すまんすまん。つい手が出てしまったのだ。許せ」

 リビングの中、謎の少女と喋る猫。

 僕達の思考は完全に停止していた。

 何がどうなっているのか、全く理解できない。


「あの~。ちょっと状況を説明してくれませんかね?」

「おお、これは申し訳ございません。突然現れて、さぞ困惑されていることでしょう」

 日常ではあまり耳にすることのないような、丁寧な口調で白猫が語り始めた。

「私どもはこの世界の住人ではございません。異世界からきた者です」

「異世界? 異世界ってあのアニメとか漫画とかに出てくる異世界?」

「その通りです。にわかには信じられぬ事と思いますが、真実でございます」


 そんな事突然言われて、はいそうですか、と信じられる人がこの世にどれだけいるというのだ。

 しかし目の前の猫が言葉を話していることは、もうそれだけで僕の理解を超えている。

「異世界って言われてもいまいち良く分からないんだけど、じゃあそっちの世界では猫が喋るのは当たり前なのか?」

「いえ、私共の世界でも猫は基本的にはにゃしません」

 あっ噛んだ。今噛んだ絶対。

「次元を越える過程で、にゃぜかこの姿ににゃってしまったんです」

 あっ噛んだ。二回も噛んだ。

「じゃあ元は人間だったって事でいいのか?」

 僕の質問に、またしてもとんでもない答えが返ってきた。


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