別れ、家族、そして旅立ち 3
「申し訳ありませんでした。どうかこの薄汚い変態を殺して下さい」
地面に頭を擦りつける、誠心誠意の謝罪。つまり土下座である。
魔が差した、では済まされない。時代が時代なら切腹ものだ。
「頭を上げてください。大丈夫ですから。仕方がない事なんですよ。そこにあったのが悪いんです。勇士さんは悪くありませんよ」
「いや、そこにあったからと言って手を伸ばすなんて。これはもう死んでお詫びするしか」
「ふふ。勇士さん、私がサキュバスだって事お忘れですか? 目の前にサキュバスの下着があって手を伸ばさない男性はこの世に居ませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。特にショーツの方は、その、色々と匂いが付きますので……」
「ああ、だからあんなに強烈な匂いがしたんですね」
「えっ、そんなに臭いましたか……?」
「そりゃあもう――って違いますよ! いい意味で! いい意味です! とてもいい匂いでした! ありがとうございます!」
軽くパニックを起こした僕の発言は、完全に変質者のそれだった。
「それにしても、よく私のショーツを嗅いで平気でいられますね。あんなに香りを吸い込んでしまっては正気を保てないはずなんですが」
あんなに、と彼女は言った。
そうです、僕はまるで大自然の中、深呼吸をするように匂いを嗅ぎました。もう殺して下さい。
「もしかして大魔王様と何かしましたか? 今日は一段と勇士さんから魔力を感じるのですが」
今朝の事だろう。やっはり同じ魔族にはわかってしまうのだろうか。
僕は今日の事、セラルナ達が魔界に帰った事を話した。
「そうなんですか。ご病気か何かなんでしょうか?」
「いや、多分違うと思う。帰れば治るって言ってたから、病気とかではないと思いますけど」
「それなら安心です。だけど少し寂しいですね、早くお戻りになられるといいですが」
「多分、もう来ないんじゃないかな。言わなかったけど、何となく分かるんだ」
「そんなことないですよ、ちゃんと帰って来ますって。それに、帰ってこなかったら私も困っちゃいます。一人じゃ魔界に帰れませんからね」
「あ、そうですね。まさかリリスさんを置いて帰っていったりはしませんよね。流石に大魔王でもそこまで非道い奴じゃないと思うし」
リリスさんがいる。それはまた戻って来る事を意味しているんじゃないか。
僕は少し心配しすぎたのかもしれない。
「まぁ、私は帰りませんけどね」
そう言って笑った彼女の顔に、少しドキッとした。
「ねぇ勇士さん。少しだけ、そっちに行ってもいいでしょうか?」
「別にいいけど、もしかしたらまた襲っちゃうかもしれませんよ」
「ふふ。それでも別に構わないです。でも今日の勇士さんは私のチャームで正気を失ったりはしませんよ」
隣に座った彼女の身体は、やはりとてもいい匂いがする。
セラルナとは違う、少し妖艶で、淫靡な香り。サキュバス特有の体臭なんだろうか。
一つ屋根の下で男女が寄りそう。傍らにはたたまれた布団。
――今すぐあの布団に飛び込んだらどんなに楽だろうか。
「お布団……敷きますか?」
心を読まれた!? サキュバスにはそんな力もあるのか!?
僕の返事を待つことなく、彼女は布団を広げた。
質素な六畳一間にひかれた小さな布団。とても官能的な光景だった。
「なっ、何で布団を敷いたんでしか?」
噛んだ。僕はこの展開に完全に動揺している。
「だって勇士さんが布団に飛び込みたいって」
言ってた!? 心の声だと思っていたのに!?
「じゃ、じゃあ少しだけ横になろうかなー。今日は何か疲れちゃったからなー」
「はい。気になさらずにお入りください」
彼女の布団は、やはり彼女自身の匂いが染み込んでいる。
正直この布団で寝ろと言うのは無理な話かもしれない。
真新しいカーテンを閉め、薄暗くなった部屋。
彼女はテレビを消すと、上着を脱いだ。
妹も良く着ているが、それとは全く違う。
胸の大きさを強調するような優しいフォルム。
キャミソールってあんなにエロかったのか。
横目で彼女を見ていた僕は、次の瞬間思わず声を上げた。
「なっ! 何で脱いでるんですか!」
「あ、私も少し横になろうと思いまして。いつもお布団に入るときは下着なんですよ」
キャミソールとパンツ。そのツートップが現れてしまうと、僕の心はもうノックアウト寸前だ。
「じゃあ一緒にお昼寝しましょう」
シングルサイズの布団が、二人の距離をグッと縮める。
ここ毎晩セラルナと寝ていたからといっても、流石にリリスさんとは緊張する。
顔は赤くなってないだろうか。鼻息は荒くなっていないだろうか。
目の前にはリリスさんの顔、少し下には大きな膨らみ。そしてその下には生足。
この布団の中にはパンツ一枚の生足が隠れている。
そう考えるとますますどうしていいか分からなくなった。
「そういえば、どうやって分かったんですか? 私がさらわれた時」
ああ、あの日はたまたま楓と買い物に行ってたんだ。
それで車に乗り込むリリスさんを見た。別に無理矢理乗せられてたわけじゃなさそうだったし、最初は知り合いなのかなって思ったんだけど。
何となく嫌な予感がして後を追ったんだよな。
「そうなんですか。あの時は本当に嬉しかったです」
「結局僕が行って余計ややこしくしちゃったけどね。そう言えばニュースでやってたな、男性四人の死体発見って。車の中に薬物が入ってたから、原因は薬物って事になってましたよ」
「やっぱり、軽蔑しましたか? 私は魔族ですから、何の躊躇いもなく人を殺せるのです」
「正直見たときは驚きました。でもそれは文化の違いだと思うし、この世界でも牛や豚を殺してはいけない国だってある。でも僕達の国では平気で殺すんだよ。文化が違えば、価値観なんてそれぞれです。そんな事で軽蔑したり、嫌いになるなら最初から僕達は仲良くなってませんよ」
「やっぱり勇士さんは優しいです」
そう言って、彼女は僕の胸に額をつけた。




