別れ、家族、そして旅立ち 2
「では、そろそろ行くぞ」
静寂をかき消したのは彼女の方だった。
「ああ、玄関まで行くよ」
彼女はそっと手を差し出し、僕はその手をそっと握る。
離れないようにお互いの指を絡めて、僕達は部屋を出た。
「勇士様、楓様、お世話ににゃりました。今まで色々とありがとうございました。ミサキさんもどうかお元気で」
玄関の前、僕達は最後の挨拶を交わす。
「寂しくなるでござるな。また来るのであろう?」
「そうですね。落ちついたらまた来ますよ」
セラルナの俯いた顔が、側近の言葉を否定しているように見えた。
「セラルナさん。具合良くなったらまた一緒に遊ぼうね。待ってるから、いつでも帰ってきていいんだよ」
「そうだな。新しいゲームを増やしておいてくれ。あれはもう飽きたからな」
彼女の笑顔に目頭が熱くなる。涙が零れそうになるのを必死に堪えた。
「では、せらるにゃ様そろそろ」
「あ、ああ」
開いていくドアの外は、まるで異世界の様に感じた。
――どんなに望んでも、決して届かない場所。
「じゃあ――な」
彼女の最後の言葉は、僕に背中を向けて。
僕の最後の言葉は、彼女の背中に向けて。
「ああ。じゃあ――な」
そして、ドアが閉まった。
「はぁ、やっとうるさい奴らがいなくなったか。これで少しは落ち着いて暮らせるってもんだ。朝からバタバタしてたから少し部屋で寝るよ、飯は適当に食ってくれ」
「ちょっと! 待ってよ! 何なのその言い方! お兄ちゃん!」
「楓殿。いいでごさる。ああは言っても、背中が泣いているでござるよ――」
少し休もうとベッドに入っていたが、結局寝付けぬまま昼になっていた。
ベッドに染み付いた彼女の香り。いつもなら優しく眠らせてくれるのに。
部屋を出てリビングにいくと、ミサキさんがテレビを見ている。
「あれ、楓はでかけましたか?」
「部屋にいるでござるよ」
「そうですか。お昼食べます? 何か作りますけど」
「心配御無用。先程外で済まして来たでござるよ」
一体何を食べて来たのだろう。あえて聞かないでおくけど。
少し出かけてこようかな。何となく気分転換に行きたい。
「僕ちょっと出かけてきます。留守番お願い出来ますか?」
「分かり申した。楓殿には後で言っておくから、ゆっくりしてくるといいでござるよ」
そう言って微笑むミサキさんに、何となく、僕の気持ちを見透かされているような気がした。
「じゃあお願いします」
玄関に向かい、ドアを開ける。
なんらいつもと変わらない、外の景色に足を踏み出した。
いつもの道とは逆方向に。何となく、あの公園の前は通りたくない。
僕の心と同じ、曇った空。心にぽっかり穴が空いたみたいだ。
「勇士さん?」
コンビニの前で、偶然にもリリスさんに声を掛けられた。
手にもった袋の中には、弁当とビール。
何だこの独身サラリーマンみたいな寂しさ。ギャップありすぎるだろ。
「あっ、嫌だ、恥ずかしいです。勇士さんはお出かけですか?」
「お出かけって訳じゃないんだけど、ちょっとブラブラしてるだけですよ。リリスさんはお仕事帰り、ですか?」
「はい。あ、もしよかったらウチに来ませんか? 近くなんですよ、何も無いですけど」
女性の一人暮らし。言わばもう聖地じゃないか。
断る理由はない。いや、あってはならない。
高鳴る期待に胸を膨らませて、僕は二つ返事でOKした。
「ここ――ですか?」
「はい、少し古いですけど」
少し何てもんじゃない、廃墟だ。
まさか近所にこんな場所があったとは。文化遺産に登録済みなのか?
ってか『サミシ荘』って何だよ。狙ってつけたとしか考えられないぞ。
「狭いですが、入って下さい」
「それじゃあおじゃまします」
「適当に座ってて下さいね。今飲み物を用意しますから」
部屋の中は女性らしいのだろう、そう考えてた時期が僕にもありました。
しかし、部屋の中には最低限必要と思われる物以外は何もなかった。
こんな所に一人で住んでいたのか、随分寂しい生活を送ってたんだな。
とりあえず適当に座ると、隣にあったランドリーバッグに目がいった。
コインランドリーにでも行ってるのかな。洗濯機はなさそうだし――。
パンツだ。この一番上にあるのは、間違いなくリリスさんのパンツ。
おい、何を考えてるんだ僕は。完全に変態だ。嗅ぎたいとかありえないだろ。
クロッチ? ナンダソレ? 何でそんな事を思ったんだ今。
これ絶対使用済みだよな。リリスさんの匂いが染み込んだ……。
あれ? 何で手が伸びてるんだ?
あれ? 僕はゲーセンのUFOキャッチャーか何かなのか? 誰か百円入れた?
掴むな! 掴むな! あぁ。落とせ! 落とせ! 落とせ!
「ゆ、勇士さん……?」
――ああ、フレグランス。
人間としての矜持を捨て去るような背徳の香りは、とても甘美だった。




