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口から出すか、鼻から出すか 2

 時刻はもう十一時。少し早いが、昼食の準備をしよう。

 まだ余りお腹は空いていないけど、セラルナの分を作って少し寝ようかな。

「セラルナ、何か食べたいものあるか?」

「うーん。今日は余り腹が減らんのだ。余の昼食は作らんでもよいぞ、少しベッドで横になるとする」

 珍しいな。まぁ楽でいいんだけど。

「具合でも悪いのか?」

「いや、そうではない。少し疲れただけだ」


 確かに。

 僕も少し疲れている。家に帰ってきた安心感のようなものが余計にそう感じさせるのだろう。

 昼食を作らなくてもよくなったことだし、僕も少しゴロゴロしようかな。

「何をしておるのだ。早く部屋に行くぞ」

 御指名らしい。まぁ僕も休もうとしていたから丁度いいか。


 部屋に入り、ベッドに横になる。僕の顔はいつも彼女の胸の位置だ。

 あれ? 普通逆じゃないか? とか最初は思ったけど、彼女がこうだって言うのならそれでもいいかなって思う。

「今日は乳が無くて寂しいか?」

「なっ、何だよいきなり」

 昨夜は大きくなったセラルナ。そうだな、大人セラルナにでもしようか。

 大人セラルアになっていたから、あの豊満なバストに挟まれて寝た。

 まるで極上のウォーターベッドに寝てるかの様な感触。

 健全な男子なら目が冴えて眠れなくなりそうな状況だが、全ての欲望を包み込んでしまうような彼女の香りに、いつの間にか僕は寝てしまう。

「どっちでもいい、と言えば失礼な感じだけど。僕はどっちも好きだよ。こうしていると、とても気持ちいいんだ」

 その香りは本当に大魔王なのか、と思う程穏やかで優しい。


「今日はちと暑いな」

 なんでも今日は真夏日らしい。

 窓を開けてはいるがあまり風も入らず、部屋の中は少し寝苦しい暑さだ。

 こういう時はクーラーにかぎる。まったく便利なものだ、スイッチ一つで――。

「って何で脱いでるんだよ!」

「暑いからに決まっておろう。ほら早くしろ、眠れぬだろう」

 流石にこれはドキドキする。胸がないとはいえ、生乳に顔が触れたら正直きついぞ。

「くーらーはつけんでもいいぞ。これくらいで丁度いい。もっと顔を寄せんか、何を恥ずかしがっておる」

 あっ、当たってます、思いっきり当たってますよ。

「そんなに目を閉じて、余の身体は見るに耐えぬとでも言いたいのか?」

 目を開けると、そこには綺麗な薄桜色の蕾がありました。

 それはそれは、大層美しく、おじいさんとおばあさんは山へ芝刈りに末永く――。

 動揺しすぎてもう何が何だか分からなくなってきた。童話チックになってるし。


「だっ、だけどセラルナは本当にいい匂いがするよな」

「そうか。そんなことを言われたのは初めてだ」

「そうなのか? 側近とかにも言われないのか?」

「お前も知っておろう。余の傍には誰も近寄ることが出来ぬのだ。それは側近とて同じことよ。バンシーの実で身体は大きくなっても、全てが元に戻っているわけじゃないからな。ちきうじゃ近づけても魔界じゃそうもいかん。誰も近づけぬ、そして誰も近づかぬ」


 近寄り難い存在。

 言葉にすれば余りにも陳腐になってしまう。

 彼女の場合はそんな次元じゃない。彼女に近づく、それは死を意味する。

『誰も近づけぬ、誰も近づかぬ』

 そう言った彼女の顔は、どこか寂しげに感じた。


 彼女が優しく僕の髪を撫でる。聖母にでも抱かれている気分だ。

 少し動いた彼女の身体は、僕の鼻孔にソレを触れさせた。

 これは、非常にまずい。色々とまずい。

 息を吸ったらそのまま吸い込んでしまいそうな位置にソレはある。

 必死に息を止める。しかしいつまでも止めていられるわけがない。

 どうする。口から吐くか。いや、それじゃあ彼女の胸にダイレクトに衝撃が伝わるだろう。

 そうだ、ゆっくり鼻から出せばいい。

 息を感じさせぬように、そっとだ、そっと――。


 っ――。

 ピクン、と身体が動き、彼女の吐息が漏れる。

 ああ、もうだめだ。僕はこのまま窒息死するんだ。色々と苦しい。

 彼女が僕の頭に手を回した瞬間、もう息を止めていることは出来なかった。

 口から目一杯息を吐き出し、身体の求めるままに大きく鼻孔を広げる。

 僕の呼吸に合わせるように、彼女の抱きしめる手に力が入った。

 

 彼女の声が部屋に響き渡ると同時に、玄関のドアがしまる音がした。

 ヤバイ、帰ってきた。楓だ、間違いない。

 エマージェンシー、エマージェンシー。

 階段を駆け上がる足音が聞こえる。こっちに来るのか。

 このシチュエーションを見られたら色々と危険だ。危険が危ないだ。

 どうする。どうすればいい。頭の中が真っ白で動けない。


 ドアノブが動く金属音と共に、僕の視界は暗くなった。

「あれ、お兄ちゃん寝てる?」

「うむ、ぐっすり寝ておる。疲れておるのだろう」

「そっか、じゃあ起こしちゃ悪いね」

 ドアを閉める音が聞こえる。

 間一髪、彼女がかぶせた布団のおかげで僕は難を逃れた。

「ふふん。気を揉んだであろう?」

「もう半分死んでたよ。こんなの妹に見られたら一生口聞いてもらえなくなるとこだった」

「兄がロリコンでは無理も無い」

「おい、誤解を生むような発言をするな。しかもそんな言葉どこで覚えたんだ」

――ふふん。と彼女は笑いながら肌着をつける。

「さぁ、今度はゆっくり休むとするか」

 そう言って、また優しく僕を抱く。

 少しの安心と心残りを抱いて、僕は彼女の匂いに身を任せた。




「今日は鍋か! いい香りがするな! グジャガラとは違い、この鍋はいい香りがする」

 冷蔵庫の余り物で作ったキムチ鍋に顔を寄せて匂いを嗅いでいる。

 ってかまたグジャガラかよ。一体それはどういう料理なんだ。気になってしょうがない。

「あれ、ミサキさんの姿が見えないんだけど。何処に行ったのかな?」

「彼女にゃら多分庭にいると思いますよ」

 そういえば食事はその辺で済ますとか言ってたっけ。でもどうせなら一緒に食べたほうが美味しいよな。


 窓を開け、彼女の名を呼ぶと草の影からニュっと顔を出した。

「拙者も一緒に? 拙者は別に食事はこの姿で摂れるから、そう気にしなくてもよいでござるよ」

「うん。でもせっかくだから一緒に食べよう。鍋は皆で食べたほうが美味しいからさ」

「ありがたき幸せ。勇士殿はお優しいでござるな。では馳走になるでござるよ」

 部屋に入った彼女の身体が光に包まれる。

 やっぱりミサキさんは綺麗だな。艶やかな黒髪、引き締まった身体、そして形のいいおっぱ――。


「みっ、ミサキさん! 服! 服!」

「ああ、かたじけない。拙者は化けると裸になるでござる。まあ蛇が着物を着るわけにもいかぬでござろう。はっはっは」

 笑い事じゃないんですか。はぁ、心臓がいくらあっても足りないな。

「おお、これがいわゆるラッキースケベと言うものですね」

「だからお前達はどこでそんな言葉を覚えてくるんだ!」

 

 食卓について、いつもの様に大きな口を開けキムチ鍋を頬張るセラルナ。

 予想通り、といっちゃなんだが、見る見るうちに顔色が変わっていく。

「なっ、何だこれは! 舌が燃えそうだ! 水だ! 水を寄こせ!」

 真っ赤な顔で舌を出しながらセラルナが騒いでいる。

 それもそのはず。神崎家のキムチ鍋は超辛口なのだ。

 楓が大の辛党で、言われるがままどんどん辛くしていった結果がこれである。


「確かに辛いがとても旨いでござる。汗を流しながら食べる鍋はまた格別でござるな」

 ミサキさんは気に入ったようだ。額から流れる汗もまた一段と美しい。

「やっぱり子供は辛いのが食べれないのかな?」

 大人セラルナを見てからはさん付けして呼ぶようになった楓だが、大魔王を子供呼ばわりとは。やはりラスボスは楓だろうか。

「むむ。余は子供ではない! 造作も無いわ!」

 楓の言葉に、ムキになって口に詰め込む。半分涙目の大魔王、すごく可愛いじゃないか。


「ふう、まだ舌がぴりぴりしておる。しかし慣れてしまうと中々旨いものだな」

「そうでござるな。いやはや、こんな旨い物が食べれるとは。まだまだ世も捨てたものじゃないでござるな」

 いつもより多い食器を洗いながら、彼女達の話に耳を傾ける。

 僕と楓の二人だけだった我が家に、皆の笑い声が響いている。

 この生活は、いつか終わる、夢の様なもの。永遠に続くわけでは無いんだろう。

 分かってはいたが、それでも僕は永遠を願っていた。

 



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