口から出すか、鼻から出すか
八月九日。小旅行二日目の朝は、側近のこんな言葉で始まった。
「おはようございます、昨日はお楽しみでしたね」
「一体そういう言葉を何処で覚えてくるのか僕は聞きたいよ」
起きているのはまだ側近だけのようだ。昨日は沢山遊んだから疲れたんだろう。
顔を洗いに洗面所に向かう途中、ミサキさんの姿がないことに気付いた。
「あれ? ミサキさんは?」
「ああ、彼女でしたら勇士さんが起きる十分くらい前に戻りましたよ。起こすのも悪いから、起きたらお礼を言って下さいと頼まれました」
少しのすれ違い。お別れが出来なかったのは少し残念だ。
しばらくして全員が起き、軽い朝食を済ませて帰る準備を始める。
終わってみるとあっと言う間。
楽しい時間は早く感じるものだ。
管理人が来るのをしばらく待っていると、楓が僕の隣に来て言った。
「楽しかったよ。ありがとう、お兄ちゃん」
楓の言葉に、来て良かったと心から思う。
昔家族で来たときの様に、少しでも妹の思い出の一つになってくれれば。
「また、来ような」
僕はそう言って、楓の頭を軽く撫でた。
久しぶりに手を繋く、管理人が来るのを待ちながら。
電車の中、窓の外で遠ざかる海を眺めながら余韻に浸る。
「中々楽しかったな、またいつか海に行きたいものだ」
「そうですね。地球に来て一番の思い出になりました」
いつか、また、思い出。
いつか、彼女は魔界に帰ってしまうんだ。
彼女が帰ってしまって、また、会える時は来るんだろうか。
そのまま思い出になってしまうのだろうか。
そんなことを考えて、少し切なくなった。
「だけどあのでっかい蛇にはびっくりしたよ。お兄ちゃん固まってたもんね。『蛇に睨まれた蛙』ってあんなことを言うんだ、って思っちゃった」
「流石にあんなのを見て平然としてられるのは大魔王様位だろうよ」
「それでも勇士殿は男前であったでござるよ。セラルナ殿を守ろうとする様は立派な侍の姿にござる」
「いやあ、そんなこと――」
リリスさんのバッグに一同の視線が集まる。隙間からちょこんと顔を出す蛇かそこにいた。
「ござるではないか。お前どうしてここにいるんだ」
「何となくでござるよ。村が無ければあそこに拙者のいる意味も無いというもの。それなら貴殿らと居たほうが楽しそうでござる。しばらく世話になるでござるよ、勇士殿」
「あ、はい。よろしくお願いします……」
こうして、一泊二日の小旅行は幕を下ろした。新しいメンバーを加えて。
「じゃあ私はここで、本当に楽しかったです、ありがとうございました」
リリスさんと途中で別れ、僕達は家に着いた。
たった一日留守にしただけなのに、とても懐かしく感じるのは何故だろう。
荷物の片づけをして、ソファーに寝転ぶ。やっぱり家は落ち着く。
「お兄ちゃん、私ちょっと友達と出かけてくるから。お昼は外で食べるね」
流石に若者は元気だな。僕にもこういう時代はありました、友達はあまりいなかったけど。
「勇士様、私も少し散歩してこようと思います」
「お、拙者も同伴して宜しいか? 今の日本を少し見物しとうござるよ」
「はい、では一緒に参りましょうか。よろしければおつかまり下さい」
「かたじけない。では遠慮なく」
猫の首元に蛇が巻きつくという、何とも不思議な形態に変化した二匹。
その光景にクスリと笑いながら、彼らを見送った。




