蛇でござる 4
コテージに戻り、夕食の支度をする。今日はバーベキューだ。
「何かお手伝いすることはありますか?」
声をかけてきたのはリリスさん。二人と一匹はアニメに夢中。
何て優しいんだ。まるで天使のようじゃないか。
サキュバスだけど。
「ありがとうございます。じゃあ野菜を切ってもらえますか?」
「はい。お任せください」
笑った顔にドキッとする。この清楚な顔、柔らかい物腰、何処から見ても可愛いんだよなぁ。
サキュバスだけど。
「あの日は本当にすいませんでした。私あんな酷い事したのにこうやって誘ってもらって」
彼女の言葉に、思い出すのはあの感触。柔らかかったなぁ――。
「勇士さん、やっぱり怒ってるんですか?」
「あ、いや。あの日のおっぱ――じゃなくて! あの日の事はもう気にしないで下さい。別に気にしてませんし、お礼を言いたいくらいですよ」
しっかりしろ、一体僕は何を言っているんだ。
「うふふ。勇士さんは優しいんですね」
「ちょっと聞きづらい事なんですけど。もし僕があのまま胸を吸ってたらどうなっていたんです?」
「そうですね、あのまま吸っていたら勇士さんは私の言う事を何でも聞く奴隷の様になっていたでしょうか」
怖いことをさらっと言いました。やっぱり魔族です。
よし、一通りの準備が終わった。やっぱ二人でやったほうが早い。
あいつらまだアニメ見てるし。
妹よ、少しは手伝おうという心はないのか。人間は僕とお前だけなんだぞ。
「リリスさん、悪いんだけどあいつら呼んできてもらえないかな」
「わかりました」
はぁ、リリスさんが魔族じゃなかったら。素直で可愛くて、理想の女性なんだけどなぁ。
ふと前を見ると、向こうの方に人影が見える。
コテージの管理の人かな? こっちに向かってくるみたいだけど。
距離が近づいてくると、それが女性であることに気付く。
管理人にしてはラフな格好。腰まである艶やかな黒髪、スラリと伸びた手足。
目の前の女性はまさにアジアン・ビューティーといった感じだった。
「あの、何か用ですか?」
目の前で立ち止まった彼女に尋ねる。
「よかったらこれ、食べてくれぬか?」
そう言って彼女が差し出した魚籠の中には沢山の魚貝が入っていた。
「昼も食べてないから腹の虫が鳴いておるぞ。お? 誰だそいつ?」
コテージから出てきたセラルナ達が彼女に気付く。誰だ、と言われても僕にも分からない。
「いや、何か魚を貰ったんだけど」
「おお、それはいい。早速それも――」
突然セラルナの表情が変わり、テーブルの上の包丁を握った。
「貴様、人ではないな?」
場の空気が張り詰める中、彼女が両手を広げる。
「待ってくれ。先程おうたではござらんか。拙者でござるよ」
僕達は驚いた。目の前の女性は、さっき僕達が洞窟で会った小さな蛇だった。
「先程の礼をせねばと思ってな、拙者の名はミサキだ」
「あ、勇士です。初めまして」
初めましてなのかどうか良く分からないな。
彼女の差し出した手を握りながら、そんなことを考えていた。
「拙者もいいのか? 迷惑ではござらんか?」
「いえいえ、大勢の方が楽しいですから。良かったら一緒に食べていって下さい」
「かたじけない。それではお言葉に甘え、馳走になるでござる」
「うまいうまい。ござるの持ってきた魚も中々の美味であるぞ」
いつの間にか彼女の名前がござるになっていた。
「喜んでもらえて何よりでござる。しかし、こうして人と食事を取るのも本当に久しぶりだ、楽しいものでござるな」
やはり守り神と言えど、ずっと祠に閉じ込められていたら寂しいものなんだろうか。
楽しそうに笑うミサキさんの顔を見ていると、何だか嬉しくなるような気がした。
「ところで勇士殿。あの童女、先程大魔王などど申しておったが誠でござるか?」
「多分本当、かな」
「そうでござるか。拙者の想像しておった姿と似ても似つかぬのでな、異国の魔王でござるか?」
信じるかどうか分からなかったが、異世界から来たと言う事や、本当の姿ではない事など。セラルナ達の事を簡単に説明する。
「そうでござるか。にわかには信じがたい話だが、勇士殿が言うのなら誠の話でござろうな。しかし、仮の姿であの強さ。実力は相当なものでござろうな」
「やっぱりそういうのが分かるもんなんですか?」
「分かる、と言うより感じる、と言ったほうが正しいでござる。拙者もそれなりの力はあると自負してるが、何というか、勝てる気がしないでござる」
「そうなんですか。じゃあやっぱりすごいのかなあいつ」
「異質な存在、それが拙者の正直な感想でござる。勇士殿と仲良くしている所を見ていると普通の童女でござるが、あの洞窟で見せた邪悪な雰囲気。拙者は生まれて初めて恐怖というものを感じたでござるよ」
確かに、正直僕もさっきのセラルナに恐怖心を抱いた。
最凶最悪の大魔王。
セラルナがそう呼ばれる本当の理由を僕が知るのは、まだ先の話だった。




