蛇でござる 3
しばらく進むと、突然広い場所にでた。
小さい劇場くらいの広さはあるだろうか。天井は高く、ぽっかり空いた穴の様だ。
「何かいるな。人ではない」
彼女が足を止める。人じゃない? まさかこんな所に魔族がいるのか?
「ケケッ。久しぶりのご馳走じゃねぇか。それも二人も。ケケッ」
暗闇の奥から現れたのは大きな蛇だった。
体長は十メートルくらいだろうか。初めて見る大きさに、僕は完全に足がすくんでいた。
「おっ、おいセラルナ。あいつは魔族じゃないのか?」
「違うな。魔族というより、魔物と言ったほうがいいのかもしれん。ゴミみたいなものだ」
大蛇を目の前に、ゴミと吐き捨てる彼女が頼もしく感じる。
喋る猫でもう慣れたつもりだったが、流石にこんなでかい蛇が喋っている状況に平然とはしていられない。
「ケケッ。今俺様の事をゴミと言ったのか? ガキは面白いな。うまそうだからお前から食ってやるぞ」
食われる。こいつは僕達を餌だと認識している。
僕はセラルナの前に立ち、持っている松明を構えた。
くそ、身体が震える。こんな棒でどうにかなるとは思えないけど、せめてセラルナだけは守らなきゃいけない。
「ふん。プルプル震えてカッコつけおって、いいから余にまかせておけ」
彼女はそういうと、僕の持っていた松明を二つに割った。
いや、切った、と言ったほうが正しいのかもしれない。
半分の短さになった松明。彼女はその半分を持つと、一瞬で大蛇の目の前に移動した。
「お前、余の名を知ってるか?」
「はぁ? そんなもん知るわけ――」
彼女が突然大蛇の目に棒を突き刺す。洞窟に叫び声が響き渡る。
痛みに暴れまわる大蛇のもう片方の目にも、ためらい無く棒を突き刺した。
――最凶最悪の大魔王。
側近の言葉が脳裏に浮かぶ。
目の前の彼女は笑っていた。噴水の様に噴き出す返り血を全身に浴びて。
「第七十七代大魔王。セラルナ・ストナ・ナミナーナが余の名だ。覚えておけ」
脳天に深々と刺さった棒に、完全に動きが止まった大蛇に向かって彼女が言った。
まるで息絶えた者にすら恐怖を植えつけるように。
「せらるにゃ様!」
側近と楓、そしてリリスさんが向こうから走ってくる。
「おお、お前達どうしたんだ?」
「それはこちらのセリフですよ。お二人が行方不明ににゃったので探しに来たんです。この蛇はどうにゃされたのですか?」
「ああ、ちょっと遊んでやっただけだ」
「お兄ちゃん大丈夫?」
心配そうな顔で楓が見つめる。
「あ、ああ。大丈夫、何とも無いよ」
「しかしこれは大きにゃ蛇ですね。昔からここに棲んでいたのでしょうか」
改めて見るとやはり大きい。こんな大蛇をいとも簡単に倒すなんて。
「何かありますね。祠かな? 何かを封印しているみたいだけど」
リリスさんの目の前、小さな祠の様なものが見える。相当年季が入っているその祠には、無数の御札が貼られている。
「なんだこれ、汚いな。中にお宝とか入ってないか?」
「おいおい、むやみにいじるとバチが当たるぞ」
僕の言葉に、楓以外の全員がキョトンとした顔をしている。
「バチって何だ?」
そうだった、こいつらは魔族だったんだ。
「神様の天罰みたいなものだよ」
――ほう。と言ってセラルナが祠の扉を開けた。
あ、やっぱり開けちゃうのね。分かってた、分かっていたけど。
その時、突然辺りが目も開けられないほどの光に包まれた。
あ、バチだってこれ。絶対何か起こる、間違いない。
光の中に現れたのは、小さな蛇だった。
「ふう、久方ぶりに出られたでござる。ありがたき幸せ」
もう喋っても驚かないけどさ、小さすぎだろ。
いや、そこまで小さくはない気もするけど。でもあの大蛇の後だから余計にインパクトが欠ける。
「何だお前。ずっとこの中にいたのか?」
「拙者は此処の守り神でござる。訳あって封印されたでござるがな」
その話を聞くと、セラルナはニヤリと笑い――
「神を語るか、面白い。それでは余が貴様を送ってやろう、天界にな」
「おいおいおい! どうしてそうなるんだよ!」
小さな蛇は身体を丸めて震えている。
蛇が怯えてるの初めて見たんですけど、色々と残念な神様だな。口調も変だし。
「せっ、拙者は美味しくないぞ!」
いや、流石に食べないと思うけど。
「拙者は昔から此処に住んでいたでござるが、先ほど貴殿らが成敗した蛇。それが村人を騙して拙者を封印したのでござるよ。拙者が封じられてる間にそいつは村人を次々と喰い殺して……。本当に無念だったでござる」
「貴殿らの御陰でござる。無念を晴らしてくれてありがたき幸せでござる」
「ふふん。良い事をするのは気持ちいいな。余に感謝するがいい」
ちょっと待て、さっき思いっきり殺そうとしてただろ。
「しかし、ここに人が来たのも本当に久しぶりでござる。今竜神村はどうなってるのか、それが気がかりでござった」
「竜神村? そんな村聞いたこと無いな。そもそもこの辺りに村なんてなかったような」
「そっ、それは本当でござるか!?」
首を目一杯伸ばして驚く蛇に、僕は今の時代の事など軽く説明した。
「そ、そうでござったか……。そんなに月日が経っていたでござるか……」
首をダラリと垂らして落ち込んでいる。まぁ自分が祭られていた村がもう随分前に無くなってたら誰だって落ち込むよな。
「そろそろ帰ろう。余はもう空腹だ」
この空気でその言葉を吐けるお前は紛れもない大魔王だ。
「ま、まあそんなに落ち込まないで。せっかく自由になれたんだから、これからきっといいことあると思うし」
「そうでござるな、落ち込んでいても仕方ない。心遣い感謝する」
「じゃあ僕達は帰ります。元気で頑張って下さい」
何とも言えない雰囲気の中、逃げるように僕らは洞窟を後にした。




