蛇でござる 2
太陽の日差しを受けてキラキラと光る水面を眺めながら、僕と側近はエアーマットに揺られていた。
「いい天気ですね。こんにゃ優雅にゃ一時を過ごすのは久しぶりかもしれません」
「側近はやっぱり魔界では忙しいのか?」
僕の言葉に、ええ、とため息をついた様な顔をする。
「忙しい、にゃんてもんじゃありません。激務ですよ。せらるにゃ様は魔王の仕事をあまりにゃさらにゃいのです。山積みの書類の片付けだけで一苦労ですよ」
「そうなんだ。まぁデスクワークって柄じゃないよな、あの魔王様」
浮き輪をつけ、ボールではしゃいでる彼女。魔王の雰囲気はどこにもない。
「ええ、先代はしっかりしていた人だったんですけどね。あの方こそ魔王、という感じでした」
「そういえば、何でセラルナは大魔王なんだ? 先代は魔王なんだろ?」
「先代どころか、歴代の魔王、その誰でさえも大魔王と呼ばれた人はいませんでしたよ。せらるにゃ様は特別にゃのです。初の女性魔王、そして最凶最悪の大魔王。あの愛らしいお姿からは想像もつきませんけどね」
確かに。あの姿で魔王だ、何て言われて信じる人はいない。僕だって側近が居なかったら信じていないだろう。
だけど、リリスさんを殺そうとした時の彼女は少し怖かった。
僕の上で寝転んでいた側近が突然立ち上がる。
「勇士様! 今すぐ岸の方に逃げてください!」
何かに気付いたようだ。側近の視線の先、何かが水しぶきを立てながら猛スピードでこっちに向かって来ている。
「何だ!? サメか!?」
いや、こんなところにサメが居るはずも無い。
あれは、セラルナ? あいつ泳げないんじゃなかったのか?
少し不恰好だが、間違いなく型はクロール。それも物凄いスピードだ。
スピードを緩めることなく、彼女は真っ直ぐ僕達の元に。
衝撃のさなか、海に落ちる前に僕が見たもの。
それは宙に浮いた白猫だった。
「ふはははは! 貴様ら何をくつろいでおるのだ!」
海に落ちた僕達の姿を見て楽しそうに笑う。確かに、最悪の大魔王だ。
「いきなりすぎるだろ! 僕はいいけど側近は猫なんだぞ! あれ? 側近どこいった?」
側近の姿が見えない。もしかして溺れてしまったのだろうか。
「あそこにいるぞ」
彼女の指差した方向。必死に猫かきをしながら岸に向かう側近の姿があった。
必死に泳いでるけどあんまり進んでいない。
悪いとは思うけど、その光景はとても面白かった。
「って言うかお前泳げないんじゃなかったのかよ」
「ふふん。楓に教えてもらったら泳げるようになったんだ。私は大魔王だぞ、不可能などあるわけがない」
でました、ドヤ顔。
しかし流石というか何というか。聞いてすぐ出来るような事でもないのに。
やっぱり人とは違うな。少し羨ましい。
昼食を取り、午後も僕らは沢山遊んだ。
側近はコテージで家から持ってきたアニメを見ている。
流石にあんなことがあったからもう海には行きたくないんだろう。
ってかいつの間にアニメなんて持っていていたんだ。
遊びつかれた僕がマットに揺られていると、セラルナがやってきた。
「少し疲れたから私もそれに乗せろ」
二人でマットに乗り、のんびりと空を眺める。
波の音と、たまに聞こえるうみねこの鳴き声。
彼女の柔らかい肌と優しい香りが、心地良い眠気を連れてきた。
――あれ、いつの間にか寝てしまった。
もう夜? いや、違う。何も見えない。
寝てるうちに流されてしまったのだろうか。辺りは一面の闇、一筋の光も無い。
「おい、セラルナ起きろ」
「ん。もう飯か?」
「そうじゃない。いつの間にか流されていたみたいだ」
「何だ。随分暗い場所だな。よっと、こっちに道があるな」
「おい、ちょっと待ってくれよ。何処行ったんだ? 僕には全く見えないぞ」
隣にいたセラルナの気配が消える。世界で独りぼっちになったような不安が襲ってきた。
「何だ、お前は見えないのか。よし、ちょっと待ってろよ」
何かの音が聞こえた後、突然目の前で炎が上がる。
セラルナの手に持たれた木の棒の先。燃える炎が辺りを照らしていく。
「流石だな。ってか僕の家で見せた火はもっと小さくなかったか?」
「ああ、あの時は加減が分からなかったからな。間違って家を燃やしてしまったりしては大変だろう? それでも木を燃やすのが精一杯だがな」
「十分だよ、それじゃあ行こうか」
僕は彼女の手をしっかり握り、闇の向こうへと足を進めた。
どこまでも続くような洞窟。
ここは一体何なんだろう? 自然に出来たものだろうか。
「どこに続いているのか全く分からないな。何か感じたりしないか?」
「何もわからぬ。しかしお前はどうしてそんな不安そうな顔をしているんだ?」
「セラルナ達と違って人間は闇を恐れるんだよ」
「ふむ、そう言えばそうだったな。恐怖心か、余には無縁の感情だ」
恐怖心か。大魔王ともなれば怖いものとかないんだろうな。
少し羨ましい。正直女の子に手を引かれるこの状況は少し情けない。




