吸ってもいいですか 2
「冷たい紅茶で大丈夫ですか? 後はジュースしかなくて」
「いいですよ。ありがとうございます」
ソファーに腰掛ける彼女は、どこからどう見ても普通の人間。
僕は何故か疑うこともせず、彼女と普通に接していた。
「腕は大丈夫ですか? あの時は急いでもので、すいませんでした」
「あ、大丈夫です。大したことありませんよ。わざわざ来てもらって何だか申し訳ないです」
あれ、何で僕の家を知ってるんだろう。
「少し、暑いですね。上着脱がせてもらいます」
確かに暑い、いつの間にかエアコンが止まってる。止めたつもりはないんだけど。
「今エアコン付けま――」
彼女がブラウスのボタンを外す仕草から、僕は目が離せなくなっていた。
薄手のキャミソールが彼女の胸の大きさを強調させる。
まさか、つけてない? マジっすか。ノーブラっすか。
彼女の視線に気付く。何をしてるんだ僕は、これじゃまるでただの変態じゃないか。
「すっ、すいません! 別にそういうつもりじゃ!」
どういうつもりなんだ。落ち着け僕。何だか色々とおかしいぞ。
「ふふ。私が来る前……してましたね?」
その時僕は感じた。
遊びから帰ってきたら勝手に部屋を母親に片付けられていて、ベッドの下にあった本がが本棚に瞬間移動していた時のような感覚。
カーテンはばっちり閉まってるはずだ。まさか盗聴器でもしかけてあるのか。いや、僕は声を出したりしていない。
「なっ、なんのことでしょうか」
「ふふ。わかるんですよ」
彼女は妖しい笑みを浮かべて、僕の隣に座る。
部屋の暑さに汗ばんだ彼女の身体からは、むせ返るような甘い香りが漂っている。
「大きいの――好き?」
「好き――です」
「触ってもいいよ――」
気がつくと僕は彼女の胸に手を伸ばしていた。
少し汗で湿った、薄い布越しに感じるやわらかさ。
これはマシュマロなんて陳腐なものじゃない。手に吸いついて、それでいて押し返してくるような。
「吸っても――いいんだよ」
もう抑えられない。僕はまるでためらうことなく、禁断の幕を開け――。
「それを吸ったら終わりだぞ」
背後から聞こえた声に、はっと我に返る。
「セラル――」
「くそったれ、もうちょっとだったっていうのに。それ以上近づいてみな、コイツの命はないよ」
いつの間にか、僕の首にはナイフが突きつけられていた。
「お兄ちゃん!」
「やはり、人間ではないと思ったが。まさかサキュバスとはな」
「ほう、アタシの事が分かるのかい。やっぱりアンタも魔族だったんだね」
そう言って彼女は、僕のファスナーに手をかけた。
「はち切れそうだねぇ、苦しいかい? 楽にしてあげるよ」
ゆっくりとファスナーが下がる。
「おい、やめてくれ! せめて妹の前では!」
両手で顔を覆う楓。――指の隙間から見てないか?
「貴様。余が誰か分からぬか?」
「知らねえなぁ、テメエみたいなガキ。たいした魔力もないくせに随分偉そうじゃないか」
「ただいま戻りまし――。これはまた随分とお楽しみのご様子で」
首に袋をぶら下げた白猫。側近だ。
「おお、帰ったのか。よかったな、お前をおいて海に遊びに行ってしまうとこだったぞ」
「それはひどいですね。せっかくお土産をお持ちいたしましたのに」
「おお? それはバンシーの実ではないか。これはいい土産じゃ」
僕の事を忘れたように雑談に花を咲かせている。
首にナイフ、ファスナーからは飛び出たパンツ。これどういう状況? 誰か教えてくれ。
「てめえら何ごちゃごちゃやってんだ! こいつがどうなってもいいのかよ!」
「お、すっかり忘れてたな。そろそろ殺してやるか」
「ガキがでかい口叩きやがって。黙ってれば見逃してやろうと思ったがお仕置きが必要みたいだな」
「おい、それ一個くれ」
セラルナは、側近の持っていた袋から木の実の様な物を取り出し、一口齧った。
その時、みるみるうちに彼女の身体が大きくなっていく。
――女神。
そう思った。魔族なのに、大魔王なのに。
目の前の彼女はとても美しく、妖艶で、世界中の美を詰め込んだ様。
白銀の髪も、赤く光る瞳も、彼女をつくる全てのパーツ。そのどれもが、全く非の打ち所も無い。
「ひっ!」
セラルナの姿を見て、女がナイフを落とした。その顔は酷く怯えている。
ゆっくり近づき、セラルナが言った。
「余の名を知っているか?」
それはとても冷たく、僕が知っている彼女の声ではなかった。恐怖さえ感じる程。
「せっ……セラルナ大魔王様……」
「うむ。死ね」
そう言うと、セラルナは手を高く上げる。
「ダメだ! セラルナ!」
思うより早く、セラルナを抱きしめていた。
彼女の身体は細く、そして僕の顔を受け止める胸の柔らかさ。
それはまるで極上のウォーターベッドの様に、僕の意識を奪っていく。
「セラルナ、やわらか――」




