052 破られた約束の持ち主
処分箱十八照合請求への返答には、三通とも客間へ置けと命じた名だけが無かった。
朝の中央棟の長机で、私は返ってきた三通を今朝の返り票の横へ並べた。東二番粉挽所、白粉九半、糠三。王都外三宿共同釜、昼椀五十四。鍋は増えている。その右に、王宮会計局中央仕訳庫仕修席、王都慰撫会帳場、ヴェイル家家令の返答が乾いた順に重なった。
「増便は通ったのに、名だけまだ出さないのね」
ミラが硯の脇で言った。
私は最初に家令返答を開いた。客間仮置は春席前の写取済文面に限る。受取は家令見習い。炉前処分は家長口上。誰が箱を寄越したかは空欄のままなのに、文面の写しだけは取ったとある。
その一行で、向かいに座っていたセシリアの指が止まった。
「それ、家の言い方ではありません」
「どういう意味」
「父上はいつも『客前で要る文』と申します。『写取済文面』なんて、家では使いません」
二通目は王都慰撫会帳場からだった。処分箱十八、持出日風花月十六日、仮受一包。文面名には、王都慰撫会帳場副署追完返戻紙、王太子施穀先触れ返付片、とある。けれど客間仮置指図者も、炉前処分指図者も無い。右下には、送達札にあったのと同じ、小さな歪んだ朱が斜めに噛んでいる。
三通目を開いたとき、喉の奥が少しだけ乾いた。
処分箱十八。仕修席戻端紙。写取文面名。
北辺赴任辞令付記。
北路封緘台帳第十二束継承照会。
王太子施穀先触れ。
王都慰撫会帳場副署追完返戻紙。
婚約解消宣言付外封。
最後の一行だけ、墨が少し濃かった。
「外封まで」
ローデリクが低く言った。
私は答えずに、文書箱の底を開けた。北辺へ来た日の移送控え。戻れと言われた日の旧務協力打診状。第十二束継承照会差戻控え。どれも角が少し擦れている。けれど右下を見ると、紙ごとの印は違うのに、その脇へ噛んだ小さな歪んだ円だけが同じ位置に残っていた。
私は処分箱十八の送達札をいちばん上へ重ねた。
「局長印でも原簿照合印でもありません」
紙の端を揃える。
「中央仕訳庫仕修席の、次席預り印です。正式な席名で通せない紙だけに噛ませる控え印」
ミラが返答三通を順に弾いた。
「だから、誰の名でもない顔で全部くぐれるわけね。赴任辞令も、第十二束も、灰綴も、施穀も」
セシリアが小さく息を吸った。
「婚約のあとの箱も……いつもその印でした。父上は、中を見ずに『春席前に要る文だけ写せ』と」
私は婚約解消宣言付外封の一行へ指を置いた。冬の予算評議会で、私の前には羊皮紙しか無かった。けれどあの翌朝、人事机で受け取った片道命令にも、戻れと書かれた軽い打診状にも、同じ印が噛んでいた。殿下が読み上げた紙の外で、誰がどの約束をどこへ流すかは、別の抽斗が決めていた。
「持ち主が出ましたね」
私は言った。
「王太子の手ではない。中央仕訳庫仕修席次席の抽斗です」
ローデリクは返答紙を置き、空き紙をこちらへ寄せた。
「なら、その抽斗を通らなくて済む形にしろ」
私はすぐに題を書いた。
仕修席経由停止兼原簿直送切替控え。
第一行、北辺赴任辞令付記。第二行、第十二束継承照会。第三行、王太子施穀先触れ。第四行、王都慰撫会帳場副署追完返戻紙。原簿席、本来副署席、直送先、返送印欄、現地受取責任。仕修席欄だけを、最初から消す。
「王都慰撫会帳場の副署は、原簿照合席とここの臨時照合係へ直送」
ミラが見出しの横へ補った。
「第十二束と付記は、沈黙図書館立会いを外したら無効」
ローデリクがその下へ名を書いた。領主印の隣、私の札の前で乾いた朱が広がる。
「東二番と三宿の鍋は止めない。だが次から、そいつの抽斗は通させない」
私は最後に、まだ控えへ入れていない一行を脇へ移した。
婚約解消宣言付外封。
それだけは新しい切替控えへ入れず、別紙のいちばん上へ置く。送達綴り照会請求。返送印欠数。受取席。外封経由。あの日、私の前で読まれた約束を、今度は外側の経路から開けるための罫だった。
南門の外で、粉袋を積み替える木音が続いていた。私は次席預り印の歪んだ円へ砂を落とし、その上から新しい控え番号を書いた。燃やすための箱へ戻っていた切れ端は、もう戻し先を失っている。




