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婚約破棄された書記官令嬢は、沈黙図書館で辺境を立て直す  作者: 小竹X


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051 セシリアが差し出した未開封の箱

 未開封の箱には、受取人名も開封立会印も無かった。


 朝の中央棟会計部の長机で、私は東二番裏入十五と王都外三宿共同釜十の板札を並べていた。昨日埋まった副署代行控えの右に、今朝の返り票が二枚増える。白粉九、糠二半、昼椀五十一。鍋は止まっていない。その机へ南門番が、旅塵のついた薄桃の外套を通した。


 セシリアが、細長い杉箱を両腕で抱えていた。


 箱は白蝋で三つ留め。外札にあるのは、「客間炉前置 春席前処分」の細字だけ。誰へ渡すか、誰が開けるか、どこから来たかが無い。


「家の客間は静かなほうがいい、と前に書きましたでしょう」

 セシリアは箱を机へ置いた。袖口の縫い目に煤が薄く残っている。

「こういう箱を、春の席の前に暖炉で空にするからです」


 ミラの手が止まった。

「焚付用にしては、封が丁寧すぎるわね」


 私は外札の端へ指を置いた。上の白札は新しい。その下に、剥がした跡が二枚ある。ひとつは灰紙。もうひとつは王都で使う薄青の送達札だ。乾いた筆圧がまだ残っていた。

 処分箱十八。

 仕修席戻端紙。

 その上へ、あとから「客間炉前置」が重ねられている。


「戻端紙」

 私が読むと、ローデリクが席を立った。

「記録を残して開ける。ミラ」

「もう書いてる」

 彼女は空き紙へ題を打つ。無宛名封箱開封立会控え。箱寸、封蝋数、外札文言、持込人名。罫が引き終わるより先に、私は処分箱十八の札番号を書き移した。


 セシリアは箱から手を離さないまま言った。

「昨夜、客間へ入る前に持ち出しました。開けたら、わたくしもあちらの側へ入りますもの」

「開けずにここまで運んだのね」

「はい。中身より、封のままの方が役に立つと思いました」


 ローデリクが立会欄へ名を書き、私に顎を引く。私は白蝋を割った。中には招待札でも飾り紐でもなく、細い紙片の束が三包み、灰布で巻かれて収まっていた。どれも小指幅で真っ直ぐ、机の刃で落とした長さだ。


 最初の一包みを解く。白い端紙の一枚を、私は昨日の返戻紙へそっと当てた。ぴたりと重なる。

 留保相当。

 糠戻し先。

 帳場副署。


 ミラが息を吐いた。

「燃やす前の切れ端を、客間に寝かせてたわけ」


 二包み目は灰紙だった。東へ傾けると、削り跡の底から文字が残る。

 粉挽場裏入。

 共同釜先記。

 王太子施穀先触れで広場へ直された行と、同じ幅だった。


 三包み目だけ、紙色が違った。淡い金縁のある、冬の評議会で見た紙だ。私は端をつまんだまま指を止める。

 封緘台帳照合補助。

 北辺赴任辞令から落ちていた付記が、そこに細く残っていた。


「……最初から同じ箱へ入っていたんですね」

 喉が少しだけ乾いた。婚約破棄の場で切られた一行と、昨日帳場が刃で落とした一列が、同じ灰布で巻かれている。


 セシリアが視線を下げた。

「婚約の席が崩れてからです。客間へ、時々こういう箱が来るようになりました。父上は開けません。客前で要る文だけ別に写して、残りは燃やせと」

「誰が持ってくる」

「家の出入りでは、いつも同じ言い方です。『仕修席から戻る箱』と」


 箱の底に、もう一枚だけ折札があった。薄青の送達札で、宛名欄は空白のまま、経由だけが埋まっている。

 王宮会計局中央仕訳庫仕修席。

 王都慰撫会帳場。

 ヴェイル家客間仮置。

 炉前処分。

 受取印は無い。代わりに、右下へ小さな括り癖のある朱の控え印だけがある。私はその歪んだ円を見た瞬間、予算評議会の外封へ斜めに押された小さな補助印を思い出した。


 ローデリクが折札を持ち上げた。

「鍋はそのまま回す。だがこの番号は逃がさない」


 ミラはもう次の紙へ移っている。処分箱十八照合請求。仕修席、慰撫会帳場、ヴェイル家客間係。箱番号、持出日、客間仮置指図者、炉前処分指図者、写しを取った文面名。空けたくない欄だけを、先に並べる罫だった。


 私はセシリアの前へ控えを向けた。

「持込人欄に名を書いて」

 彼女は一瞬だけ躊躇って、それから丸い字で自分の名を書いた。前の封書より、少しだけ深い筆圧だった。


 南門の外で荷車番が声を上げ、東二番裏入十五の札が引かれる音がした。私は処分箱十八の控え番号を返戻紙の脇へ書き足す。箱の底で、破られた約束の切れ端がまだ灰にならずに残っていた。

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