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婚約破棄された書記官令嬢は、沈黙図書館で辺境を立て直す  作者: 小竹X


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047 王太子は援軍より体面を選ぶ

 王都から届いた援軍先触れには、護衛騎十二と旗持ち六の数はあるのに、粉を挽く臼場の名が無かった。


 河港掲示板の前で近在商人仮受の札を見ていたとき、南門の走りが漆筒を抱えて雪泥を跳ね上げた。頭取の後ろには小麦袋を積んだ荷車が三台並び、病室付きの少年は献立表の控えを胸で押さえている。そんな朝に届く紙なら、まず誰の鍋へ入るかが書いてあるべきだ。けれど王太子親署の赤印の下に並んでいたのは、沿道警護、旗列、到着刻限、王太子立会。穀袋四十。王都外三宿慰撫施穀。そこまでで、受取人名と粉挽所と炊き出し釜場が空いていた。


 私は封の縁へ触れた。紙肌の下に、消された筆圧がまだ硬く残っている。南橋広場。その下へ細く、粉挽場裏入、と一度書いて削った跡があった。

「広場へ出す気ですね」

 走りが眉を上げる。

「殿下御自ら、民へ施穀なさると」

「なら質問はひとつです。どこの臼で挽き、どの鍋へ渡すのですか」


 ミラが横から紙を引き寄せた。

「護衛騎十二、旗持ち六、喇叭二。人を飢えさせない紙じゃないわね。人に見せる紙よ」

 頭取が荷車の柄を握ったまま唸る。

「南橋広場で袋を積んだまま見せたら、その日のうちに粉問屋がさらう。裏口で臼へ落とさないと、値はもっと跳ねるぞ」


 走りは王太子印のある行だけを指した。

「命です。昼前に四十袋を南へ」

「受取人名も、量り返しも、糠戻し先も無いまま?」

 私は紙を返さずに言った。

「袋の口を見せたいだけなら援軍ではありません。広場の顔です」


 ローデリクが掲示板の前へ出た。今朝書いたばかりの「近在商人仮受 受取人名先記 昼刻まで」の下へ、彼は空いていた板を一枚掛ける。

「北辺から南へ出る穀袋も同じだ」

 彼は走りを見た。

「どこへ渡すか先に書け。書けない荷は通さない」


 私はその板の右端へ四つの欄を引いた。受取人名。粉挽所。釜場。量り返し。第六函目録の不足時条項を、今朝は南行きの紙へ移す。

「南橋広場とだけ書いても袋は出しません。病室の粥へ入るのか、王都外三宿の共同釜へ入るのか、粉挽場の誰が受けるのか。そこまで出してください」

「殿下を疑うのか」

「疑っていません」

 私は削り跡へ爪を置いた。

「この紙が、さっきまで粉挽場裏入だったことを読んでいます」


 走りの喉がひとつ鳴った。ミラがすぐ控えを起こす。

「書き換え前を否定するなら、粉挽場名を今ここで書きなさい。できないなら、誰かが広場へ出すために直しただけ」


 頭取の後ろで、荷車番たちの手が止まった。小麦袋の口紐が、朝の白い息の中でぶら下がっている。献立表を持った少年は、病室五椀の札を胸へ押しつけたまま、漆筒と私の顔を見比べていた。


 走りはようやく言った。

「……南橋、東二番粉挽所。王都外三宿共同釜。これでいいか」

「足りません」

 私は新しい紙を出した。

「受取る者の名と、挽いた粉をどこへ返すか。路銀と荷車留めは誰が負うか。王太子宮の副署も」

「そんなもの、今ここで」

「援軍なら、今ここで要ります」


 ローデリクが私の紙を読み、受取責任者として先に名を書いた。

「北辺側の責任は置いた。次はそちらだ」


 沈黙したのは走りだけではなかった。頭取がゆっくりと最初の荷車を板の前へ寄せる。

「北辺の持込は、名があるところから渡す」

 彼は声を張った。

「病室、外門、継馬所、炊き出し小屋、それから名の書ける南行きだ」


 私は献立表の控え番号を穀袋板の左端へ写した。病室五、外門三、継馬所二、南厩一。そこへ頭取が持ち込んだ小麦袋七、挽割麦三が受取人名付きで並ぶ。南へ出る欄だけが、王太子宮副署の空白を抱えたまま残った。


 走りは漆筒を抱え直し、空いた副署欄を睨んだ。

「返答を取りに戻る」

「戻ってください」

 私は紙を畳み、差戻し控えへ綴じた。

「広場へ旗を立てる前に、鍋の名を書けるなら」


 南門へ馬が返るころ、頭取は新しい中値を板へ打ち、最初の袋を病室付きの少年へ渡した。袋の口に、小さく受取人名が結ばれる。見える場所に積むための紙ではない。今夜火へかけるための紙だ。


 ミラが私の耳元で低く言った。

「王太子、粉の行き先より、自分が立つ場所を先に書いたわね」


 私は掲示板へ残った空白の一列を見た。南橋広場。そこだけがまだ、名無しのままだった。

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