表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された書記官令嬢は、沈黙図書館で辺境を立て直す  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/54

040 王都監査局は北辺の倉庫を奪いたい

 臨検予告には、封じる倉の名はあるのに、その戸から今夜出せなくなる椀と桶の名が無かった。


 王都監査局の綴りは、南門番の手で中央棟へ運ばれた。題は、倉庫臨検予告。慈善荷混載ならびに旧誓約争論関連物保全のため、中央倉、南坂の石蔵、河港西三号控え蔵の鍵を明朝まで引き渡し、一時封緘するとある。


「ずいぶん欲張るわね」

 ミラが紙をひったくった。

「披露済み七箱だけじゃない。干豆も根菜も燕麦も、まとめて王都式の在庫に変える気よ」


 私は二行目をなぞった。保全対象荷目録が無い。現保管庫立会欄が無い。保全中支弁受託印が無い。あるのは、鍵引渡し刻限と封緘責任者名だけだった。


「倉を閉めるだけで済む書き方ですね」

 私は言った。

「でも南坂の石蔵を閉めれば、炊き出し小屋の干豆と病室の根菜が止まります。中央倉まで封じれば、北砦へ戻す夜見油と南厩の燕麦も止まる」


 ローデリクが綴りを置いた。

「来たら蔵の前で書かせる」


 昼過ぎ、南坂の石段には王都監査局の臨検吏が二人立っていた。赤紐と封蝋箱を提げ、もう鍵を受け取る顔をしている。石蔵の戸前には、朝のうちに私とミラで並べた春待ち保存札が掛かっていた。干豆二袋。根菜六籠。払出先、炊き出し小屋、病室、外門詰所。


「こちらを保全接収します」

 年長の吏が言った。

「争論荷が混在した以上、庫ごとの封緘が妥当です」


「何が争論荷ですか」

 私が訊くと、男は一拍遅れた。

「慈善荷、旧誓約関連控え、その他保全必要物」


「その『その他』で今夜の椀は煮えません」

 私は予告状の裏を返し、朝のうちに引いておいた罫を見せた。


 倉名。今夜払出先。受取人。代替蔵。保全中支弁受託印。


 最初の行へ、南坂の石蔵、炊き出し小屋三十六椀、病室粥十二、と書く。次の行へ、中央倉、北砦外壁三番灯一夜分、南厩替え馬四頭一朝分、と足した。


「封じるなら、ここへ王都監査局印を」

 私は筆を差し出した。

「どの椀と灯を止めるか、先に名を書いてください」


 若い吏の喉が動いた。

「我々は補給停止を命じに来たのではない」


「では倉ごとの封緘ではありません」

 ミラがすぐに被せた。

「止めないつもりの干豆と燕麦まで一緒に抱えるなら、代替蔵と受託印が要る。無いなら欲しいのは保全じゃなくて鍵だけでしょう」


 赤紐が風で鳴った。男たちは顔を見合わせる。封じたいのは庫の中身ではなく、戸前そのものだとよく分かる間だった。


 ローデリクが石段を一段上がる。

「争論荷だけ取れ」

 低い声だった。

「七箱と、毛布束番四の控えと、別途調整覚えの写しだ。それ以上欲しいなら、止める先の名を自分で書け」


 年長の吏は予告状を握り直した。

「……河港西三号控え蔵なら」


 私はそこで顔を上げた。西三号控え蔵は水際の空き蔵だ。干豆も根菜も置いていない。朝の予告から、そこだけが浮いていた。


「ええ。そこへ争論荷だけ移します」

 私は答えた。

「受入は披露済み預り七箱、毛布束番四関係控え、北砦冬囲別途調整覚え写し。現保管庫は北辺特別保管領のまま。仮封立会は双方一名ずつ」


 ミラはもう別紙を書いている。争論荷仮封控え。荷口数、控え番号、仮封刻限、立会者、返封条件。


 若い吏が思わず漏らした。

「西三号は舟溜前で、扱いやす……」


 そこで口を閉じた。遅かった。


 私は予告状の末尾を見た。河港西三号控え蔵だけ、鍵引渡し刻限がほかの倉より半刻早い。倉を数える紙のくせに、水際の時刻だけ細かい。


「分かりました」

 私は争論荷仮封控えへ最後の一行を足した。

「倉は渡しません。けれど、あなたがたが水際を急ぐ理由は、次に港で読みます」


 赤紐は、結局、七箱と紙束だけを縛った。南坂の石蔵の戸は開いたまま残り、炊き出し小屋の干豆も病室の根菜も、今夜の行き先を失わなかった。


 王都監査局が欲しがったのは、倉そのものより、雪解け前の河港でひとつ空いた喉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ