040 王都監査局は北辺の倉庫を奪いたい
臨検予告には、封じる倉の名はあるのに、その戸から今夜出せなくなる椀と桶の名が無かった。
王都監査局の綴りは、南門番の手で中央棟へ運ばれた。題は、倉庫臨検予告。慈善荷混載ならびに旧誓約争論関連物保全のため、中央倉、南坂の石蔵、河港西三号控え蔵の鍵を明朝まで引き渡し、一時封緘するとある。
「ずいぶん欲張るわね」
ミラが紙をひったくった。
「披露済み七箱だけじゃない。干豆も根菜も燕麦も、まとめて王都式の在庫に変える気よ」
私は二行目をなぞった。保全対象荷目録が無い。現保管庫立会欄が無い。保全中支弁受託印が無い。あるのは、鍵引渡し刻限と封緘責任者名だけだった。
「倉を閉めるだけで済む書き方ですね」
私は言った。
「でも南坂の石蔵を閉めれば、炊き出し小屋の干豆と病室の根菜が止まります。中央倉まで封じれば、北砦へ戻す夜見油と南厩の燕麦も止まる」
ローデリクが綴りを置いた。
「来たら蔵の前で書かせる」
昼過ぎ、南坂の石段には王都監査局の臨検吏が二人立っていた。赤紐と封蝋箱を提げ、もう鍵を受け取る顔をしている。石蔵の戸前には、朝のうちに私とミラで並べた春待ち保存札が掛かっていた。干豆二袋。根菜六籠。払出先、炊き出し小屋、病室、外門詰所。
「こちらを保全接収します」
年長の吏が言った。
「争論荷が混在した以上、庫ごとの封緘が妥当です」
「何が争論荷ですか」
私が訊くと、男は一拍遅れた。
「慈善荷、旧誓約関連控え、その他保全必要物」
「その『その他』で今夜の椀は煮えません」
私は予告状の裏を返し、朝のうちに引いておいた罫を見せた。
倉名。今夜払出先。受取人。代替蔵。保全中支弁受託印。
最初の行へ、南坂の石蔵、炊き出し小屋三十六椀、病室粥十二、と書く。次の行へ、中央倉、北砦外壁三番灯一夜分、南厩替え馬四頭一朝分、と足した。
「封じるなら、ここへ王都監査局印を」
私は筆を差し出した。
「どの椀と灯を止めるか、先に名を書いてください」
若い吏の喉が動いた。
「我々は補給停止を命じに来たのではない」
「では倉ごとの封緘ではありません」
ミラがすぐに被せた。
「止めないつもりの干豆と燕麦まで一緒に抱えるなら、代替蔵と受託印が要る。無いなら欲しいのは保全じゃなくて鍵だけでしょう」
赤紐が風で鳴った。男たちは顔を見合わせる。封じたいのは庫の中身ではなく、戸前そのものだとよく分かる間だった。
ローデリクが石段を一段上がる。
「争論荷だけ取れ」
低い声だった。
「七箱と、毛布束番四の控えと、別途調整覚えの写しだ。それ以上欲しいなら、止める先の名を自分で書け」
年長の吏は予告状を握り直した。
「……河港西三号控え蔵なら」
私はそこで顔を上げた。西三号控え蔵は水際の空き蔵だ。干豆も根菜も置いていない。朝の予告から、そこだけが浮いていた。
「ええ。そこへ争論荷だけ移します」
私は答えた。
「受入は披露済み預り七箱、毛布束番四関係控え、北砦冬囲別途調整覚え写し。現保管庫は北辺特別保管領のまま。仮封立会は双方一名ずつ」
ミラはもう別紙を書いている。争論荷仮封控え。荷口数、控え番号、仮封刻限、立会者、返封条件。
若い吏が思わず漏らした。
「西三号は舟溜前で、扱いやす……」
そこで口を閉じた。遅かった。
私は予告状の末尾を見た。河港西三号控え蔵だけ、鍵引渡し刻限がほかの倉より半刻早い。倉を数える紙のくせに、水際の時刻だけ細かい。
「分かりました」
私は争論荷仮封控えへ最後の一行を足した。
「倉は渡しません。けれど、あなたがたが水際を急ぐ理由は、次に港で読みます」
赤紐は、結局、七箱と紙束だけを縛った。南坂の石蔵の戸は開いたまま残り、炊き出し小屋の干豆も病室の根菜も、今夜の行き先を失わなかった。
王都監査局が欲しがったのは、倉そのものより、雪解け前の河港でひとつ空いた喉だった。




