004 赤字都市の最初の夕食
北辺の荷受け番所の暖炉には、火が入っていなかった。
夕暮れの河港は、王都の岸壁よりひとまわり暗い。倉の窓に灯る明かりは半分だけで、荷役夫たちは怒鳴る代わりに、凍った板床を靴で鳴らして合図していた。灯油を節約している暗さだった。
船を降りた私は、文書箱を抱えたまま番所の扉を押した。
室内は外とほとんど変わらない冷たさで、机の上の硝子燭台も空だった。夜番の書記が鼻先を赤くしたまま、こちらを見る。
「北便補給船の受け入れは明朝です。今夜は第三倉までしか灯せません」
机の脇には、紙札が一枚だけ釘で留められていた。
灯油残量不足につき、夜間荷受け停止。
その下に、炊き出し用薪節減の控えが重ねてある。今夜の夕食、六十二食。船から降りてきた荷役夫だけで、その数は埋まりそうだった。
「灯油は六樽、積んできました」
私が言うと、書記は肩をすくめた。
「帳面では三樽未着が続いています。今夜また足りなければ、倉も炊き出し小屋も途中で消える」
途中で消える。
その言い方が、書類の文より先に喉へ引っかかった。
私は机へ近づき、受領控えの束を見た。前便、灯油四樽受領。前々便、三樽受領。どちらも端に薄い追記があり、枝番が削れている。王都の船上で見た書き足しと、同じ乾き方だった。
外では船長が荷役夫と短く言い合っている。このまま荷を積んだまま夜を越せば、甲板の見張りが増える。下ろせば、暗い倉で数が曖昧になる。どちらも赤字の匂いしかしない。
私は外套の内側から、訂正済みの積荷台帳控えを出した。
「今夜、全数受領はしなくて構いません」
書記の眉が上がる。
「まず灯油一樽だけ、夜間照合用として仮受領してください。船長印、あなたの受領印、私の立会署名を入れる。残り五樽と毛布二十梱は封印付きのまま第三倉へ仮置き。明朝、正式帳で照合します」
「そんな半端な受け方は」
「半端なのは、受領欄の空白です」
私は前便の控えを指で押さえた。
「三樽未着のまま夜を切り詰めた結果が、この暗さでしょう。今夜必要なのは、帳面を綺麗に見せることではなく、倉の灯りと鍋の火を止めないことです」
書記はすぐには返さなかった。かわりに、私の控えの下にある船長印を見た。王都港で押されたばかりの赤は、まだ少しだけ艶が残っている。
そこへ船長が入ってきた。
「その形で切るなら、こちらは出せる。甲板に置くよりましだ」
「船長」
「一樽だけ下ろす。残りはお前の言う通り封印だ」
決まると早かった。番所の奥から小さな火皿が持ち出され、仮受領の紙が一枚、硝子板の上へ広げられる。私は書式の空きを埋めた。
灯油一樽。夜間照合用仮受領。未明まで第三倉外灯と炊き出し小屋の炉に限定使用。
残余五樽および毛布二十梱は、船長印・港印併記の封緘により明朝まで保全。
「受領責任者名も」
私が促すと、書記は渋い顔で自分の名を書いた。そこまで見届けてから、私はようやく息を吐いた。
樽が一本だけ下ろされる。
重い音が板床へ落ち、すぐに倉前の外灯へ火が入った。ぼんやりした橙の輪が広がると、荷役夫たちの肩の位置が見えるようになる。炊き出し小屋の煙突からも、細い煙が上がった。
私の最初の夕食は、その小屋で出された。
深皿の底が見えるくらい薄い魚の煮込みに、固い黒パンがひと切れ。王都なら給仕が皿を下げる前に文句が出る量だろう。けれど、木卓についた人たちは誰も匙を止めなかった。向かいの荷役夫は、黒パンの半分だけ口に入れ、残りを布へ包んで懐へしまった。入口の脇には、誰かを迎えに来たらしい子どもが一人、湯気の消えかけた鍋を見ている。
匙を入れると、煮込みは思ったより温かかった。塩気は薄いが、冷えた指先にはそれで十分だった。
「今夜はまだましです」
鍋をよそっていた女が、私の控えを見て言った。
「昨日は炉をひとつ閉めました。油がないと、火を守る人手も削るしかないので」
私は皿を持ったまま、言葉を返せなかった。
王都で三樽未着と書かれた線は、ここでは倉の暗さになり、鍋の数になり、パンを半分持ち帰る手つきになっていた。数字だけなら、まだ寒さの単位で済んだはずなのに。
「正式な受領帳はどこにありますか」
私が尋ねると、女は顎で坂の上を示した。
「総務棟です。けれど中央倉の鍵も受領帳の持ち出しも、朝は領主様の裁可待ちですよ」
小屋の戸が開くたび、夜気が入る。坂の上には砦の影、そのさらに奥に、窓のない黒い建物が沈んでいた。灯りを節約した港からでも、あれだけは輪郭がわかる。
私は黒パンの最後の欠片を飲み込んだ。
明日の朝、見るべきものは二つある。
船から持ってきた訂正控えと、北辺が受け取ったことになっている帳面。
この町の夕食が薄い理由は、たぶんそのあいだに挟まっている。




