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婚約破棄された書記官令嬢は、沈黙図書館で辺境を立て直す  作者: 小竹X


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038 国境砦の補給線を切った契約

 北砦から戻った帳面には、夜見油二壺の受取印があるのに、灯が保った刻限は一壺ぶんしか無かった。


 朝の中央棟で、私は霜のついた革袋を開いた。昨夜のうちに北砦へ走らせた早馬が、前蔵受払帳と外壁夜見台火守帳、それに継馬所から戻した雪延追補札控えを持ち帰っている。紙の端が白く湿り、煤の匂いがした。


「早いわね」

 ミラが袋の底から小さな木札を抜いた。

「向こうも灯が足りないと分かってた顔だわ」


 私は前蔵受払帳を開いた。北砦前蔵受領、夜見油二壺。替え馬飼葉三俵。どちらも受取印はある。ところが火守帳の昨夜欄には、外壁三番灯、子の刻落。北谷筋、半刻見張り狭む。さらに継馬所戻りの控えには、替え馬四頭のうち二頭、朝駆け見合わせとある。


「受けたことにはなってるのに、夜は短くなってる」

 私は二冊を並べた。

「油も飼葉も、着いた紙だけ残して、中身だけ別の場所へ落としてます」


 ローデリクが火守帳を引き寄せた。

「北谷筋」


「ええ」

 私はその一行を指で押さえた。

「見張りが半刻狭まっています。荷が足りない話ではなく、谷側を見られない夜ができています」


 火守帳の綴じ紐の下に、薄い紙が一枚噛んでいた。端だけが新しく、綴じ穴の位置が帳面と合っていない。引き抜くと、短い表題が出た。北砦冬囲別途調整覚え。


 嫌な手触りだった。命じる側の墨だけが強く、受ける側の線が薄い。私はそのまま読んだ。


「当冬北砦前蔵分、夜見油二壺、替え馬飼葉三俵のうち半数を別途調整とし、現地融通を先とする。春季修補戻しをもって相殺予定」


 そこまでで十分だった。北砦受領副署が無い。現地の引受印が無い。いつまで半数で凌ぐかも、何を削った寒さで相殺するかも書いていない。下にあるのは王宮会計局中央仕訳庫仕修席の控え印だけだった。


「予定、ですって」

 ミラの声が低くなる。

「夜見台の灯を消す予定。替え馬を減らす予定。で、誰が北谷を見るの」


 私は第十二束の写しを横へ置いた。三葉目の差替痕がある夜見油行と替え馬飼葉行。その下の細字は、やはり北砦冬囲別途調整。台帳の継紙だけではなく、現地帳面の中にも同じ逃がし紙を差し込んでいた。


「契約の形をしていますが、継承でも補給でもありません」

 私は覚えの余白をなぞった。

「欠を引き受ける欄が無い。だから台帳本体から夜見油と飼葉だけ外して、砦に『その場で何とかしろ』を押しつけられる。第十二束の継紙差替と同じ手です」


 ローデリクの指が、火守帳の次の行で止まった。丑の刻、北谷雪面に橇跡らしき筋一本。追い手見合わせ。


 部屋が静かになったのではない。ミラの鉄筆が机で止まり、廊下の向こうで帳場付き書記が革靴を鳴らす音だけが残った。


「追えなかった理由は」

 ローデリクが訊いた。


「三番灯が落ち、替え馬を二頭引かせたからです」

 私は答えた。

「契約違反が昨夜の谷へそのまま落ちています」


 ミラはもう別紙を引き寄せていた。

「今夜の分を戻す。中央倉から夜見油二壺、正札出庫。受取人は北砦前蔵番と外壁夜見台火守の連署。替え馬飼葉は第一継馬所から雪延追補札を切る。四頭ぶん、二夜ではなく今夜ぶんだけ先に」


「それでいい」

 ローデリクは短く言った。

「北砦へは正午前に出す。覚えのほうは」


「止めます」

 私は北砦冬囲別途調整覚えの右端へ題を書いた。

 無副署別途調整停止。第十二束三葉照合済。

「返送先は中央仕訳庫仕修席。現地融通で消えた分ではなく、昨夜消えた三番灯と見合わせた追い手まで書きます」


 ミラがすぐ隣へ欄を足した。消灯刻限。借用元。追手見合わせ刻限。補給復旧刻限。

「寒かった、では済ませない。どの刻に灯が落ちて、誰が追えなくなったかまで返す」


 私は雪延追補札控えを開き、今朝の追補欄へ新しい一行を書いた。替え馬四頭。北砦朝駆け用。補給元、第一継馬所。受取人、北砦走り頭。差戻し先、春季第一便精算ではなく、中央仕訳庫別途調整差戻。


 ローデリクが出庫札と追補札を重ね、自分の名を書いた。

「今夜、北谷を暗くするな」


 私は火守帳の余白へ、中央倉出庫札番号と追補札控え番号を書き添えた。昨夜の行はまだ煤で汚れている。三番灯落。追い手見合わせ。そのすぐ下に、今夜の受取人名が並んだ。


 なら次に追うべきなのは、橇跡そのものより先に、あの一行へ仕修席の控え印を押した手だった。

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