表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された書記官令嬢は、沈黙図書館で辺境を立て直す  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/48

035 追放令嬢は王都の請求書を返送する

 王都へ返す外封には、相手が受け取らなかったときに止まる欄が無かった。


 夕刻の中央棟会計部で、私は河港から持ち帰った綴りを机いっぱいに広げた。御前披露済救援雑費請求書。救援荷仕分板控え。辺境伯領の献立表控え。赤札木箱の仮受控え。どれも同じ七箱と五箱を持っているのに、王都へ返すための薄い外封だけが、帳場名しか持っていない。


「このまま返すと、向こうで一度受けて終わりね」

 ミラが外封の裏を弾いた。

「帳場の抽斗に寝かせて、『後日照合』で春まで腐る」


 私は頷き、請求書の最初の行へ指を置いた。積替銀七半枚。屋根下預り賃二日。人足留め賃二日。箱戻し立会賃。再結束見廻り賃。紙の右端には、昨日私たちが引いた引取人名、支払人名、差戻期限、現地不急理由、受入済箱数、預り箱数の欄がまだ乾ききらないまま残っている。そのさらに外側が、また空いていた。誰がこの返送を受け、どの原簿を開くかの欄だ。


「帳場へ返すだけでは足りません」

 私は文書箱から王宮会計局式文書往復控の写しを抜いた。

「請求の形で来たなら、差照請求の形で返します。原簿照合席へ持ち込めば、添付数と返送印を返さない限り閉じられない」


 ローデリクが机の端へ寄る。

「何を添える」


「請求原本写し。救援荷仕分板控え。辺境伯領の献立表控え。それと第六函の仮受条項」


 私は地下保管庫第六函目録写しを開いた。仮受印の刻限より後、湿損、繋留銀、人足留め賃は受領側これを負う。そこだけ墨が古く、硬い。


「逆に言えば」

 私は請求書の余白へ並べて書いた。

「仮受印も刻限も受取人名も無ければ、預り賃も人足留め賃も受領側へ落ちません」


 ミラがすぐ横へ新しい欄を足した。仮受刻限。現地受益先。負担副署。

「病室向け晒布まで一緒くたにして九枚六を切るなら、どの箱で、誰が暖を取って、どの副署で北辺負担へ振ったかまで出してもらいましょう」


 私は請求の各行を割った。積替銀は披露済み預り七箱に限る。屋根下預り賃も同じ。人足留め賃は、止めた時刻と差戻し先が無ければ現地負担に移せない。箱戻し立会賃と再結束見廻り賃は、そもそも引取人が決まっていない箱には起きようがない。


「請求書の顔をしたまま、名無しの後始末だけ押しつけてる」

 ミラが低く言った。

「なら、原簿の顔まで剥がす」


 私は新しい上紙へ題を書いた。


 御前披露済救援雑費請求差照。


 その下へ、照合対象を順に落とす。王都慰撫会帳場雑費請求書。救援荷仕分板。辺境伯領の献立表。地下保管庫第六函目録写し。請求行ごとに、起因箱数、仮受刻限、引取人名、現地受益先、負担副署を明記のうえ返送されたい。


 ローデリクは文面を最後まで読み、請求書の「現地留置につき現地負担」の行を親指で押さえた。

「寒さを受けた名は、もうこっちの板に出ている」

 彼は低く言った。

「なら王都側も、誰がこの七箱を寝かせ、誰がその賃を北辺へ載せたか、名で返せ」


 私は上紙の末尾へ一行足した。差戻期限三日。期限内に引取人名または王宮会計局負担副署が無い場合、当該七箱は王都側責任荷として係属継続。


 ミラは三つの封を並べた。王宮会計局原簿照合席宛。王都慰撫会帳場控送。北辺会計部控。いちばん上の外封には、返送印欄を広く取り、受領不能時不達札返付と先に入れる。


「使いが嫌がるわね」

 彼女が言う。

「帳場へ運ぶだけのつもりで来てるもの」


「嫌なら、ここで受領不能にします」

 私は桃色の不達札を一枚引き寄せた。

「誰の手で止まったか、先に残るだけです」


 ちょうど南門便の使いが戸口で待たされていた。河港で請求書を差し出した若い書記ではない。会計部付きの運脚で、革袋の口だけは立派に固く結ばれている。


「返送分です」

 私が外封を差し出すと、彼は表書きを読んで眉を動かした。

「原簿照合席……ですか。帳場宛では」


「帳場控送も入っています」

 私は三封の順を示した。

「ただし原簿照合席返送印欄付です。向こうで受け取れないなら、ここへ不達札が戻ります」


 運脚の指が止まる。王都慰撫会帳場へ荷札や謝辞を運ぶときの軽さではない。返送印欄のある紙は、運んだ先で誰かの名が出るまで戻ってくる。


「受領者名と持出刻限を」

 ミラが筆を置いた。

「あなたの袋で止まったのか、王都の机で止まったのか、曖昧にしないために」


 運脚は一瞬だけローデリクを見た。ローデリクは何も言わない。ただ机の上の請求書と、横の献立表控えを同じ距離で見ていた。病室の晒布と、披露済み七箱の屋根下賃を同じ紙へ沈めるなという、昼の河港の続きをそのまま会計部へ持ち込んだ目だった。


 やがて運脚は名を書いた。持出刻限も入れる。私はその字が乾く前に、不達札を一枚だけ封の裏へ差し込んだ。


 外封を閉じると、革袋の口がさっきより重く落ちた。銀貨九枚と銅貨六の請求より、空いた欄のほうがよほど嵩張る。


 運脚が去ったあと、私は北辺控の最下段へ新しい票番を書き込んだ。次に王都が返すべきなのは、金額ではない。引取人名と副署と、七箱を寝かせた机の名前だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ