034 ローデリクは初めて怒りを見せる
請求書には、まだ渡していない七箱ぶんの屋根下預り賃と人足留め賃が、もう北辺負担で並んでいた。
昼過ぎの河港倉で、私は赤札木箱の列より先に、白い綴りの端を見た。王都慰撫会帳場印。表題は、御前披露済救援雑費請求書。昨日「披露済み預り」で止めた七箱の上へ、そのまま載せるように使いが差し出してくる。
「至急勘定入れを、とのことです」
私は受け取り、最初の行を読んだ。
積替銀七半枚。屋根下預り賃二日。人足留め賃二日。箱戻し立会賃。再結束見廻り賃。
どの行にも、同じ小さな注記が付いている。現地留置につき現地負担。
現地。便利な言葉だった。河港も外門も病室も炊き出し小屋も、ぜんぶ一語で飲み込める。けれど紙へ指を置くと、その一語の下だけ妙に乾いていた。荷を止めた理由も、引き取る側の名も、誰が箱を増やしたかも無い。ただ止まっているあいだの賃だけが、北辺の欄へ落ちる。
「上手いわね」
ミラが私の肩越しに読む。
「見せ物を止めた罰金よ。箱を増やした手は王都に残して、濡れない屋根だけこっちへ払わせる」
私は請求綴りを救援荷仕分板の横へ置いた。現箱数十二。標準箱数五。過剰箱数七。昨日の板と、請求書の数字がぴたりと重なる。違うのは、板には寒さへ届く順があり、請求書には箱を寝かせた日数しか無いことだった。
「合計は」
ローデリクが聞く。
「銀貨九枚と銅貨六です」
ミラが即座に答えた。
「外門の灯油を足して、病室の晒布を回して、南厩の温燕麦桶をまだ続けられる額です」
戸口で病室係の兵が、抱えた空籠を胸へ引いた。晒布の束を取りに来たのだろう。彼は請求書より先に、壁際の「今夜渡す」の列を見ていた。
ローデリクはその視線を追い、次に請求書へ目を落とした。いつもなら一行ずつ確かめてから話す人が、今日は紙を閉じなかった。革手袋を外し、親指で綴りの中央を押さえる。厚い紙が、そこで一度だけ鳴った。
「止めた理由はどこだ」
声が低い。
「ありません」
私は注記を指した。
「現地留置、だけです。引取人欄も差戻し欄も無い。北辺が要らない物を止めたのではなく、王都が引渡先の無い箱を押しつけてきた事実が紙から消されています」
「受けていない七箱の賃を、受けていない側へ払わせるのね」
ミラが鉄筆を握り直した。
「救援の顔をした空き箱は、本当に腹持ちがいい」
ローデリクの手が止まった。指先だけが白い。怒鳴りはしない人だと、河港の誰も知っている。だから、机の端に置いた箱板がきしんだ音のほうが先に耳へ入った。
「北辺を、何だと思っている」
彼は請求書から目を上げなかった。
「病室の寝台も、外門の夜番も、継馬所の替え馬も、御前で見せた箱の後始末に焼べる薪か」
荷役頭の手から鉤が落ち、床板で乾いた音を立てた。戸口の兵は空籠を抱えたまま動かない。私の前の紙だけが静かに揃っている。
ローデリクはようやく顔を上げた。普段より声は大きくないのに、使いは一歩退いた。
「俺の領で寒さを受ける人間と馬の名は、もう板に出ている」
彼は救援荷仕分板と辺境伯領の献立表控えを順に見た。
「なら、王都側も名を書け。誰がこの七箱を引き取り、誰がこの九枚六を払わせるつもりか、署名で出せ」
私は請求書の右端へ新しい罫を引いた。
引取人名。支払人名。差戻期限。現地不急理由。受入済箱数。預り箱数。
ミラがすぐ下へ昨日の数字を落とす。受入済五。預り七。積替銀見込七半枚。屋根下預りは披露済み預り分に限る。病室向晒布と毛織は別受領済。
「これで一括請求はできません」
私は使いへ返した。
「今夜渡した晒布まで、銀の浅鉢と同じ箱代で請求する形が崩れます」
使いの唇が開きかけ、閉じた。王都で整えた綴りより、河港の板のほうが事情をよく知っていると、ここでは一目で分かる。
ローデリクが請求書を私の手元へ戻した。紙の端が少しだけ湿っている。握った指の熱だと分かるまで、私は一拍かかった。
「返せ」
彼は短く言った。
「北辺は披露の後片付けを買わない。救援だと言うなら、まず寒さを受ける名へ届く形で出し直させろ」
戸口の兵がその言葉のあとで、やっと息を吐いた。
私は請求書と仕分板控えを重ね、返送綴りの紙を引き寄せた。王都へ返すなら、箱の数ではなく、ここで待っている寝台と桶の数から書く。




