033 署名のない善意は誰を太らせるか
署名のない善意は、寒い寝台より先に箱を数える手を太らせる。
昼前の河港倉は、開けた赤札木箱の蓋で床が埋まりかけていた。晒布の束、病室へ回せる厚い毛織二枚、膝掛八枚、銀の浅鉢十二、給仕杓子十二。中身より、詰め藁と空き間のほうが広い。
「これ、北辺向けの荷姿じゃないわね」
ミラが箱の深さへ腕を入れ、肘まで沈めた。
「藁を運ぶために箱を増やしてる」
私は昨日の小札を板の横へ置いた。
本日中搬入済一箱につき 積替銀半枚
受取人欄も支払人欄も無いまま、半枚だけが妙にはっきりしている。
「標準の箱数を見たい」
私が言うと、ローデリクは荷役頭へではなく、外で待っていた商人ギルド頭取へ顎を振った。
「商人の荷姿で答えろ」
頭取は赤札の箱をひとつずつ見て、蓋板を裏返し、藁の量を靴先で払った。
「晒布九反と毛織二枚なら大箱一つで足ります。膝掛は二箱。浅鉢と杓子は欠け防止に一箱ずつで十分だ」
指を折る。
「十二箱じゃなく、五箱」
彼は晒布の束を持ち上げ、箱の縁へ軽く載せた。
「病室へ回すなら、雨避け布を巻いて麻紐で二巻き。外門向けの膝掛も二枚まとめて箱へ入れる。こんなふうに一枚ずつ深箱へ寝かせるのは、北辺で使うための積み方じゃありません」
ミラがすぐ算盤珠をはじいた。
「余計な七箱で、積替銀は七半枚」
彼女は顔を上げないまま言った。
「干豆二袋を南坂へ移す賃でも、こんなにいらない」
七半枚あれば、外門の灯油樽をもう一本つけられる。病室の寝台へ回す晒布も増やせる。箱の隙間へ詰めた藁のぶんだけ、今夜の寒さへ回るはずの手が減っていた。
私はいちばん深い箱の底へ手を入れた。藁の下から、薄い包み紙が一枚出る。金糸房つきの膝掛一枚だけを包んでいた紙だ。隅に小さく、披露後積替、とある。行先は無い。誰へ見せた後かも、誰が積み替えるかも書いていない。
「御前で見せた物ほど、箱を割れば銀になるわけね」
ミラが低く言った。
北辺へ着くころには、寒い者に渡すための荷ではなく、箱数で人足賃を切る荷になっている。毛布六十を四十へ削った細紙とよく似ていた。中身を減らす手と、箱を増やす手が、どちらも最後の名を書かない。
「板の右へ欄を足します」
私は救援荷仕分板の端を押さえた。
「現箱数。標準箱数。過剰箱数。積替銀見込」
ミラの鉄筆が、今夜渡す、乾かせば使う、披露済みの三列のさらに右を走る。
現箱数十二。標準箱数五。過剰箱数七。積替銀七半枚。
数字にすると、膝掛の房と銀の鉢が急に重く見えた。病室へ回す晒布より、空き間のほうが金になる荷姿だったからだ。
ローデリクが小札をつまみ、折り目もつけずに掌へ伏せた。
「この七箱は救援じゃない」
声が低い。
「北辺の寒さで太る箱だ」
荷役頭も頭取も黙った。倉の外では、外門行きの灯油樽がまた軋んだ。
病室係の若い兵が戸口で足を止めたまま、晒布の束と赤札木箱を見比べている。どちらを今夜の寝台へ回すべきか、もう倉の中の誰も言い間違えなかった。銀の鉢は寒さを追い払わない。
「五箱ぶんだけ受けます」
私は綴りへ書き足した。
「残り七箱は披露済み預り。受取人名と支払人名のある請求が来るまで、積替銀は認めません」
ミラがそのまま控え番号を振り、商人ギルド頭取へも同じ数字を写させる。河港だけの板で終わらせないためだ。
赤札はまだ柱で鳴っていた。けれど、いま河港で太っているのが善意ではなく箱数だと、一行で残せるようになった。




