031 王太子の命令書に足りないもの
王太子印の命令書には、減らした二十枚を誰の不足へ載せるか書く最後の署名が無かった。
昼の河港は、毛布束の青紐だけがやけに目立つ。束番一、二、五、六。未着二束を記した寄進品仮受控えの脇で、ミラが新しい控え綴りへ票番を移していた。そこへ南門便の使いが、黒塗りの細筒を両手で差し出した。
「王太子殿下直達。冬季慰撫会毛布の件です」
ローデリクが受け取らず、私へ顎を引く。私は封紐を解いた。厚い紙だ。王太子宮の金赤の封蝋。昨夜の差替指図札よりずっとまともな顔をしている。
文面は整っていた。
冬季慰撫会寄進毛布のうち、北辺特別保管領向四十枚をもって当季配分了とし、城南施療院向二十枚の移配を追認する。北辺預りの差替指図札は持参使へ返還し、謝辞状は三日内に王都慰撫会帳場へ送達すべし。
発出日あり。宛所あり。殿下印あり。
けれど、紙の下端へ指を置いた瞬間、金糸がそこだけ細く千切れた。
「きれいに繕ってきたわね」
ミラが椅子を寄せた。
「今度は発出日も受け手もある」
「副署がありません」
私は最終行を示した。
「四十で了にするなら、削った二十をどこの不足へ載せるか決める署名が要る。王宮会計局か、慰撫会帳場の負担受託か、城南施療院の受領控えか。どれも無い」
使いが喉を鳴らした。
「殿下の御印があります」
「ええ」
私は紙を裏返さずに答えた。
「命じる印はあります。でも、足りなくなった毛布の寒さを引き受ける席が無い」
ローデリクが命令書を私の手元から覗き込んだ。
「従えばどうなる」
「北辺が自分で二十枚を諦めた形になります」
私は寄進品仮受控えを横へ並べた。
「こちらは原荷札写しで北辺向六十、実着四十、未着二束。あちらは四十で配分了。二つを繋ぐなら、減数二十の負担先を同じ紙へ置かなければいけません」
ミラが鼻先で笑う。
「謝辞は三日内。補填は無期限。ずいぶん都合のいい慈善だこと」
私はもう一度、命令書の末尾へ触れた。文頭の太い線にはユリウス殿下らしい勢いがある。けれど、配分了、追認、返還、送達の四語だけが妙に乾いていた。昨夜の細紙と同じ手つきだ。人を温める話をしているのに、最後だけ帳面の逃げ道になっている。
「殿下は命じたのでしょう」
私は低く言った。
「ただ、その下で誰も引き受けたくない」
使いが一歩だけ出た。
「返還命令です。差替指図札をお渡しください」
「無理です」
私は即答した。
「この命令は未完です」
ミラはもう返書の紙を引いていた。右端へ受領者名、持出刻限、返答期限。その下へ、私が文言を落とす。
減数二十枚の負担先副署欠落につき、配分了の認定不能。城南施療院受領控え到着まで、北辺仮受四十枚、未着二束、差替指図札預りのまま係属とする。謝辞状は実数および移配責任確定後に別封送達する。
「足すわ」
ミラが言った。
「王都慰撫会帳場受領印。会計局副署。どっちか片方では駄目。両方」
私は頷き、そのまま書き加えた。二十枚を減らしたなら、礼ではなく帳面で返せ。そういう形の字になった。
ローデリクが受け取った返書へ領主印を落とす。重い音だった。
「外門へ回せ」
彼は使いを見たまま言った。
「王太子宮印の救援荷でも、負担副署が無ければ仮受止まりだ」
使いの顔から血の気が引いた。殿下の名で来た紙が、港の机で止まると思っていなかったのだろう。
私は命令書を閉じ、差替指図札の下へ重ねた。上は立派な紙、下は細い紙。どちらにも、二十枚を減らしたあとの寒さを引き受ける名が無い。
河港の外では、次の荷車の軋みがもう聞こえていた。青札が付いているかどうかより先に、私は受け取る紙の下端を見ることになる。




