030 慈善姫の毛布はどこへ消えた
慈善荷の受取札には「北辺向六十」と書いた削り跡があるのに、河港へ着いた毛布束は四十枚ぶんしか無かった。
朝の外門は、荷車の車輪が凍土を噛む音だけ先に届く。青い細紐で結ばれた毛布束が四つ、荷台へ並んでいた。どれも上に白い札が載る。カルミナ・レイフェル冬季慰撫会。丸い字で、北辺のみなさまへ、と添えられていた。
私はその札の下へ指を入れた。紙の縁が二重になっている。上の新しい札を少しずらすと、下に削られた繊維が残っていた。
「原荷札、切ってから差し替えてます」
門番が、昨夜から使い始めた寄進品仮受控えを差し出す。到着刻限、寄進者名、値札切有無。そこまでは昨夜の罫だ。だが今朝の控えには、門番が慌てた字で新しい欄を横へ足していた。荷口数、束番。
「切る前に写しました」
番兵が言って、控えの最上段を指した。
「北辺向六十。束番、一から六まで」
荷台の上を見た。青紐の端に小さく墨を打った束番がある。一、二、五、六。三と四だけ無い。
ミラが鼻先で笑った。
「四十枚だけ届いて、六十枚ぶんの謝辞を受けるところだったわけ」
護送の若い役人が、革鞄から細い紙を出した。
「配分改めです。城南施療院へ二十、北辺へ四十。仕分場でそう受けました」
紙は短い。北辺四十、施療院二十。その二行の脇に、殿下御前披露済、とだけ小さく入っていた。発出日なし。差し替え理由なし。誰が北辺向六十を削って四十へ直したのか、名が無い。受け手も無い。
「命令の形をしていませんね」
私は紙を光へ透かした。
「起案者、受領先、副署、どれも無い。これでは荷札を切った人だけが残って、切られた理由が残りません」
役人は唇を結んだ。
「ですが、慰撫会の荷です。急ぐようにと」
急ぐのは毛布ではなく、礼状のほうだった。
革鞄の底から、もう一枚、厚い奉書が出てきた。こちらはきれいに整っている。レイフェル公爵令嬢カルミナ様へ。北辺一同、冬季慰撫会毛布六十枚のご厚意に深謝申し上げます。受領数だけが、最初から書き込まれていた。
私はその数字を爪で押さえた。六十。荷台の上には四束しか無い。契約読解は、公文よりこういう紙でよく冷える。受け取る前の感謝を先に集めるつもりの字だった。
「本人の字はこっちね」
ミラが青札を摘まむ。
札の裏には、丸い小さな一文があった。冷える方へ先に届きますように。昨日セシリアの便箋で見たのと同じ筆圧の浅い丸みだった。これはたぶん、本当にカルミナが書いた。
ローデリクが荷台の脇へ立った。
「北辺は四十として受ける。欠けた三と四の束は未着で記す」
「謝辞状は別封にしましょう」
私は寄進品仮受控えの余白へ書いた。
「荷口数、束番、差替指図札有無、謝辞状同封有無。この四つを足します。感謝は数え終わってから返す」
ミラの鉄筆がすぐ横を走った。
「ついでに、差替指図札へ発出者名が無ければ仮受止まり」
「良い」
ローデリクは役人の持つ細紙へ視線を落とした。
「その紙は北辺で預かる。返すなら、名のある命令と引き換えだ」
役人の喉が動く。
「城南施療院へ回した二束は、慈善姫の御前で配った見本ぶんだと……仕分場では」
「見本」
ミラの声が低くなる。
「毛布は掛けるものでしょう。見せるものじゃない」
私は青札を裏返したまま、役人の細紙を重ねた。丸い願いと、名の無い差替え。上の紙は人を温めたがっていて、下の紙は責任だけを冷やしていた。
荷台の四束へ北辺仮受の札を打つ。未着二束。原荷札写しあり。差替指図札預り。謝辞状別封。
最後に、細紙の下端へもう一度指を滑らせた。削り取られた繊維の奥に、前の筆圧がわずかに残っている。
北辺六十。
それを四十へ削った手の名だけが、まだどこにも書かれていなかった。




