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婚約破棄された書記官令嬢は、沈黙図書館で辺境を立て直す  作者: 小竹X


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029 セシリアは優しい顔で値札を隠す

 セシリアの封書には、詫びも心配も並んでいたのに、毛布が何枚どこへ消えたかを示す数字だけが一つも無かった。


 夕方の中央棟は、外套の雪が石床で解ける音だけが残る。小会議机の上で、ヴェイル家の薄桃の封緘は王宮会計局の灰青よりずっと軽く見えた。けれど折り返しの左隅だけ、指に触れる厚みが違う。


「ひとりで読むか」

 戸口のそばでローデリクが言った。


「読んでから決めます」

 私は封蝋の継ぎ目へ爪を入れた。

「家の紙でも、公の匂いがしたら机に載せるので」


 ミラが帳面から顔を上げる。

「ヴェイル家が私信だけで済ませるわけないものね」


 便箋は二枚。丸い字は、子どものころから見慣れたセシリアのものだった。


 お姉様がご無事でいらしたと聞き、胸を撫で下ろしました。

 父上も母上も、いまはお姉様のお怒りももっともだと申しております。

 殿下もお心を荒らげてばかりではなく、カルミナ様の冬の慰撫会もなお続いておりますから、北辺のことを忘れた方ばかりではございません。

 どうか帳場の方々をこれ以上お困らせになりませんよう。

 お戻りになるなら、お荷物は軽いほうがよろしいでしょう。

 わたくしも春の席へ出ますので、家の客間は静かなほうが助かります。


 最後の一行だけ、字が端へ寄っていた。笑顔のまま言いにくいことを押し込んだときの、セシリアの癖だ。


 私は二枚目を灯りへ斜めに倒した。表の丸い字より深い溝が、裏から浮く。別の紙を下に敷いて書いた筆圧だった。


「ミラ。こっち」

 便箋を渡すと、彼女はすぐ目を細めた。


 冬季慰撫会毛布

 北辺向 六十

 城南施療院向 二十

 残 値札切 四十


「優しい文の下に、ずいぶん正直な控えを敷いてるじゃない」

 ミラが低く言う。


 ローデリクが机のこちらへ来た。

「偶然か」


「セシリアは偶然で家の封書を厚くしません」

 私は指先で、春の席へ、の一行を押さえた。

「家の客間を静かにしたい。私の荷は軽くしろ。帳場を困らせるな。言っていることは同じです」


 慰撫会の毛布枚数と、私の沈黙と、セシリアの春の席。ひとつの封へ入ると、どれも似た軽さで書かれる。


 ミラはすでに会計部の薄綴りを引き抜いていた。

「慈善荷の現行札、見ます?」


 出てきたのは、冬の慰撫会向けに王都から回ってきた薄い受入札だった。寄進者名。施与先。謝辞要否。並ぶ見出しはその三つだけ。枚数も、原荷札も、誰が受け取ったかも無い。


「礼状は欲しいのに、毛布の数はいらないわけ」

 彼女が紙を机へ叩く。

「これなら十枚抜いても、二十枚すり替えても、『お優しい方でした』で終わる」


 私はセシリアの便箋をその札の横へ置いた。契約読解は、公文だけでなく、こういう曖昧な親切にもよく効く。困らせないで、の下にあるのは、困る名を紙に乗せたくない手つきだ。


「寄進品も仮受けで止めましょう」

 私は空き紙を引いた。

「寄進者名、品目、枚数、原荷札、値札切有無、切替後札、引渡先、受取人、保管責。少なくともここまでは要る」


 ミラの鉄筆がすぐ隣に走る。

「謝辞要否は最後でいい。先に受取印」

「春まで使うなら、到着刻限も」

 私は付け足した。


 ローデリクが新しい罫を見下ろした。

「外門へ回す。慈善名義でも、原荷札を切る前に写せ。切られた後に着いた荷は河港で止める」


 命令口上が短く落ちる。ミラはもう控え番号欄まで引き終えていた。


「題は」

 彼女が聞く。


 私はセシリアの便箋をたたみ直した。返事はまだ書かない。けれど、春の席へ出るために笑っていた妹が、笑ったまま毛布の数を隠したことは、こちらの紙へ残せる。


「寄進品仮受控え」

 私は最上段へ書いた。

「次に北辺へ来る毛布は、優しい言葉じゃなくて、この欄で受ける」


 薄桃の封書の下で、値札を切られた四十枚の溝だけが、灯りに細く残っていた。

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