028 戻れと言うには遅すぎる
王都から届いた復帰打診状には、私が戻る席名も、持ち帰る帳簿の目録も、北辺に残す控えの数も書かれていなかった。
中央棟の小会議机には、破損誓約箱の新受取札がまだ乾ききらないまま広がっていた。発見棚、持込人、欠落葉数、修補戻先、仮代行線、控え番号。午前じゅう図書館で引いた罫の脇へ、南門便の使いが薄い封書を置いていった。王宮会計局の灰青の封蝋。けれど、局長印ではない。回覧で急いだときに使う、小さな照会印だった。
ベルナーが先に眉を寄せた。
「その印は……次席止まりです」
私は封を切った。紙は上等なのに、書き出しだけが妙に軽い。
冬季留保相当並びに修補照合事務につき、旧務に通暁せる者として、可及的速やかに帰王の上、従前同様の協力を乞う。
そこまで読んで、紙を裏返した。任免裁可番号なし。任用区分なし。俸給欄なし。随行人員なし。文書携出目録なし。末尾にはただ一行、「関係紙一切携行の事」とだけある。
「協力、ね」
ミラが鼻で笑った。
「都合のいい雑巾を呼び戻すときの言葉だわ」
ベルナーは否定しなかった。
「正式復職なら、旧職名か新職名、俸給、起算日、少なくとも任免印が入ります」
彼は紙面の余白を指した。
「これは伺い前の打診です。本人が自分から戻れば、任用を起こさずに済む」
自分から戻ったことにされれば、北辺で拾った控え束も、修補札の欠落も、私個人が勝手に抱えていた紙に落ちる。王都は協力を受けたと言い、復職はしていないと言える。
ローデリクが向かいではなく、机の角へ寄った。
「持っていかせる紙は何だ」
私は文書箱の蓋を開けた。甲七控え、乙二留保簿写し、差照請求控え、雪延追補札控え、継馬雪延差引帳控え、辺境伯領の献立表控え、破損誓約箱の新受取札控え。机の半分を埋める。
「この束を『関係紙一切』で出したら、王都に着いた瞬間にばらされます」
私は一枚ずつ押さえた。
「返送印欄も、受領目録も、現地照合継続の条項もない。私だけ戻して、紙だけ預かる形です」
ミラが空き紙を引き寄せる。
「なら先に、こっちの席名を置く」
ローデリクは少しも迷わず、自分の印箱を開いた。厚手の任用紙を一枚抜き、机の端で短く書く。北辺特別保管領臨時照合係。任期、冬囲支弁並びに旧誓約修補線照合が終わるまで。閲覧先、沈黙図書館第三保管架および中央棟会計部。持出しは目録と返送印を要す。
書き終えた紙が私の前へ滑ってきた。
「戻れと言うなら、先にここの役目を消せる紙を持ってこさせる」
領主印が落ちる。続いてミラが会計官副署を入れた。乾ききらない印泥の匂いが、さっきの王都紙よりずっと重かった。
私はその任用紙を下敷きにして、返書を書いた。
現地照合継続中につき、離脱不可。協力を求めるなら、任免裁可番号、職名、俸給、起算日、携出目録、返送印欄を備えた正式命令で示されたい。併せて中央仕訳庫修補席の台帳、継紙札綴り、失効扱いへ転記した者の副署簿を北辺へ送付されたい。現行の差照請求および修補照合は、北辺にて継続する。
ベルナーが息を止めた。
「副署簿まで書くんですか」
「戻れと言うには遅すぎます」
私は顔を上げた。
「いま欲しいのは席ではなく、欠けた名です」
ベルナーは返書と任用紙を並べて見た。王都の照会印より、こちらの領主印と会計副署のほうが多い。打診状は人を動かす紙の形をしていて、責任を動かす紙の形をしていなかった。
「受領欄をください」
やがて彼は言った。
「私が受け取ったと残しておかないと、王都でまた『見ていない』になります」
ミラがすぐ右端へ欄を足す。受領者名、持出刻限、返答期限。ベルナーは自分の名を書き、刻限まで入れた。査察官の細い字が、初めて誰かを止めるためではなく、自分が逃げないために置かれる。
封をし直し、使いの革袋へ戻したとき、机の端にもう一通残っているのが見えた。ヴェイル家の家紋。王都の公印より薄い桃色の封緘で、表書きの丸い字だけが見覚えに引っかかった。
セシリア。
私はまだ開かず、文書箱のいちばん上へ伏せて入れた。灰青の封書は南門へ返り、薄桃の一通だけが、帰る先の名前を持たないまま私の手元に残った。




