027 図書館司書は壊れた誓約を拾う
破損誓約箱の受取簿には、壊れた紙片をどの棚から拾ったかを書く欄が欠けていた。
昼前の沈黙図書館は、炊き出し小屋より冷える。第三保管架の奥、修補机の上に運ばれてきた木箱は、蓋の縁だけ艶が鈍く、人の指が何度も掛かった場所だけが白く擦れていた。
「現行の受取簿です」
図書館付きの司書が、薄い綴りを私の前へ置く。
箱番。印式。破れ種。封蝋色。
並んでいるのは、その四つだけだった。発見場所も、拾った者の名も、欠けた葉数も、修補が終わったらどこへ戻すかも無い。
「これじゃ、壊れたのか剥がしたのか、箱へ沈んだ時点で同じになるわね」
ミラが綴りをめくり、すぐに閉じた。
司書は言い訳せず頷いた。
「三年前に書式が薄くなりました。古い綴りは場所を取るからと」
ベルナーの指が止まる。彼は自分の印式見本綴を修補机へ置いたまま、蓋の閉じた木箱を見ていた。
「破損誓約箱に入るなら、通常は継紙札が添います」
彼は低い声で言った。
「原本と札に割印を掛ける。修補が済むまで、誓約は失効ではなく留置扱いになる」
「その見本が、あなたの綴りから抜けていた」
私は昨日見た頁を開く。欠けた無効印の隣は、今日も空白だった。
司書が、布包みを両手で差し出した。中には昨日の紙片がある。薄いが、端の穴だけはしっかりしていた。二つ並んだ綴じ穴の片側に、青みの褪せた印泥が半月の形で残っている。
私は手袋越しに触れた。紙の繊維は自然に裂けた荒れ方ではない。綴じ糸を抜いたあと、濡れた刃で縁を起こしたときの抵抗が、指先へざらついて返る。
「これは箱の底で千切れたんじゃありません」
私は綴じ穴の横をなぞった。
「もともと別の札と一緒に綴じられていた。切り離されたあと、片側だけが落ちた」
司書がすぐに木箱の蓋裏を持ち上げた。内側の薄布に、四角い糊跡がある。箱番札より細く、現行の受取簿の見出しより横長だった。
「ここに雛形が貼ってありました」
彼は布の端を押さえる。
「剥がした跡です」
ローデリクが机の反対側から身を乗り出した。
「読めるか」
私は蓋裏へ顔を寄せた。紙は無い。けれど糊の下に残った繊維と、押しつけられて薄く移った罫線の幅は残る。左端に小さな字の跡がある。
「発見棚」
私は一つずつ拾った。
「持込人。欠落葉数。修補戻先。それから……仮代行線」
ミラの鉄筆が机を叩く。
「やっぱり」
ベルナーが初めて顔を上げた。
「仮代行線?」
「原本が破れても、支弁を止めないための欄です」
私は紙片を布の上へ戻した。
「失効なら要りません。留置のあいだ、どの紙で代えるかを書いて戻す欄です」
司書は木箱の底から、もう一枚、細い紙帯を出した。昨日、紙片の下に張りついていたものらしい。墨はほとんど消えていたが、割印の片割れだけが残っている。半月の欠け方は、甲七の余白に押されていた「失効扱い」と同じだった。
「無効印ではない」
ベルナーが呟く。
「継紙札との割印だ」
彼は自分の見本綴を乱暴にめくり、空白の隣の頁の糸穴を見せた。切られた紙の幅は、司書が出した紙帯とほとんど同じだった。
「見本ごと抜かれている」
私は甲七控えを広げ、余白の欠け印を並べた。欠け方、押しの深さ、印泥の乾いた縁まで似ている。失効を示す印ではない。修補へ回した原本と継紙札を一時に縛るための片割れだ。
「甲七は失効扱いではなく、修補留置だった」
ミラが言う。
「それなら、留保相当を切る線を止めたのは失効処理じゃない。修補札を抜いて、代行線も消した」
司書はすぐに古い索引箱を引き寄せ、紙片の綴じ穴間隔を測った。第三保管架河港誓約群の寸法と一致する。さらに紙端の残り字を拾い、私へ差し出す。
「……『仕修』」
ベルナーの肩が小さく強張った。
「王宮会計局中央仕訳庫の修補席票番です」
修補机の上で、誰の息もすぐには動かなかった。図書館の紙が壊れただけではない。壊れた紙を王都へ渡し、戻す札だけを抜けば、原本を失効させずに現場の支弁だけ止められる。
ローデリクが最初に沈黙を切った。
「今日から箱を変える」
「ええ」
私は現行受取簿を自分のほうへ引いた。
「発見棚、持込人、欠落葉数、修補戻先、仮代行線。最低でもこの五つを戻します」
ミラはもう新しい罫を引いている。
「戻し先だけじゃ足りない。控え番号も振る。修補中に代行で切った支弁が、春待ち保存札か雪延追補札か、差引帳か、あとで追えないと同じ穴になる」
司書がその紙を受け取り、深く頭を下げた。
「今夜の閉架までに、破損誓約箱の受取札を差し替えます」
ベルナーはまだ空白の見本頁を見ていたが、やがて指で「仕修」の残り字を押さえた。
「北辺の定式外運用を記すつもりで来たが……」
彼は言葉を切り、私を見る。
「この票番は、王都の中に戻ります。私の査察記録でも逃がせません」
私は新しい受取札の最上段へ、破損誓約箱第一号と書いた。発見棚、第三保管架。持込人、図書館付き司書。欠落葉数、一。修補戻先、河港誓約群甲七。仮代行線、冬季入津税留保相当支弁、現地照合継続。
空欄だった箱は、ようやくどこから落ちた紙を抱えているのか名を持った。
けれど、紙片の端に残った「仕修」の二字は、図書館の机の上では終わらない。王都へ渡った修補札が、戻る途中で何枚抜かれたのか。炊き出し小屋の朝の板より先に、今度はその数を数えに行かなければならなかった。




