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婚約破棄された書記官令嬢は、沈黙図書館で辺境を立て直す  作者: 小竹X


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016 初めて黒字になった七日間

 七日目の集計紙には、「整理口仮替」の摘要が一度も出てこなかった。


 会計部の奥机へ、私は門前融雪仮払簿、乙二留保簿の控え、河港夜荷役の日割帳を横一列に並べた。左には止めた分、右には戻した分。そのあいだへ、今朝ミラが引いた細い罫線が一本入っている。数字を喧嘩させず、同じ紙の上で向かい合わせるための線だ。


「塩三小樽、灯油二壺、縄四把」


 ミラが左列を指先で叩く。


「先週までなら、これが小口雑給で消えていた見込み。受取人欄なし、整理口摘要付き」


「今週は全部、名があります」


 私は右列へ視線を落とした。門前板橋融雪、外門番長エド、河港夜荷役頭ダン。連署の脇に、夕刻の量り返し。塩は三小樽仮払って一樽半返納。灯油は夜荷役用の二壺だけ、縄は荷崩れ止めに四把。そのどれも、誰が受けて、何刻に戻したかまで残っている。


 窓の外では、河港へ入る荷車の軋みが絶えない。けれど先週のような、外門前で車列が止まる長い間はもう無かった。仮受許可票が一枚で通り、板橋へ撒く塩は門前融雪仮払簿へ入る。橋の手前で足を取られた馬の悲鳴を、この七日私は聞いていない。


 ローデリクは火鉢の向こうから紙束を見下ろし、手を伸ばして乙二留保簿の控えを自分の前へ引いた。読む順を説明しなくても、もう留保欄から先に見る。


「戻した分は」


「銀貨十一枚と銅貨八枚」

 私は答えた。

「外部振替停止のまま入津税留保相当を河港側係属へ戻した分です。今週ぶんの外灯、火鉢、温食、夜荷役手当はそこから払えます」


「止めた分」


「銀貨九枚と銅貨六枚」


 ミラがすぐ継いだ。

「小口雑給で名無しに流れていた塩、灯油、縄の見込み差額。加えて、門前で荷車を待たせなかったぶん、朝の積み替え直しが二件減りました。人足手間と破袋補填も落ちています」


 私は最後の列へ指を置いた。七日差引。黒字、銀貨二枚と銅貨二。


 たったそれだけの数字なのに、紙の中央で妙に濃く見えた。赤字の帳面は、いつも理由が増える。天候、遠方、王都の遅れ、夜明け前の混乱。けれど今週の黒は、余計な言い訳がひとつも要らない。止めた線と戻した線が、同じ罫の上でぶつからずに残っている。


「二枚か」


 ローデリクの声は低い。失望ではなく、重さを量る声だった。


「はい」

 私は門前融雪仮払簿を開いた。

「ですが、塩を減らして作った黒字ではありません。三日目の朝は板橋が一番凍り、仮払は二小樽まで使いました。それでも日暮れ前に量り返して一樽戻しています。必要な支弁は残し、抜けだけを止めた結果です」


 その時、扉が二度叩かれた。入ってきたのは外門番長だった。肩の雪を払うより先に、革袋から小さな木札を出して机へ置く。今日の返納札だ。塩半樽。外門板橋南側。量り返し済。


「今朝の分です」

 番長は私ではなく、ローデリクへ言った。

「薄く撒けば済みました。昨夜のうちに縄も届いて、荷車を橋際で寄せずに済んでいます」


 ミラがその札を受け取り、仮払簿の末尾へ挟んだ。前なら、この木札は火鉢の脇で乾いて終わった。今は題も返る先も決まっている。


「夜荷役頭は?」

 私が訊く。


「今朝の第一便を下ろしています。温食を止めなかったせいか、昨夜は人足が途中で抜けませんでした」


 番長はそこまで言って、少しだけ言い淀んだ。

「……橋へ塩を撒いたのに、あとで責められないのは楽です」


 彼は退出し、扉が閉まる。火鉢の炭が小さく鳴った。


 ローデリクは返納札を一枚見ただけで、集計紙の下段へ指を置いた。王都送付控え。宛先欄だけ空けてある。


「この数字をそのまま出せば、誰が困る」


「港湾整理口を受け口にしていた側です」

 私は空欄を見たまま言った。

「留保相当が王都へ移った顔をしていたのに、実際には受領印も裁可番号もない。そこへ、今週は保管領内で戻して黒にしたと付けることになります」


「しかも」

 ミラが乾いた声を足した。

「門前融雪まで整理口を通していなかったと証明する数字付きです。木札の摘要で誤魔化していた人間には、かなり痛いでしょう」


 ローデリクは黙って椅子を引き、私の机の横へ寄せた。向かいではない。同じ紙を斜めから見る位置だった。


「ヴェイル。報告書の題を変えろ」


「題、ですか」


「黒字報告では軽い。七日運用差引にしろ。止めた分と戻した分、両方を表に出す」


 私は新しい紙を引き寄せた。筆先を置く前に、彼の手が先に空欄の左上を押さえる。紙がずれないように、ただそれだけの手つきで。


 七日運用差引報告。北辺河港越冬荷受け分。


 書き出した題の下で、ミラがもう副署欄の幅を測っている。王都へ出す紙なのに、机の上にはためらいより先に罫線が増えていく。


 私は宛先欄を一つだけ空けたまま、止めた分の列へ塩、灯油、縄を書き入れた。次の行には、戻した分。留保相当、外灯、火鉢、温食、人足手当。


 この紙を閉じる頃には、黒字より面倒なものが残る。黒くなった理由そのものだ。

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