017 王都へ出せない報告書
宛先欄へ書ける名だけ、全部この紙を眠らせる側につながっていた。
会計部の奥机に、私は三枚の外封を並べた。王都整理勘定。王宮会計局。中央仕訳庫経由。どの薄紙にも、送達綴りで見た青い経由印の欄がある。七日運用差引報告の下書きをその上に重ねると、題だけが少し浮いた。
「題は正しいです」
ミラが言う。
「でも、その題のまま出せば、向こうでは報告書箱です。受領印の返らない箱」
彼女は昨日の桃色の不達札を机の端へ置いた。裏向きで眠らされていた薄紙は、今日も軽い。
「王都整理勘定宛は論外ですね」
私は外封のひとつを伏せた。
「港湾整理口の摘要で金を吸っていた側へ、自分で刺しに行く形になります」
「王宮会計局なら」
ローデリクが訊く。
私は返事の代わりに、王宮会計局用の外封を開いた。内側の送達欄は二段ある。件名。添付数。昔、あの机で毎日見ていた並びだった。けれど、報告書の件名欄はひとつしかない。そこで終わる紙だ。
「会計局も、報告は眠ります」
私は件名欄を指で押さえた。
「数字が足りていても、原簿を開く義務がありません。上席が受領と印を置けば、そのまま棚へ入ります」
火鉢の炭が崩れる音がした。ローデリクは黙ったまま、私の手元を見ている。急かさない視線だった。
私は文書箱から薄い手引き綴りを抜いた。王宮会計局式文書往復控。北辺へ来る前、癖で写して持ってきたものだ。端は擦れているのに、差照請求の頁だけ折り目が浅い。
「報告ではなく、差照請求にします」
ミラの眉がわずかに動く。
「どことどこを」
「乙二留保簿原本、北便納付控え、王都送達綴り、港湾整理口日残帳、それと七日運用差引です」
私は順に紙を並べた。
「この五つは今、同じ数字を別の顔で持っています。報告だと一枚で終わります。でも差照請求なら、原簿照合席が原本を開いて、添付数と照合票を返さない限り閉じられません」
「原簿照合席」
ローデリクが復唱する。
「偉い席か」
「いいえ。欠けた印を嫌う席です」
私は新しい上紙を引いた。
乙二留保簿・北便納付控え・王都送達綴り差照請求。
書き付けた題の横で、ミラがすぐ添付欄の罫を足した。
「報告書は別添へ落とす」
「ええ。七日運用差引報告は、刺さる数字として後ろへ」
「本体は、向こうに原簿を開かせる紙にする」
彼女の声が少し低くなる。
「それなら、受領したふりでは終われませんね」
私は最初の欄へ、受領不達札控一葉と書いた。次に、乙二留保簿写し。北便納付控え写し。港湾整理口日残帳控。甲七添四照合札番号。
そこまで書いたところで、ローデリクが机へもう一枚寄せた。甲七原本の控え札だ。余白の下に、昨夜は見落としていた細い追記がある。
冬囲支弁物は地下保管庫第六函目録に照合すべし。
私は紙を持ち直した。
「地下保管庫」
「図書館か」
「ええ。でも第三保管架ではありません」
追記の墨は甲七添四より古い。支弁線の金だけでなく、物の側にも照合先がある書き方だ。
ミラがすぐ乙二の控えをめくる。最後の有効頁、その欄外に似た癖の細字があった。冬期不足時、保管庫目録六函参照。
「揃っていますね」
彼女は鉄筆の先で二つの追記を交互に叩いた。
「金を戻すだけでは済まない。向こうが『では何を支えた金ですか』と返した瞬間、物の目録が要る」
「無ければ」
ローデリクが訊く。
「差照請求は通ります。ただし半分で止まります」
私は添付目録の空いた行を見た。
「留保相当がどの支弁へ結びつくか、金の側しか示せない。今の黒字は出せても、冬支度の本来量までは押さえきれません」
ミラは新しい封緘紙を三本切った。領主控、会計部控、王宮会計局原簿照合席宛。
「なら、送る紙は今日閉じられるところまで閉じる」
彼女はきっぱり言った。
「不達札、乙二、日残帳、七日差引で、港湾整理口が必要な口ではないとは示せます。地下第六函は、明日取りに行く」
ローデリクが頷き、王宮会計局宛の外封を私の前へ置いた。中央仕訳庫経由の欄へ、自分の指で斜線を引く。
「経由は」
「北辺特別保管領より直封」
私は即座に書いた。
「原簿照合席返送印欄付」
この書式だけは、手が覚えていた。王都で何年も使った癖が、今は戻るためではなく、沈めさせないために動く。
件名欄を埋め、添付数を記し、返送印欄を広く取る。ミラが副署を入れ、ローデリクが封緘印の位置をずらさず押す。桃色の不達札は一番上へ、七日運用差引報告は一番下へ入った。軽い紙と重い数字が、同じ糸で閉じられる。
私は最後に、添付目録の空欄へ一行だけ書き足した。
追補予定 地下保管庫第六函目録。
その文字の下で、紙のざらつきが少し強くなる。図書館はまだ、金の線だけしかこちらへ渡していない。冬を越すために本当に積まれていた物の線は、石の下で眠ったままだ。
封を持ち上げた時、蝋の匂いの向こうから、冷えた紙の匂いがした。明日開けるべき場所の匂いだった。




