100.ホテルマン、限界が来る
枝をかき分け、根を飛び越え、霧を裂くように走る。肺が焼けそうだ。
背後の足音は減らないどころか、むしろ近づいている気さえする。
「ふく、左から二体!」
跳ねるように進路を変えた瞬間、すぐ後ろの木が横薙ぎにへし折れた。
ライオンの前脚が空を裂く。
直撃していたら胴体が消えていた。
「ケト、助けてくれ!」
「もう! ふくは猫使いが荒いよ!」
抱えられたままのケトの瞳が妖しく光る。
空気が一瞬、重く沈んだ瞬間、背後のライオンが足を止める。
焦点の合わない目で虚空を睨み、低く唸る。
「今のうちに逃げるよ! 早く走る!」
「はああああああい!」
精神に直接揺さぶりをかける呪いで、わずかに時間が確保された。
俺は言われるがまま森の奥へ走っていく。
「なっ……オイラの呪いが破られた!?」
『グオオオオオオ!』
頭を振り、怒りを増幅させたように咆哮が聞こえる。
チラッと振り返ると、奥にいた一匹が俺たちを視界にとらえた。
もう全速力で逃げるしかない。
さらに森の奥へ駆けると、霧は濃さを増し、湿気が肌にまとわりつく。
方向感覚はとっくに失っている。ただ、追われている方向から遠ざかることだけを考えて走る。
「ケト、もう一回いけるか?」
「あと少しなら……」
ケトもあまり何回も戦えないのだろう。
体が段々と白くなっており、全身の黒い部分が少なくなっていた。
「帰ったらカップラーメンを買ってあげるから!」
「醤油、塩、味噌、博多ラーメンと家系に二郎系もサービスだよ!」
「煮卵ともやしとメンマもトッピング付きだ」
「ぬおー! 呪いが湧き上がってきた!」
まるでお湯が湧き上がるようにケトの体は白から黒へ変化していく。
呪いを貯めているのだろう。
「カップラーメンの恨みだー!」
何がカップラーメンの恨みかはわからないが、ケトが両手を広げると、今度はさっきより魔物たちが唸りをあげながら苦しみだした。
ケトが何をしたのかわからない。だが、何かから逃げるように魔物は踠いている。
中には何度も木に激突して、ケトの呪いから逃れようとしている魔物もいた。
「オイラもう限界……」
力を使い切ったのか、ケトは俺の肩で伸びていた。
これで魔物も振り切れただろう。
そう思い足をゆっくりと止めると、霧の向こうに赤黒い影が浮かぶ。
「魔物か!?」
警戒を強めるが近づいてくる様子はない。
ゆっくりと前に進むと、柱が二本見えた。
「鳥居か……」
どうやら鳥居があるところまで来ていたようだ。
何度もここに来ているが、相変わらず不気味さを感じる。
どこか懐かしく感じるとともに、見逃せない雰囲気に足が勝手に前へ出た。
胸の奥を糸で引っ張られるような妙な感覚。
まるで魚釣りの魚になったように引かれているような気がする。
突然、何かに躓くと俺はその場で盛大に転ぶ。
「にゃ!?」
抱えていたケトが悲鳴を上げて転がった。
俺はすぐに足元を見ると、倒れているお地蔵さんが目に入った。
「呪う――」
「あわわわわわわ!」
あえて触らないようにしていたお地蔵さんがその場で倒れていた。
胴体と頭部は離れており、首元には不自然な断面がある。
少し離れた場所にさ丸い頭が転がっていた。
転がっていた頭を拾うと思ったより重く感じた。
泥で滑るし、手の震えが止まらない。
『グルルルルル!』
そんな中、魔物が近くまで迫ってきていた。
「ふく、早く逃げるよ!」
「でもお地蔵さんが……」
これが本当の呪いってやつだろうか。だけど、そのままにしておいたらいけない気がした。
震える指で首の上に頭を戻す。
石と石が触れ合う感触。
〝カチリ〟と僅かに音が鳴る。
俺は地蔵にしがみつくように額を押しつけた。
「南無阿弥陀仏……!」
背後で獣の息遣いがすぐ近くまで迫る。
助けてくれと願いながら、心の中で必死に繰り返す。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……!」
『グルルルルル!』
もうダメだ。そう思った瞬間、突然音が消えた。
風も足音も咆哮もなく不自然な静寂。
恐る恐る目を開けると霧がゆっくりと晴れていく。
数歩先に飛びかかろうとしていた魔物たちが地面に崩れ落ちていた。
「えっ……?」
突然のできごとで理解が追いつかない。
ケトがやったのかと思い、視線を向けるが大きく目を見開いて驚いていた。
「ふく!」
霧の向こうから声が聞こえたと思ったら、シルたちが駆け寄ってくる。
「にゃあああああ! 死ぬかと思ったよおおおお!」
ケトが真っ先に飛びつき、泣きじゃくっている。
「もう、なにしてるの!」
シルは涙目で俺の腕を叩く。
怒っているのか泣いているのかわからない。
でも心配していたのは伝わってくる。
「ごめんなさい」
俺はその場で頭を下げる。
もう疲れて立つ気力もない。
「みなさん、無事で良かったです」
エルとサラも額から汗を流し、心配していたのが伝わってくる。
シルたちが来なければギリギリだった。
きっと魔物もシルたちが倒したのだろう。
「急にいなくなった時はヒヤヒヤしたね」
サラの言葉に視線が一点に集まる。
「ん? みんなどうしたの?」
「いや、サラがそれを言うんだなって」
「だってサラは呼ばれていただけだもん!」
サラは突然いなくなることが多かった。だけど、いつもこの鳥居の前に立っていた。
呼ばれていたっていうのも本当に何かしらの力で呼ばれていたのかもしれない。
「まものはふくがたおしたの?」
「いや、シルたちじゃないのか?」
「ちがうよ?」
シルは首を横に傾げていた。
他の妖怪たちに聞いても同じように首を横に振っていた。
「どうやって魔物が倒れたんだ……?」
特に体が傷ついた形跡もなく、突然倒れたように横たわっている。
「ひょっとしてお地蔵さんが守ってくれたのかな?」
「掃除をしなかったから怒っているんじゃない?」
そういえば、ケトの言うように初めてお地蔵さんを見た時から汚れているとは思っていたが、なるべく触れないようにしていた。
それから森の中の霧は深くなったし、魔物が多く出るようになった。
「きっとここを守っているのかもしれないな」
「そうじしていく?」
シルはポケットから雑巾を取り出した。
ここには水が出せるサラもいるからちょうど良い。
俺はシルから雑巾を受け取ると、サラの出した水をかけて磨いていく。
「うわー、真っ黒だね」
雑巾はすぐに色を変えて真っ黒になっていく。
頭が外れたから慎重に擦っているが、全く取れるような気がしない。
本当に祟りのようなことが起きたのかもしれない。
俺は再びお地蔵さんの前で手を合わせた。
「〝地蔵の祈りは帰還の鍵。さもなければ消える〟」
なぜか口が自然とあの祈りを捧げていた。
すると、突然鳥居が輝き出した。
「ふく!」
焦ったようにシルが叩くと、鳥居の奥に見知った姿が見えた。
『テッケケケケケッ!』
大きな鶏がキョロキョロとしながら走っていた。
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