Section3
Sierra
「それでは、この辺でそろそろ……」
アルフォンスはそう言うと、食事を終わらせるような合図をしてくれた。
私もマリエルももう食べ終わっているのでちょうどいいタイミング。
「ごちそうさま、とってもおいしかった」
「……マリエルさん、サンドウィッチおいしかったです」
私がそう言うと、エルナが私に合わせてマリエルにお礼を言った。
――でも、冗談ではなく、マリエルの作ったサンドウィッチはおいしかったと思う。
私は確かにいつも食べているけれど、飽きなくて食べやすい。
なんというか、マリエルの作るものはどれもさっぱりしている。
それが悪い感じではないので、マリエルは料理がうまいのだと思う。
エルナもアルフォンスもそう思っているのか、表情も満足した様子だったし。
そんなみんなの雰囲気を察したのかマリエルは答えた。
「皆さんのお口にあったようで良かったです。今度、エルスリール家のお屋敷に来たときにでもまた――」
「ええ、そうですね、是非お願いしたい」
「今度お見えになるのは……来週でしょうか?」
マリエルがそう言って私とエルナのほうに目を向けると、アルフォンスもこちらを向いた。
実際のところ、毎回どちらの屋敷に行くのかという事情は私たち二人で決めている。
なので、その場その場で予定が変わったりすると、両家の使用人や、もちろんマリエルやアルフォンスにも迷惑をかけることになりかねない。
私とエルナは顔を見合わせて話し合う。
「シエラちゃん、どうする……?」
「そうね……ちょっとお庭で散歩でもしながら考えない?」
私がそんな風に提案してみると、エルナは少し考えた後うなづいた。
「……うん、そうしよう」
私たちの話を聞いていたのか、マリエルもアルフォンスも納得した様子で微笑んでいた。
なんだかとても穏やかな感じで。
最近はコンサートが近いこともあって、忙しかったから、こんなにゆったりとした時間をすごせるのは久しぶりのことだった。
(――こんな時間がいつまでも続けばいいのに……)
きっとそれはありえない事なんだろうけど、不思議と思ってしまえるほど心地よかった。
……そんな時間をすごしていると、珍しくエルナが私に話しかけてきた。
「――シエラちゃん、そろそろお庭に行かない……?きれいな花が咲いてるから……」
「そうね、じゃあ少し外に出て予定を考えましょう」
ちょっと外の空気を吸うのもいいし、エルナと話すのもいいしね。
そう思って席を立つと、マリエルは私に言った。
「……お嬢様、私はここに居ますから、お庭の散歩が済みましたら戻ってきてくださいね」
「私もここに居ますので……エルナお嬢様、シエラ譲と散歩を楽しんできてください」
マリエルが言うのに合わせて、アルフォンスもエルナに同じ事を言っていた。
それじゃあエルナと一緒にお庭で散歩をしようかな。
と、そんなことを思っていると、エルナは私の手を握って言う。
「シエラちゃん、行こう……?」
「……う、うん、じゃあ行こうかな」
半ばエルナに引っ張られる形でついていく私。
なんだかエルナって、妙なところで強引というかなんと言うか……
私はそんなエルナを前に、庭に向かった――
「シエラちゃん、こっちだよ!」
「ちょっとエルナ、待ってー!」
外に出るなりエルナは庭の中を走り回っていた。
エルナの家の庭も広く、周りの草木も背が高いので注意しない私の屋敷以上に迷ってしまう。
(――これじゃ追いかけっこね……)
私はそんなことを思いながらエルナを追いかける。
エルナは庭に来る前に見せたいものがあると言っていたんだけれど……
時間はたっぷりあるんだから、そんなに急ぐことないのに。
「シエラちゃん、ここにきて!」
やっとのことでエルナは立ち止まる、見かけによらず体力あるから困るのよね。
「……エルナ、そんなに急いで見せたいものって何なのよ……」
「うぅ……ごめんねシエラちゃん……でもほら、みて!」
「その前に、大体分かってるなら最初から歩けば――」
私がエルナに注意しようと思ってエルナのほうを見ると、そこには目を奪われる光景が広がっていた。
――エルナが立っていたのは、噴水の前。
噴水の周りには色とりどりの花が咲いていて、その中に居るエルナはまるで――
「シエラちゃん、どうかな……?この周りのお花は私が植えたんだよ」
そういいながらエルナは噴水の前で一回りした後、私のほうを向いて微笑んだ。
エルナがくるりと回り、ドレスがふわりと舞い上がるその光景は、周りの景色と混ざり合って……何かの舞台劇を見ているようだった。
たぶんこの光景は……一生、いや死んでも覚えていたいくらい美しくて綺麗だと思う。
今日のこの日々を私は決して忘れないと心に誓った。
「シエラちゃん……?」
私はエルナに話しかけられて現実に引き戻される。
「……え?エルナ、どうしたの?」
「どうしたのって……シエラちゃん、ひどいよ……私が聞いてたのに」
「……ええと――」
あ……なんかまずいことしちゃったみたい。
(――ええと、何のことだったっけ……?)
……何を言われてたのか全然思い出せない……
必至に思い出そうとするけど、思い出すのはさっきのエルナと噴水の光景ばかり。
しばらく考え込んでいたけど、エルナは私が何を考えているのかに気づいたのか口を開いた。
「シエラちゃん、何も言ってくれないなんてひどいよ……もう知らないっ!」
「あ!エルナ、ちょっと待ってよ!」
私がそう言うのを待たずに、また噴水の奥の庭のほうへと走っていってしまった。
(――う……やっぱり正直な事を言ってあげないと駄目だよね、なんか恥ずかしいけど……)
エルナはたまにこういうことでちょっと意地を張ってしまうと、なかなか気分を直してくれない。
子供みたいにすねちゃうというか、それがかわいいんだけど……
エルナは自分のことを見ててほしいんだよね。
そんなことを思いながら、エルナが走っていった方向に言ってみるけれど、やっぱりどこへ行ったのか分からない。
迷路のようなラインブルクの庭の中で手当たり次第にエルナを探す。
そして、しばらくして――
(――あれ?私どっちから来たんだっけ……)
エルナを探している私が迷ってしまった。
実際迷ったとはいえ、周りが全て草木で覆われているというわけではないので、マリエルたちが居る屋敷さえ見つけられれば戻ることは出来る、と思う。
ただ、やっぱり戻る前にエルナを探してちゃんとさっき答えられなかった理由を言わないと……
もしかしたらエルナはもうマリエルたちの所へ戻っちゃってるかもしれないけど、多分それはないと思う。
……なぜならいつもエルナは、何か揉め事とか嫌なことがあった場合はどこかに一人で居ることが多いから。
おおよそこの庭の中のベンチかどこかで一人で居るに違いない。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、案の定、やっぱり居た。
庭の中にある小さな建物、アフタヌーンティーをたしなむ場所にエルナは座っていた。
私はそっと後ろから近寄りながら、やさしくエルナの肩をたたいて話しかける。
「――エルナ、さっきはごめんね……」
「……シエラちゃんなんか知らない……」
どうやらまだ怒ってるみたい。
ちょっと恥ずかしいけど、誤解は解いたほうがいいよね。
「……あのねエルナ、さっきのことなんだけど」
「……」
エルナは黙ったまま私とは反対の方向に顔をそらす。
そんなよそよそしさを振舞うエルナを見ると、何だか少し悲しくなった。
早く仲直り、しないとね。
「さっき、エルナが噴水の前で私を呼んだでしょ?その時ね、その……なんていうか、思わず見とれちゃって……」
「……え?」
「こんな事いうの恥ずかしいんだけどね、エルナがあまりにも周りの景色に合ってたから、なんだか物語に出てくるようなお姫様見たいな感じがして――」
「だからエルナが言ったこととか、聞きそびれちゃったみたい、ごめんね……」
「――シエラちゃん……本当にそうだったの……?」
エルナは不思議そうに、私の顔を覗き込んでくる。
そんな風に上目遣いで見られると、なんだか少し恥ずかしい……
「うん……その、本当にごめんね」
「シエラちゃん、私もごめんなさい……何だか一人で勘違いしちゃって……」
「ううん、気にしないで!元はといえばちゃんと聞かなかった私が悪いんだし」
「私、シエラちゃんにひどい事言っちゃった……」
「だからエルナ、もう気にしないで……ね?」
私はエルナを慰めるようにやさしく話しかける。
こうでもしないと、本当にエルナは泣き出しちゃいそうだし。
「じゃあ、もうだんだん暗くなってきちゃったし仲直りしよう」
「……うん」
そう言って私は座っているエルナのほうを向きながら、手を差し伸べる。
エルナは私の手を取りながら立ち上がると一言『お屋敷に戻ろう……?』とだけ言って歩き出した。
……いつものように私の手を強引に引っ張りながら。




