Section2
Erna
「……アルフォンス、シエラちゃんはいつ来るの……?」
「予定では午後1時過ぎと聞いています、そろそろだと思いますよ」
「そうなんだ、ありがとう」
「いえいえ、何かわからないことがあったら聞いてください」
「うん……またお願い」
――今日はシエラちゃんが来る日。
先週は私がエルスリール家まで行ったけど、今日はシエラちゃんが来てくれる。
そのおもてなしのために、屋敷中は大忙しで準備に追われているみたい。
(もう1時になるから、そろそろだよね……?)
シエラちゃんが時間通りにくればもうそろそろ来るはずなんだけど……
「……エルナお嬢様――」
「アルフォンス、どうしたの……?」
「シエラ嬢がお着きになったようです、お迎えにあがりましょう」
思っていた矢先、シエラちゃんが着いたみたい。
シエラちゃんは…玄関で待ってるんだよね。
「……うん、玄関でいいの……?」
「はい、構いません……それでは行きましょうか」
アルフォンスはそう言うと、ソファーの上にあったコートを着て、廊下に出ていく。
私もアルフォンスについて行きながら、廊下に出て歩き出した。
(――今日はどんなことをお話しようかな?)
週に一度しかないこの時間はあんまり無駄に使いたくない。
……でもやっぱり頭に浮かんでくるのはコンサートのことばかり。
そんなことを考えながら玄関に続く階段を下りていく。
階段を下りる途中、シエラちゃんが乗ってきた馬車が見えた。
馬車には人影が見えなかったので、たぶんもう玄関で待っててくれてるんだと思う。
階段を下りて玄関まで来ると、アルフォンスが家のドアを開けてシエラちゃんに挨拶をした。
「……シエラ嬢、それにルメルシエ、よくぞお出でなさいました、さあ中へどうぞ――」
アルフォンスは二人に挨拶すると私のほうを振り返った。
(――挨拶、しないと)
私は二人に挨拶しようと思い、口を開こうとした途端、シエラちゃんが言った。
「エルナ、元気だった?」
「……う、うん、元気だよ」
「うーん、ホントに?」
そう言ってシエラちゃんは私の顔を覗き込んでくる。
……なんだかちょっと恥ずかしい。
「突然言われたから、ちょっと口ごもっちゃって……」
「あ、ごめん……ちょっと心配で……」
シエラちゃんは私のことを心配してるみたい。
……私もちゃんと言わないと。
「大丈夫だよ、気にしないで、シエラちゃんは元気だった……?」
「私は元気だよ、マリエルもいるし……」
そういえば、当たり前のことだったから気がつかなかったけど――
……私もアルフォンスがいてくれるから何とかやってこれてるんだよね。
お母さんもお父さんも、私が小さいときに殺されてしまった。
首謀者はシュヴァルツの刺客だと言われていて、私もそう思っている。
私は元々ブロンシェルの出で、もちろん両親もブロンシェル出身。
50年前に戦争がありブロンシェルは負けて、それ以後戦勝国のシュヴァルツとは対立している。
私の家、ラインブルク家は元々ブロンシェルでも相当の権力を持っていた。
私のお父様は、私たちの国、アルジェントの当時の国王と親しくて一族共々アルジェントに招き入れられたんだけど……
……招き入れられてから数ヵ月後に両親は何者かに襲われてしまった。
当時から何かとシュヴァルツは行動を起こしていて、今でも一歩間違えば戦争になるほどブロンシェルとシュヴァルツの仲は悪い。
だから多分、シュヴァルツが敵対するブロンシェルのラインブルク家に目をつけたんだと思う。
それに、遺留品などから、アルジェントのものではない武器なども見つかっている。
ブロンシェルの人間が犯人とも考えられなくはないけど、やっぱりつじつまが合わない気がするし……
両親が亡くなってからはずっと、何かとアルフォンスに頼ってきた。
力は弱まってしまったけれど、ラインブルク家が今アルジェントの内政に関われているのはアルフォンスのおかげだから。
私は……政治のこととかは全然分からないからピアノを頑張っているけれど――
「……エルナお嬢様、お二人をお部屋に案内してあげては?」
アルフォンスに言われて私は気がつく、二人は玄関で立ちっぱなしだった。
(――そうだ、忘れちゃってた)
「え、えっと……シエラちゃん、アルフォンスとマリエルさんもお部屋にどうぞ」
そう言って私はみんなを部屋に案内する。
「いつもありがとね、エルナ」
「ううん、シエラちゃんも部屋に入れてくれてるし……」
そんな話をしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「……あの、お楽しみのところ大変申し訳ないのですが……こちらにマリエルさんがいらっしゃるというのは本当でしょうか?」
家の使用人……メイドたちが尋ねてきた。
アルフォンスが部屋の扉を開けると、マリエルさんが答える。
「はい、何でしょう……?」
「ご迷惑かもしれないのですが、またお食事の用意を指導してもらえないでしょうか?」
「……ええ、わかりました、いいですよ」
マリエルさんは快く答える。
そういえば……この前も食事の時にでマリエルさんは呼ばれていたんだよね。
(――マリエルさんは、料理とかが上手なのかな……?)
わざわざ使用人たちに呼ばれちゃうことを考えれば上手なのだろうけど……
ちょっと気になるかも。
「……それでは皆様、私は少し席を外しますので――」
「分かりました、ルメルシエ、使用人たちをお願い致します」
アルフォンスがそう言うと、マリエルさんは使用人たちに引っ張りだこにされて連れられてしまった。
(――よっぽど気に入られてるみたい)
部屋には私とシエラちゃんとアルフォンスの3人になって、静かな空気が流れる。
決して気まずい感じではなく、ゆったりとしている感じ。
そんな空気の中、シエラちゃんが口を開いた。
「……エルナ、今度のコンサート絶対成功させようね!」
「うん、そうだね。私も成功させたい」
「と言っても、私たちが一緒に合わせるわけじゃないんだよね……」
そう、コンサート自体は一人一人が演奏していくから、アンサンブルをしたりするわけではない。
本当はどちらかが声楽をやってアンサンブルとかしてみたいんだけど……
「エルナ、今度機会があったら一緒に合わせようよ!」
「……え?」
「だから、どちらかがピアノ弾いてどちらかが歌うの」
私が思っていたことをシエラちゃんがそのまま言ってくれるなんて……
なんだかすごく嬉しい。
「うん!いいよ、私もやりたい!」
「エルナが歌で、私がピアノで――」
「うんうん!でも……うまく歌えるかな?」
「練習すれば大丈夫、歌えるようになると思うよ」
コンサートも成功させたいけど、シエラちゃんとのアンサンブルも一度してみたい。
……でもやっぱり、まずはコンサートだよね。
コンサートで成功して名を広げれば、文芸の国ブロンシェルからじきじきに招待がかかって、ブロンシェルの大きなコンサートホールで演奏することができる。
毎年、大体3、4人ほどがブロンシェルへ演奏家が招待されてるんだよね。
「シエラちゃん、コンサートも成功できるかな……?」
「うん、きっと成功するよ、練習だってちゃんとしてるし……一緒に成功させてブロンシェルに行こう!」
「そうだね、ブロンシェルで演奏してみたい……」
「ブロンシェルの首都で演奏できるんだよね……ってあれ?ブロンシェルの首都ってどこだっけ?」
シエラちゃんが考え込んでいたので、私が答えようと思ったんだけど――
(ブロンシェルの首都は確か……どこだっけ……?)
私もシエラちゃんも忘れてしまい、困っていたところでアルフォンスが口を開いた。
「……クォンツィア、ですよ」
「そうだった、クォンツィアだよね……アルフォンスは物知りね」
「国家の内政だけでなく、国外も知っておかなければ政治家は務まりませんので――」
「……確か、私お父様から聞いたのだけれど、シュヴァルツに最近動きがあるって本当なの?」
シエラちゃんがアルフォンスにシュヴァルツについて聞いているけれど、動きがあるって何だろう……?
「……そうですね、ちょうどいい機会なので今の近隣国の歴史なども含めてお話しましょうか」
私たちは黙ってうなずくと、アルフォンスは少しずつ話し始めた。
「まず、私たちの今いる国、アルジェントは北にシュヴァルツ、西にブロンシェルと両大国と接する位置にあります」
「……しかし、それよりも挟まれた位置にあり、両国の均整を保っている位置にあるのがミネラドロワです」
「ミネラドロワって…工業が発展している国だよね?」
シエラちゃんがアルフォンスに訪ねる。
確か、ミネラドロワはシュヴァルツとブロンシェルとの間にあって、30年くらい前に産業革命があり、飛躍的に工業が発展した国だったはず。
「はい、そうです、ミネラドロワは豊富な資源を元に主に武器などを生産してブロンシェル、シュヴァルツ両国に輸出して国をまかなっています」
「元々ミネラドロワは、さらに北にあるグリスから40年ほど前に独立したもので、それから飛躍的に工業を発展させました」
アルフォンスは、私たちの様子を伺いながら話を続ける。
「……ここで重要なのは50年前の戦争です」
50年前の戦争――
私の昔住んでいたブロンシェルも、戦争でほとんどの土地が荒廃してしまったと昔から聞いていた。
それはもう……ひどい有様で、いまだに復興されていない場所もあるほどらしい。
両親も戦争を体験したわけではなかったけど、伝えられている話を聞いたのだと思う。
「当時のブロンシェルとアルジェントは、今よりもとても大きく互いに同盟国で、逆にシュヴァルツとグリスは小さく、あまり大きな力を持っていませんでした」
「もちろんシュヴァルツとグリスも同盟国でしたが、当時はまさかその両国がブロンシェルとアルジェントに勝利するとは誰も思ってなかったでしょうね」
「……じゃあなんでブロンシェルとアルジェントは戦争に負けたの……?」
私がアルフォンスに質問すると、その理由をアルフォンスは語ってくれた。
「そのころには、アルジェントの北にはもう一つラミールという小さな国があったのです」
「ラミールは当初ブロンシェル・アルジェント側につくと思われていたのですが、戦争が始まると同時にシュヴァルツ・グリス側に回りました」
「それが原因で、不意を突かれたブロンシェル・アルジェントは混乱に陥り、崩されていったのです」
そんな話があったなんて……知らなかった。
……でも、そういえば今はラミールという国はなかった気がする。
(――ラミールはどうなっちゃったんだろう……)
その疑問はシエラちゃんの質問で解消された。
「あれ?でも、戦勝国のはずのラミールって国は今はないよね?」
「はい、ラミールはシュヴァルツの独裁者ディクタベルトによってちょうど15年前に併合されてしまいました」
「そうなんだ……シュヴァルツの領土は相当広くなったの……?」
「……戦争の前の2倍近くまで増えたみたいです」
「それで戦争に負けたブロンシェルとアルジェントは、領土を相当奪われちゃったのね……」
ちょっと落ち込んだ様子で、シエラちゃんは言う。
「そうですね、特にブロンシェルはグリスとシュヴァルツにかなりの領土を奪われました」
「それからの関係はほとんど変わらずで、依然、シュヴァルツ・グリスとブロンシェル・アルジェントはあまり関係は良くはありません」
「……それで、その間にあるのがミネラドロワってことなのかな……?」
私はアルフォンスに聞いてみる。
アルフォンスは私のほうを振り返って微笑みながら答えた。
「そういうことなのですお嬢様、よくお分かりになりましたね」
「……ありがとう、アルフォンス」
「いえいえ……さて、こんな感じですが隣国の歴史はお分かりになりましたでしょうか?」
「うん、よく分かった!アルフォンスありがとね」
シエラちゃんがそう言ったので、私も黙ってうなずく。
「それで、先ほどシエラ嬢が言われたシュヴァルツに動きがあるとのことなのですが……」
「やっぱり何か動きがあるの?」
シエラちゃんはよほど興味があるのか、アルフォンスの話に聞き入りながら答えた。
……でも正直、シュヴァルツに動きがあるというのは少し怖い気がする。
下手をすればまた戦争になって、ブロンシェルもアルジェントも戦場になるかもしれない。
「はい、どうやら動きがあるみたいです、私も詳しくはまだ分からないのですが、ミネラドロワ絡みの問題のようです」
「……ミネラドロワ?中間にある国がなんで問題になるの……?」
疑問に思ってアルフォンスに聞いてみる。
「お嬢様……中間にあるからこそ、ですよ」
中間にあるからこそ……?
ミネラドロワはブロンシェルともシュヴァルツとも貿易をしているんだよね。
それで、ミネラドロワは豊富な資源を使って武器を生産している、という話だったはずだけど……
(――あれ?豊富な資源ってことは……あ!)
「その豊富な資源を狙ってるってことかな……?」
「その通りですよ!お嬢様」
アルフォンスに誉められちゃった。
なんか少しうれしい。
「これは私の推測に過ぎませんが、シュヴァルツはミネラドロワの豊富な資源を狙っていて、現在水面下で行動を始めているようなのです」
「これに対してブロンシェルも緊迫しており、もちろん当のミネラドロワも何か打開策を見出そうとしているかと思われます」
「そうなんだ……周りの国でそんなことが起きていたなんて……」
「うん……私もちょっと怖い……」
私たちは黙り込んでしまう。
そんな不安な気分でいる私たちを見て、アルフォンスは口を開いた。
「すいませんね、なんだか変な話をしてしまって……」
「ううん、でも隣国の状況が分かってよかったと思う、お父様が言っていた疑問も解けたしね」
シエラちゃんがそう言うと、ちょうどそのタイミングでドアがノックされた。
「――失礼いたします、マリエルですが中に入ってもよろしいでしょうか?」
「……あ、マリエルが帰ってきたみたいね」
「ええ、どうぞ……空いていますので入ってもらってかまいませんよ」
アルフォンスがそう言うと、使用人たちがドアを開けてマリエルさんが部屋に入ってきた。
「皆さん、昼食の用意が出来ましたので食堂へどうぞ」
「そういえば今日は食事会、でしたね」
部屋で話していたから忘れちゃってたけど、今日は食事会だったんだよね。
私もちょっとお腹がすいてきちゃった。
「それでは食堂に行きましょうか」
アルフォンスがそう答えて、私とシエラちゃんはついて行く。
使用人たちとマリエルさんに案内されるような感じで私たちは廊下を歩いた。
(――今日のご飯は何だろう……マリエルさんが作ったりとかもしたのかな……?)
そんなことを考えてるとシエラちゃんが私に話しかけてきた。
「エルナ、マリエルは料理が上手だから、たぶん何か作ってくれたんだと思うよ」
「……え?そうなの……?」
「うん、マリエルの作る料理とってもおいしいの、この前なんて料理長も驚いてたんだよ」
(――やっぱりマリエルさんは料理が上手だったんだ)
でもそうだよね、シエラちゃん専属のメイドだし。
私は何でもかんでもアルフォンスにまかせっきりだけど、シエラちゃんはお父様の後を継ぐために勉強してるんだよね。
マリエルさんからいろんなことを教わって、ピアノの練習の傍ら勉強までしてるなんて……
やっぱりシエラちゃんもマリエルさんも、そして頼りっぱなしのアルフォンスもすごいと思う。
……それに比べて私は――
「エルナ?どうしたの?」
「……ううん、なんでもないから」
「なんか落ち込んだような顔してるけど……何か私悪いこととか言っちゃったかな?」
「え!違うよ、そんなことないから、大丈夫」
「そっか……ならいいんだけど、何かあったら私に言ってくれてもいいからね……?」
「うん、ありがとうシエラちゃん、でも本当に大丈夫だから気にしないでね」
またシエラちゃんに心配されちゃった。
私って考えてるとすぐ顔に出ちゃうのかな……
そんな風に考えてシエラちゃんと話しているうちに、私たちはちょうど食堂の前まで来ていた。
アルフォンスが扉を開けて、私たちを席に着かせる。
一人一人座っていき、みんなが席に着いたところでマリエルさんが口を開いた。
「今日のランチのサンドウィッチは、まことに勝手ながら私が作らせていただきました、お口に合えばよろしいのですが……」
「――おいしい」
最初に口を開いたのはシエラちゃん、やっぱりマリエルさんの料理はおいしいのかな。
私はそう思って、サンドウィッチを少し食べてみる。
(――本当においしい……程よくスパイスがかかってて風味がある感じ……)
風味はオリーブがよく出していて、全体的に食べやすい。
「……マリエルさん、これおいしいです」
「ありがとうございます、お口に合ってよかったですよ」
「アルフォンス様はどうでしょうか?お口に合われましたでしょうか……」
「ええ、これはおいしいですね、わざわざ作っていただいてもらって良かったです」
アルフォンスはマリエルさんが作ったサンドウィッチの味に驚いた様子で答えた。
ここまでアルフォンスが正直な感想を述べるのも珍しい気がする。
やっぱりマリエルさんってすごい人なのかもしれない。
「それにしてもマリエル、どうしてサンドウィッチしか作らなかったの?」
「……お嬢様、私はお手伝いをしただけなのです」
「うーん、でももっとマリエルの料理をみんなに食べさせてあげればよかったじゃない、わざわざラインブルクの使用人にまで呼ばれてたんだし……」
「お嬢様、ラインブルクにはラインブルクのお仕事があるのですよ」
「まあ、確かにそうだと思うけど……」
なにやらシエラちゃんはちょっと不満みたい。
シエラちゃんはマリエルさんの料理をよほど私たちに食べてもらいたかったのね。
それにしても、マリエルさんとシエラちゃんのやりとりも何だか面白い。
まるで母と娘みたいな……感じで。
……私にはもういないお母様。
顔も知らないし、話したこともないけれど……
シエラちゃんとマリエルさんを見てると、不思議とそんな気がしてくる。
(――お母様って、きっとこんな感じだったんだよね)
何だか少し……悲しくなるような――
……でもそして、寂しくもあるような――
「……エルナ?」
「……え?」
「大丈夫……?なんか悲しそうだけど……」
気づいたらみんなは私のほうを向いていた、もちろん、マリエルさんもアルフォンス含めて。
「エルナお嬢様、どうかなされましたか?」
アルフォンスも心配そうに聞いてくる。
あらら、またみんなに迷惑かけちゃった。
何で私はすぐに顔に出しちゃうんだろう……
「皆さんごめんなさい……ちょっと考え事をしていただけだから、心配しないで」
「でもエルナ、さっきも落ち込んでたようなな感じだったじゃない、本当に大丈夫……?」
「大丈夫大丈夫、ほんとに大したことじゃないから……」
「うーん、じゃあ、次なんか考え事してたら聞いちゃうからね?」
「……うん、わかった」
シエラちゃんに釘を刺されちゃった……
次からは極力考え込まないようにしないとね。
私はそう思いながらご飯を進めた。




