弐ノ参夜 肝試し
「――とどめだ」
怪奇の動きを封じ、刀で斬る。この戦い方にも随分慣れてきたように思う。毎日怪奇の討伐に繰り出されれば、否が応でも慣れるものだと言われればそれまでだが。
この日も万のいう任務を終え、辺りは夜の静けさが戻っていた。僕は何気なく振り向く。入佳の様子が気になった。
「……入佳?」
呼びかけても返事はない。ただ、重ねられた手が小刻みに震えている。具合が悪いのかと肩に触れようとした矢先、口を開いたのは万だった。
「むぅ……しかし変じゃのう。
入佳の意志は十分強い。いつでも魔法少女になれるハズなんじゃが……」
万は自身の顎に触れつつ入佳を不思議そうに凝視する。万が言うように、あれから数日経ってもまだ入佳は覚醒していない。僕としてはあまり気にしていなかったが、いざ口にされると確かに不思議にも思えた。
「まだ何か足りないのか?」
「予想はあるが……まだ言い切れんのう」
人差し指と親指で顎を擦りながら万が現場を立ち去ろうとした。その瞬間――入佳の目の前に怪奇が真っ逆さまで落ちてきた。
「きゃっ」
入佳は驚いて後ずさり、転んでしまった。
「まだいたのか」
すると、胸元の装飾が淡く光る。
装飾から顔出した柄を迷いなく引き抜き、そっと鞘へ刀を収めれば、どこからかチリリン!と鈴の音が響く。
と同時に髪が伸び、結んでいた輪っかが解け、装いは可憐な衣装に生まれ変わる。刀から小刀へ姿を変えたそれを筆で円を描くように真正面に二度振り回した。
その軌跡に沿って大ぶりの鈴が現れた。
そっと頭に飾れば、もう一度澄んだ音を鳴らした。
「――よし」
地面を蹴り怪奇めがけて刀を振るう。切り裂かれた怪奇は呆気なく塵となって崩れた。小刀は光の粒になって装飾の中に吸い込まれるように消えていき、あたりは静寂だけが残る。
変身を解いて入佳の方を見る。
――動いていない。
「入佳?」
声をかけると、びくりと肩が跳ねた。
「え、ええ。平気よ」
そう言って立ち上がろうとするが、足にうまく力が入らないようだった。そっと手を差し伸べると、入佳は僕の手を掴みヨロヨロと立ち上がる。
「……ごめんなさい。
あたし、やっぱり怖いみたい」
「なるほどのう?」
いつの間にか万もすぐ後ろまで来ていた。
「あたし、海岸の時も怪奇に襲われかけて、あなた達に迷惑をかけたでしょう?
藤の森で狐の怪奇に遭った時、あたし、あんなに恐ろしいものに立ち向かえるのかしらって、不安になってしまったの。また気を失って成さん達を困らせてしまったらどうしようって……」
「恐怖じゃな」
「やっぱりあたし……向いてないのかも」
万は俯く入佳を見ながらしばし考える。やがて入佳の肩に手を置くと、優しく声をかけた。
「まあそう落ち込むでない。
成だって初めて怪奇に遭遇した時は、土蜘蛛に食われかけてビクビク震えておった。
それはもう生まれたての子鹿みたいにのう――」
万の胸ぐらを掴み、顔の前まで引き寄せた。
「余計だ」
「ははは。成長したと言っとるんじゃよ〜」
軽口を叩く万のかたわら、入佳は少し元気を取り戻したようだった。
「ごめんなさいね。少し弱気になってたわ」
万は崩れた襟元を直しながら、微笑む。
「ま、無理は禁物じゃぞ」
☽
本日で何度目の任務だっただろうか。
「きゃ――!」
怪奇に怯えて、入佳の腕が思わず万にしがみつく。
「怖いかの?」
「……っ」
入佳は目を瞑ったまま喋らない。その合間に僕は怪奇を斬った。すぐに怪奇は片付けられたものの、入佳はまだ怯えきって万から離れない。
「あとおぬし、ちぃと肉をつまんでおる」
驚いて、入佳の手がバッと離れる。
「やだ、ごめんなさい!痛かったでしょう?」
万は「大した事ない」と笑っているが、入佳は申し訳なさそうに腕をさすり続けている。
「ただ……いつまでも慣れぬ訳にはいかんのう。
授業をせんか?名付けて怖いの克服作戦じゃ!」
「――へ?」
☽
万に連れてこられたのは、雨上がりの竹林。道の先は闇に呑まれ、月明かりだけが差し込んでいる。
「肝試しにはちょうどよかろう」
万が愉快そうに笑う。
「出口まで辿り着けたら成功。途中で引き返したら負けじゃ」
「い、いつでも大丈夫よ」
合図と同時に入佳は歩き出した。その横を何も言わずに追い越していった万の口角は悪意に満ちた上がり方で、悪戯心を隠す気もない。
嫌な予感しかしない。
「――まあ。成さんも着いてきてくれるの?心強いわ」
「別に……アイツが何するか分からないし」
風で竹がしなり、葉は音を鳴らす。濡れた石畳が月明かりを反射して、足元だけが淡く光る。
水と青い葉の匂いが、湿気を含んだ空気と静かに漂っていた。
「ひゅ〜。どろどろ〜」
どこからか万の声がした。分かりやすいことに、声色も変えずに面白そうに笑う声は、驚かせる気はあるのだろうかと悩まざるを得なかった。
「うらめしやじゃ〜!」
「きゃああああ!?」
万が竹やぶから飛び出し、入佳は見事に驚く。僕の周りをくるくる回りながら万が追いかけ、入佳は逃げる。……何を見せられているんだろう。
やがて満足したのか万はどこかへ消えていった。入佳は胸に手を当て小さく息をつく。
「取り乱してしまってごめんなさい」
「別に――」
別に気にしてない。そう言おうとした。道のわきに生えた長い草が風に吹かれ、入佳の首筋を撫でる。入佳は短く甲高い声を上げ、僕にぴったりと肩を寄せた。触れた肩はまだ震えている。
「そうまで怖がって、何故克服しようとする?」
震えた肩をそっと離し、入佳は僕を見て首を傾げた。「何故って?」とでも言いたげに。
「怖いなら逃げたらいい。別にアイツだって強いてる訳ではないだろうし、無理して魔法少女にならなくてもいいだろ」
入佳は考える間もなく、すぐに答えを返した。
「だって――人助けがしたいんですもの」
「そんな事になんの意味がある?」
今度はすぐに答えを出さず、入佳はしばらく黙り込んで考えていた。意味らしい意味を探しているのかと思ったが、どうやら違った。
「例えば……飛ばした竹とんぼが木に引っかかって泣いている子がいた時。その竹とんぼはその子にとってとっても大事なもので、替えがきかないものだったとして。そんな事、あたし達には分からないわ。だけどもしも誰もが見て見ぬふりをしてしまえば、その子はきっとすごく悲しむわ。泣きながら帰ることになるかもしれない。
あたしはその顔が見たくないのよ。人が悲しむ顔より、笑った顔の方が成さんだって気持ちが良いでしょう?」
「まあ……」
確かに、万がずっと泣きぐずってる様な男だったら面倒臭いかもしれない。入佳が言いたいのはそういう意味じゃないかもしれないが。
……そういや花火大会のあの日、万も楽しそうにしていたな。笑顔だった。いつもの薄ら笑みなんかじゃなくて。
「――だから花火師なのか」
「ええ!会場の皆さん、楽しんでいたでしょう?」
入佳は嬉しそうな笑顔で手を打つ。もう震えは収まっているようだ。
「ありがとう成さん。あなたと話していたおかげで随分落ち着いたわ」
「僕は何もしてないが――」
入佳が僕の手を取り、引っ張るようにして連れていく。
「行きましょう成さん?一緒にゴールを目指しましょうね!」
そう言いながら竹林の奥を目指して、先程より足取りは軽く、細い一本道をぐんぐん進み始めた――
――べちっ。と、ぶら下げられた何かが入佳の顔面に張り付いた。入佳が叫ぶ。
「きゃー!?」
「ただのコンニャクだ。」
☽
結論を言うと、僕らは一応出口まではたどり着けた。けれど、最後の方はほとんど入佳が耳を塞いで竹林を駆け抜けていくだけで、驚かすために万が用意した仕掛けも彼女の平手打ちで退けてしまった。これでは意味がないと万は思ったよう。入佳は申し訳なさそうに首を垂らしている。
「……やはり、慣れるためには実践じゃの」
「実践?」
「ワシが思うに、入佳は戦った事がないから怖いのじゃ。戦って沢山経験を積めば、怪奇も強敵ではなくなる。
一度当たって砕けてみよ。入佳よ」
「砕けたらダメだろ」
「……が、頑張るわ」
入佳は怯えながら、それでも握りこぶしを強く握って真っ直ぐに万を見た。
「その意気じゃ。丁度月も赤いことだしのう」
……違う。実践させたいんじゃない。コイツは強敵が出たから戦力が欲しいだけだ。
「しかし、ここから目的地まで歩いていくとなると、丸一日かかる」
「遠くないか?」
「じゃが、心配ご無用!ワシが用意しておいた乗り物さえあれば、たった一時間で着けるぞ」
万は小さなお化けの姿に入れ替わり、同時にその乗り物とやらを煙でポン!と出してみせた。真っ赤な座席に黒い屋根がついた……人力車というものだろうか。二人乗りの。
「ホントに一時間で着けるのか?」
「空を飛ぶ人力車だからのう。虎よりずっと早く走れるぞ」
「まあ。ありがとう、可愛らしいお化けさん!」
「ワシは万ぞ?」
人力車に感動した入佳は浮遊している小さな万をそっとすくい、柔らかい笑顔を向けた。万と目の前のお化けは別人物だと思っているようだった。だとしたら万はどこに消えたんだ。
「暇な時間はあやとりでもして潰せばよかろう。さて、出発するぞ」
人力車に二人して腰掛けると、万は人力車の梶棒に小さな手を乗せ、万の合図でゆっくり人力車は動き出す。そして、地面を転がっていた車輪がふわりと宙に浮かぶと、どんどん加速して地面を離れていった。
「結構速いな……」
「ねえ成さん。あやとりはできる?」
「名前も聞いたことがない」
「そうなの?じゃああたしが教えるわ」
初めての乗り物だったせいか、身体が変に緊張して落ち着かなかったが、あやとりという誘いにいざ乗ってみるとすっかり緊張を忘れ、長くなりそうだと思っていた数時間もあっという間に過ぎていった。




