弐ノ弐夜 二人目
万の袖を引き、耳打ちする。
「魔法少女ってことは、あの娘も怪奇の血が流れているのか?」
「かなり昔の、遠い親戚から受け継がれてきた古い血じゃの。彼女の代では妖力はほぼ失われておるが……付喪神の力があれば問題なかろう」
「二人とも、どうかしたの?」
娘の声に万は向き直り、咳払いをひとつする。
「――こほん。つまりおぬしには怪奇と同じ妖力が眠っておる。魔法少女になればそれを開花させ、怪奇と対等に戦う資格を持てるという訳じゃ。
おぬしにはその魔法少女になってもらいたい」
「あなた達……何者なの?」
「ワシは童万。怪奇じゃ」
僕の時より堂々と明かすんだな。この怪奇。
「……魔法少女だ」
少女はしばらく考え、やがて万の方を見た。
「万さん。あなたは怪奇なのに、どうして魔法少女を増やしているの?」
「ワシは人助けが大好きな心優しい怪奇じゃからなあ」
あからさまに嘘だ。酒に酔っている時のようにくねくねして笑っている。こんな信じられる要素のない妖怪を誰が信じると思っているのか。
「人助け……ええ、素敵なことだわ!」
……は??
「あのな。コイツは人じゃないんだぞ。なぜ信じる」
「でも、この前助けてくれたわよね」
「利用されてたらどうする。後々言われてもないことを後付けで付け足して理不尽な要求を強いてくるかもしれない。よく聞く詐欺の手口だ」
「少しは信じてくれるんじゃなかったかのう!?」
「「少し」の基準は人それぞれだ」
「聞いとらんぞ?」
「聞かれなかったし」
視界の端で娘の柔らかい含み笑いが聞こえてくる。「仲良しね」と少女が言うと、決心したように和傘を握った。
「あたし、魔法少女になるわ。あたしも困っている人を助けてあげられるような、そんな素敵な人になりたいの。
それに……魔法少女さんの衣装をあたしも着てみたい――なんてね」
「だから、」
「――契約成立じゃな」
万が和傘に触れると、傘はみるみる姿を変え、刀の時のように可愛らしい装飾が飾られ、穴だらけの姿から一変し真新しくなった。娘は目を大きく開いて輝かせている。……気に入ったようだ。
「これから一緒に戦う仲間として、よろしくね。魔法少女さん。
……ええと、あなたをなんて呼んだらいいかしら?」
もう仲間意識を持たれている。……ただ、あれこれ言う気力は失せた。
「日ノ出成。成でいい」
「ええ、成さん。その小刀、とても可愛らしいわね。誰かから貰ったの?」
「これは……」
「家族からじゃ」
「違う」
「名をヤマタノ蜘蛛斬り刀という」
「増やすな」
☽
万は娘に、怪奇とは、魔法少女とは何か。開花のために必要な条件。月は怪奇とどう関係しているのか。僕に教えたことをその通りに教えた。
その間は暇を持て余したから、しばらく頭上に美しく咲いた藤を眺めることにした。娘は万の話を真剣に聞いているみたいだ。まだ終わりそうにない。
何も考えず、ぼうっと花を見つめる。
空気がおかしい。
二人は話に夢中で気がついていないが、圧縮されているような張り詰めた空気が藤の森を支配しているように感じた。
「万。入佳」
呼んだ。その直後。
舞踊っていた幾千幾万の胡蝶たちが一斉に黒ずみ、砂になって地面に落ちた。しかし落ちた音はなく、耳鳴りだけがこびりついて止まない。
「これは――厄介なことになったのう」
藤の森に熱風が吹き荒れる。綺麗だった藤はその一瞬で青白い焔に包まれ、森は火の海となった。
僕らは奇跡的に無傷で――いや、奇跡ではないだろう。何者かが狙って、わざと避けて森を燃やした。
「……玉藻前。その美貌で人を魅了し呪い殺す、非常に強力な怪奇とされる。
その威力はなんと、国家転覆級じゃ」
その姿はもう目に映っていた。美しい九尾の女が一歩進む毎に神楽鈴を鳴らして、ゆっくりと近づいてきている。
「ふむ。確かに噂通り、なかなかのべっぴんさんじゃのう」
「魅了されたのか?」
「む。ワシは一途な男じゃぞ? 紳士として素直に女性を褒めたまでじゃ」
不審者で飲んだくれで人を俵担ぎする紳士か。面白い冗談だな。
「ねえ、あの人はどうしたらいいの?」
「引こう。今のおぬしらが太刀打ちできる相手ではない」
そういって、万は少女を担いで逃げていく。
「だから僕を置いていくな!」
☽
「はあ、はあ……」
「ふう。何とか逃げきれたのう」
というより、最初から向こうに追う気などなかったように見えたのは気のせいだろうか。どちらかというと——
「――万。ちょっと疲れた」
ぽすん、と腕に寄りかかる。万は満更でもなさそうだった。
「なんじゃ。今日は甘えたじゃのう」
「……?」
入佳は初めて見る光景だったからか、少し首を傾げる、けれど何も言わない。
「ああそうじゃ、二人に記念品があるんじゃよ。魔法少女になった記念のな」
そういうと万は僕らの持ち物を指さした。刀と和傘。その二つは微かな光を帯びて、形を縮めていく。
やがてそれは、手のひらに収まるほどの丸い金属の容れ物へと姿を変え、気づけば手の中に収まっていた。殻には細やかな掘りが施され、妙に異国めいたその蓋を開けば、底には小さな刀や鈴などが絵の具と共に硝子に封じられて固まっている。
「いつまでも大きな荷物を携帯するのは大変じゃろ。変身するまでは服にでも髪にでも身に着けておくとよい」
入佳は早速自分の帯留めに引っかけて飾り付けたようだ。身体を揺らす度にチラチラと光る装飾品を眺めながら軽く舞っている。
「わあ、綺麗で可愛らしい。どうもありがとう」
入佳のは色とりどりに咲いた小さな和傘が封じられた装飾品だった。
僕のは服に着いた大きなリボンの結び目にかけ、赤いリボンと共にぶら下げておいた。
「万。似合うか?」
「……」
ほんの一瞬、万の目が細くなった気がした。しかし、やっぱり気のせいだったのか普段通りに笑っている。
「うむ。とてもよく似合っておる」




