弐ノ壱夜 憑き物
土砂降りの中、万を連れて街を彷徨っていた頃。大柳の下で和傘もささず、ずぶ濡れになっているあの日の花火師がいた。入佳……という名だったか。
「そこで何をしている?」
「あ、ええ。ごめんなさい。急な雨だったから雨宿りをしていたの」
慌てて柳の下に避難した……という事だろうが、木の下は雨を凌ぐには適しておらず、案の定全身びしょびしょだ。そもそも和傘を手に持っているのに何故ささない?
「その傘は?」
「これは拾ったものよ。持ち主へ届けに向かうところだったのだけれど……人の物を勝手に使うのは、はしたないでしょう?」
はしたない、というより、よく見れば傘はズタボロで穴が開きまくっている。これでは木の下で休もうが傘をさそうがあまり変わらないだろう。
「普通に考えて、捨てられたものじゃないのか?」
「そうなの?でもとても大切にされていたように感じるわ」
少女は和傘を抱きしめる。その様子を、万は何故か一言も喋らず見つめていた。
「……おい。万?」
「おぬし、憑かれ体質じゃな」
真剣、というより親しげな顔だった。
「稀にいるんじゃよ。怪奇から妙に懐かれる人間がのう。害のあるものも無いものも、みーんな寄ってきてしまう、ちょっとした体質じゃ」
「怪奇って、この前あなた達が退治してくれた子よね?」
「うむ。なんなら今おぬしは憑依されとる。その傘に」
「……傘?」
少女が持っている傘に目を向けた途端、傘はぐねんと曲がり、少女の手からすり抜けて雨の中を飛び跳ねて行った。
「あ、まって!」
少女はそれを追いかける。……なぜ追う必要が?
「あやつ、完全に取り憑かれとるのう。軽い催眠にかかっとる」
「つまりあの娘は傘に操られてるってことか?」
「満点じゃな。ワシらも追うぞ、成」
万が急いで彼女の元へ走っていく。なんだかいつもより楽しそうに見えるのは、コイツも彼女の憑かれ体質とやらに影響されているからだろうか。
とりあえず、僕も変身して追いかける事にした。
☽
「止まれ!怪奇!」
大きく鈴を響かせて、逃げまわる傘の動きを封じようとした。しかし突然、視界には真っ白の壁が広がる。……おでこをぶつけた。
「びゃっ」
「おぬしは稀に変な声を出すのう」
「……バカにするな」
おでこを擦りながら目の前を確認すると、白い壁には大きな目玉がついていて、僕らを通せんぼしながら睨みつけていた。
「ぬりかべじゃの。人の行く手を阻む怪奇じゃ。一服すると避けるらしいぞ」
「煙草なんかどこにも……」
万は早速と言わんばかりに煙草を吸い始める。子供の前で堂々と吸うんだな、この大人は。
「さて、道が開けたぞ。成」
万が再び走り出し、僕もそれに着いていこうとした……その瞬間。今度は何かが顔面にへばりついて真っ暗になった。
「うわ!」
「おっと。のぶすまの大群じゃな。そのままでは血を吸い尽くされるぞ」
細かく鈴を振ると、空から大量の鈴が降り注ぐ。鈴は次々に怪奇へ直撃し、あっという間に群れは地面に倒れてしまった。力技もいけるようだ。
「早くしないと見失ってしまうぞ」
「わかってる」
今の一連でだいぶ距離が離されてしまったが、変身すればだいぶ足も早くなれる。すぐにそばまで追いつくことができた……が、
傘についたひとつ目が僕らの方をギョロリと見た。途端、僕らの前に鬼の行列ができて再び道を塞がれた。
「百鬼夜行というものじゃな。見ると死ぬぞ」
「はっ?」
「まあ人間と呼ぶには怪しいおぬしには、関係のない話じゃがのう」
「はあ……」
さっきの傘の動きを見るに、僕らの邪魔をしてくる数々の怪奇は、あの傘の仕業だろう。
「あれはきっと、から傘お化けじゃのう。
元々付喪神だったものが、人に捨てられた無念で化けて出た、所謂いたずらお化けじゃ」
「それが、なぜ彼女に取り憑いている?」
「あの子が純粋で優しいからじゃないかのう」
居心地が良い、ということか?よく分からない。でも数多の怪奇をおびき寄せるような怪奇、放っておいたら彼女に危険が及ぶかもしれない。
「行列も止んだ。行くとするぞ」
☽
迫りくる怪奇をなぎ倒しながら娘が辿った道を行く。しかし何度も邪魔が入るせいで中々追いつくことができない。
「……いかんな。その先は藤の森。怪奇のたまり場じゃ」
「あの怪奇、何をしようとしている?」
「さすがに怪奇の心は読めんのう。
ただ……ああいった悪戯好きは何をしでかすか分からぬ。時には人の生命を脅かすことも」
薄紫色の花の群れに入っていく。森の中では雨はなぜか降っていなくて、代わりに一面の藤の花と花びらの絨毯が僕らを迎える。僕らが駆け抜けていく度に、地面で羽を休めていた夢見鳥が花びらと一斉に舞い踊る。
やがて、花吹雪が僕らの視界を遮り、竜巻のように僕らを包み込む。すると万が突然僕を押し倒し、何かから庇うように羽織を被せてきた。
――花吹雪が止む。視界が開けると同時に万を見ると、万の周りには真っ赤に染まった一面の――彼岸花が咲いていた。
「これは血じゃ。ワシにも制御の効かん妖力があってのう。ワシと関わった者もみな、流れた血を彼岸花に変えられてしまうんじゃよ」
妖力か何かで傷は回復したようだが、薄紫の空間にはまだ彼岸花が円を描くように咲き誇っている。
「なぜ守った?」
「今のはカマイタチじゃ。つむじ風に乗って現れ、鎌の形をした爪で人を襲う怪奇。ワシのような怪奇でないと、ズッタズタに斬り殺されてしまうじゃろ?
おぬしに死なれては困るからのう」
「……」
「きゃー!」
あの娘の悲鳴が聞こえた。見れば遠くの方で少女が倒れ、無数の蝶が彼女の居場所を指し示すように飛び交っている。
急がなくては。
☽
「無事か?」
「ええ、ごめんなさい。うっかりつまづいてしまったの」
少女は転んだだけのようだ。僕らが慌てて駆け寄った頃には既に起き上がっていた。
「おぬし、頭に花弁が着いておるぞ」
「あら。どうもありがとう」
万の手が娘の髪に触れ、藤の花びらがそっと退かされる。少女は傘を愛おしそうに抱え持っていた。
「騒がせてしまってごめんなさい。あたし、もういつも通りに戻ったみたいよ」
「どこがだ?」
「本当よ。だからこそ、この傘が手放せなくなったの」
少女は大人しくなった和傘を撫でる。
「この子はきっと寂しかったの。だからあたしに取り憑いたのね。
でも怒っていないわ。だって知らなかったんですもの。こんなに素敵な景色があるだなんて」
さっきまで怪奇のたまり場という言葉に夢中で気がつかなかった。ここには何万匹もの蝶が生息していて、いくつもの白い光が暗い藤の森を明るく照らしている。確かに綺麗な場所だ。怪奇は娘にこれを見せたかったのか?
「もうすっかり付喪神に懐かれとるのう。
期待通り、こやつは魔法少女になれるかもしれん」
「え、」
聞き間違いではないなら、今コイツ、魔法少女と言ったか?なら先程からずっと楽しそうだったのは……二人目の素質持ちを見つけたから?
「魔法少女?何かしら?」
「入間入佳。おぬしは怪奇に立ち向かえる強い素質をもっておる。どうか、魔法少女になってはくれんかのう?」
「――あたしが、魔法少女?」




