壱ノ伍夜 魔法少女
姿が変わった途端、刀に飾り付けられた鈴の使い方が自然と頭に流れ込む。
八つの首が一斉に襲いかかろうとしてくる。僕は強く、遠くへ響かせるように鈴を鳴らした。
音を聞いた怪奇は文字通り時を止められ、その隙に思いきり蹴りを入れた。蹴られた勢いで蛇の首がひとつ後ろへ吹き飛び、僕は大きく開いた隙間を駆け抜ける。時間の束縛が解け、蛇の頭がすぐまた僕を追いかけてくる。
僕は構わず真っ逆さまに海へ潜り込む。海底に沈んだ酒樽を刀でまとめて切り裂き、海中をお酒で満たしてやった。
僕を追ってきたオロチはそれに気づかず、お酒で満ちた海に頭から突っ込んだ。大量のお酒を僕ごとモロに飲み込んだオロチは、やがて酔って眠りにつく。
――結局食べられた。でも何故か焦りも恐怖もないのは、僕が海に広がったお酒を少し飲んでしまったからだろうか。
肉壁に囲まれたこの場所は暗いのに何故だか暖かい……。次第に僕まで眠くなってきた。……このまま、寝てしまってもいい気がしてきたな。
「――成」
まどろみの中で僕を呼ぶ声がしたかと思えば、暗い空間に一気に光が差し込み海水が流れ込む。引き裂かれた肉壁の隙間から見えたのは――海底まで届いた月明かり。
頭がふわふわする中、身体は人影に引っ張られるようにして抱えられ、崩れゆく肉壁から水面へと上がっていく。
☽
「全く……無茶をしよる」
気がつけば崖の上で、男に呆れ顔で抱えられていた。
海の方を見ると、怪奇の身体は沢山の黒い塵となって火の粉のように月へと昇っていた。
「…………礼は言う」
「これでおあいこ様じゃな」
☽
僕らは少女に怪奇は去ったと報告した。僕らと別れてからこの直前まで、少女は花火のことが心配で頭から離れず、ずっと縁台の周りをうろついていたそうだ。
「本当に助かったわ!どうもありがとう」
少女は安堵の涙を浮かべ、喜んでいるように見える。
「お礼といったらなんだけど、二人も花火を観に来て頂戴?当日は他にも沢山のお客さんを呼ぶのよ」
「ほう。ではお言葉に甘えさせて貰おうかのう。
のう?成?」
断ると思われてる。けど、別に断ろうとは思ってないし断る理由もない。それに聞いたことがある。花火とは、夜明けのように綺麗だと。
「いつやる予定だ?」
「明日よ!だから急いで試し打ちしなくちゃ」
「本当にギリギリだったんじゃの」
☽
当日。言われた通り会場は人で賑わい、ずらりと並ぶ屋台から色んな匂いが漂っていた。
「成〜。買ってやったんじゃ。ワシにもちょいと分けてくれんかの?」
鮎の塩焼きをかじる僕に万は羨ましそうに近づいてきた。買ってやったと言うが、以前落とした塩焼きの仕返しだ。譲る気はない。
「これは弁償代だ」
崖の近くでは沢山の人だかりが空を見上げていた。もうそろそろ花火が始まる頃だろう。僕は万と一緒に人だかりの後ろに立った。そして、花火が打ち上がるその瞬間を鮎をかじりつつ見守っていた。そして――
ドン、という破裂音に合わせて、空に真っ赤な華が咲いた。続いて黄色、青、紫と様々な花が色とりどりに空を彩る。やがて空に大きな白い花が咲いた途端、僕はふと万の顔を見た。静かに見ていた万が語り始めたからだ。
「あの大きな花は菊と言ってのう……咲いた途端に丸く広がる姿がそのように見えるじゃろ?」
「花火が好きなのか?」
「んー?怪奇が美しいもの好きでもよかろう?」
今にも鼻歌を歌い出しそうな口調で言うから、思わず「変だな」と返した。
そしてまたひと口、鮎をかじる。そういえば花火を見ている間、全く手をつけていなかった。早く食べないと冷めてしまうのに……。
☽
花火を観終わり帰路へ向かう途中、万はなぜか僕の後を着いてきた。その訳は玄関を開けた直後に分かった。
「祝!魔法少女覚醒じゃ!」
乾いた音と共に舞い上がる紙吹雪と、くす玉から垂れ下がる『天晴!』の文字。いつの間にこんな仕掛けを……いや、妖力の可能性もあるか。ともかく、家屋の人間がたまたま留守で心底良かったと思った。
「そんなめでたいか?」
万はまたあの小さなおばけの姿になってふよふよ飛びはねている。この姿だと身軽なのか、やけに気分が盛り上がってるように感じられる。
「そりゃ決まっておる。おぬしが魔法少女になったということは、秘められた妖力が開花され、この国を救う者が現れたということじゃからなあ」
「秘められた妖力とはなんだ。人には元々妖力が宿っていると言いたいのか?」
「ふむ……それはちと違う。
人に妖力があるのではなく、稀に妖力のある人間が産まれる事例があるということじゃ。条件は主にふたつ。
ひとつ、女であること。ふたつ、――怪奇の血が流れていること」
怪奇の血?つまり、僕には怪奇の血が流れていたということか?それとも――違う意味か?
「成。おぬしは水子。つまり産まれずして亡くなった胎児じゃ。しかしおぬしは人の腹の中では蘇らず、十三の少女の姿で突然現世に降り立った。最も人間と怪奇の境が曖昧な特例じゃ」
「つまり僕は、怪奇の血が流れているのではなく、存在そのものが怪奇に近い……と?」
「正解でよかろう。
――さて。堅苦しい話はここまでじゃ!宴を再会しよう!」
「まて、まだ話が――!」
万は大きな器に酒を注ぎ、滝のように飲み干す。そして僕にも赤い器を渡してきた。
「ほれ成。おぬしも杯を持て!」
「僕は未成年だぞ」
もう話を続ける気はないようだ。赤い器に甘酒をトクトクと入れられ、勢いだけで切り上げられてしまった。コイツはいつもそうだ。
「成。おぬしはまだ不完全じゃ」
「なにが」
「魔法少女としても。人としても」
「悪口か?」
「旅をしろと言っておる。出会い、学び、そして考えるんじゃ。さすれば、いずれ完全となる」
「……はあ」
嫌な予感がした。酔っ払い特有の、片方にしか分からない内容を一方的に聞かされる気配が――。
人型になった万は上機嫌に顔を赤らめながら愉快に酒を嗜む。そして、その予感は的中した。
「つまりは――上弦よ。満月となれ」
「は?」
「上弦はまだ満ち足りぬ月を言うじゃろう?それを成にたとえてどーたらこーたら――」
……万は手首を軽く動かし、杯を回す。ぼんやりした目でそれを眺めながら、回す手につられて身体もどこかフラフラしていた。
コイツは……完全に酔っている。




