拾ノ肆夜 冥土の土産
——おぬしら、久方振りじゃな。お菊が去って以来、あまり逢っておらんかったからのう。……ワシか?あの子の世話を引き受けてくれたことの、そのお礼と詫びをしに来たのじゃよ。
ワシが怪奇となってから、寧丸はワシが冥界へ還る日を毎日訊ねて来おった。ワシはワシの身体が保てる年月と、現世から消えてしまう時期を何となく察しておったが、寧丸は寝食を共にしてきた大切な親友を喪ったばかり。そう思うと言いづらくなってのう。寧丸に訊かれるたび曖昧に答えておった。が、察しの良いことじゃの。
あの子が賽の河原から蘇ってくるまでの期間は百年と、更に足して十三年。ワシの余命は百年で、なんとか引き延ばしても十五年弱。あの子を育ててやるには、ワシはあまりにも時間が残されていなかった。寧丸はワシに言ったのじゃ。あの子を養子にしてくれる者を探すべきじゃと。そうじゃな。ワシは賛同をした。実の父親でありながら、我が子の面倒さえ見てやれないとは胸が痛んだが、ワシが消えたあと孤独になるあの子のことを考えるともっと苦しくなった。おぬしらはお菊とも特に親しくしておったじゃろう。お菊と共に共存を願っておった。寧丸もおぬしらならば任せられると言っておった。礼を言おう。
うん?子には逢いに行かないのかと?勿論、夜さりはどんな子かこっそり覗きに来たのもあるぞ。……いや、話しかけるわけにはいかぬじゃろう。あの子はおぬしらの家族じゃ。ワシが干渉すれば、あの子にも良くないんじゃないかのう。確かに、寧丸からも面倒を見てやれと文を寄越されたが。……うん?おぬしら、あの子から避けられておるのか。ははは、それは大変じゃのう!そうか、丁度あの子は反抗期の歳になるのか。人の子はそのぐらいの歳になると面倒くさくなるらしいな。可愛いのう。ワシもその場面に居合わせてみたいものじゃ。……うむ?そういうことではないのか。
家族だと思われていない?外に出ている時間の方が長く、ただ何をするでもなく彷徨っている?心配だからと話しても届いていないようだと。……手を貸して欲しい、か。ううむ……そうしたい気持ちはあるのじゃが、ワシがあの子に逢って良いものか……。しかし……そうじゃの。どうせ外出ばかりなら、外でたくさん友達を作って思い出を重ねていけば、あの子も変わっていけるじゃろう。恩人の頼みだと思って、ここはワシが任されよう。……礼はいらぬ。これは少しばかりの恩返しと、娘への償いじゃ。
……それで、あの子はどういう子じゃ?寧丸から女であることは聞いておるが、詳しい容姿や性格までは聞けとらんのじゃ。……なるほど。ワシとよく似て不器用か。ならば心配するほどの不器用ではないのう。案外友人関係ならころっと気を許してくれるかもしれぬ。……うん?何故そのような目で見る?
そういえば、娘の名はおぬしらが文で伝えてくれたのう。日ノ出成というのか。大変縁起の良い名じゃ。夜もすがら由来を考察してみるのは楽しかった。それで、正解はなんじゃ?因みにワシは、烏夜国にもう一度朝が訪れますようにと願いを込めたものだと考えた。
…………なるほど。大願成就か。成の将来が成にとって日の出の如く明るく、望まれたものでありますように……。成には伝えたのか?なんじゃ、照れ臭くて伝えとらんのか。まあ、名前に由来とはその者に願いを込める所謂お守りのようなものじゃ。その子に聞かせて喜んでもらう為のものでもない。それと、おぬしら。大願成就のことじゃが、ワシも同じように思っておる。成の将来に、日の出の色が溢れんばかりに満ちることを。
……ワシが考えてやらなくて良かったのかと?いいや、実の父親と言えど、ワシは成を育てとらん。名前とは子供にどうあって欲しいか願うと同時に、子供の育て方を決めるものじゃ。ワシにおぬしらの育て方を指図する趣味はない。どうか、ありのままに彼女を可愛がってやって欲しかった。成は可愛いかのう?……そうか。とってもか。そう言われたら一目見に行かねば気が済まんのう〜。さて、今晩はどのような格好で出かけたのじゃ?……成は桜色の髪を二つ結びに……。話を聞く限り身嗜みには無頓着な印象であったが、髪型にはそこそこ拘っておるようじゃの。
……ほう?つまりおぬしらは、両手に荷物を抱え持っていると、ものを落とした際に厄介じゃから、髪をふたつに分けて輪っかにして結べば、荷物を掛けられて便利と教えた訳じゃな?中々策士じゃのう。じゃが、食い物を掛けていては大変じゃ。やはりワシが様子を見てこよう。こんなご時世に女ひとり歩きは危険じゃからのう。
……また夢を見ておった。ここに来てからというもの、現世の記憶がよく流れ込む。良い良い。成との思い出が冥界に来ても尚ワシの傍に居てくれるのなら、少なくとも安らかに眠れることじゃ。しかし、冥界はワシが最後に訪れた時よりもずっと秩序が成っていて平和じゃのう。はて、誰かの仕業じゃろうか。……いや、怪奇が外へ溢れて黄泉の国にいる怪奇が減っただけじゃな。
今頃烏夜国は、月が消えて怪奇のたまり場となったことじゃろう。日の神——ワシの姉は大丈夫じゃろうか。ワシが居なくなっても立ち直って、なんとか烏夜国に再び日の出を覗かせてくれたら良いのじゃが……否、そんなことが叶うなら、百年も夜が続くわけなかろうな。
成。勝手ながらおぬしには、烏夜国の過去から未来までを託した。烏夜国は完全に闇夜の世界となり、月は太陽と同様、伝説上のものとなった。そんな国では成も外に出ることも危険で、日に日に億劫になることじゃ。しかし、おぬしは強い。そして何より頼れる友達がいる。ワシが居なくなって妖力が届かなくなっても尚、おぬしは仲間と団結して再び魔法少女の力を取り戻し、こうして黄泉の国までやってきたのじゃろう?おぬしならば、ワシが居なくとも荒れた烏夜国を救うことだってできるはずじゃ。——英雄よ。お菊の未練を晴らし、どうか汝の手で幸せを掴み取ってくれ。成はもう、愛を知っておるのじゃから。……今まで気づきもしなかったもの。おぬしが羽々と戦ったあの日、魔法少女になるために無理矢理願ったこと。それは初めからずうっと成の傍にあったことを、おぬしは気づけたのじゃろう?成は愛されておった。ワシも、今もこれから先もずっと成を愛しておる。
じゃから——ここへは来るな。どんなにワシを捜しても再会できることはもう無いじゃろう。……やはり、仇と告げるだけではおぬしが此処へ来るのを止めることは出来やしないか。成よ。ワシはお菊を追って怪奇となり、そのせいで烏夜国は朝を消した。夜明けのない国はお菊の願いからみるみる遠ざかり、ワシはお菊を二度も殺してしもうた。ワシのあの日の告白は事実で良いのではなかろうか?ならば、仇はもう死した。おぬしの今まで解釈してきた方の仇討ちは果たされておる。あとはおぬしが烏夜国で幸せに暮らせるようになってくれれば、ワシは思い残すこともない。成が仲間を引き連れてここへ来る必要など、ひとつもないのじゃ。
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走りづらい彼岸花の群生を駆け抜けて、時折転びそうになりながら花の茎を踏んだ。袖に擦れた唐紅の花びらが散っていくのも構わず、僕は万の名を呼び続けた。大声を出しているせいか、頻繁に彼岸花の影や空から降って襲いかかってくる怪奇を妖刀で斬り進めば、共に斬られた彼岸花が更に大きく舞った。
「万、返事をしろ!」
万の正体が何で、何を隠してどんな嘘を吐いてきたかなどこの際どうでもいい。ただ万に会って話したかった。万がいない家は落ち着かなかった。
「出てこい、万!」
地平線まで続く彼岸花の群生地を見渡して、人影がなくても進み続けた。やがて下駄すら邪魔に思えて、入佳が入り口でそうしたように僕も脱ぎ捨てて走った。裸足によく石がくい込んだが、そんなのも気にしていなかった。
……怪奇を十数体退治した頃だろうか。僕のすぐ手前に、彼岸花の群れに引っかかって花の上で横たわっている紐のようなものが見えた。構えていた刀をしまって近寄って、それを拾い上げてみると、素朴で何処にでも売っていそうな黒い帯締めだった。なのに触れてみればそれは馴染み深く、妙な親しみと懐かしさを覚えた。
同居人から聞いた話では男は帯締めを使わないらしく、それなのに万は何故か身に着けていた。単純な趣味なのか、また母に関係することなのか知らないが、出会った時からなんとなく印象には残っていた。それでも目立つものではないし、見た目も平々凡々で特別目に留まるものでもなかった。今手にぶら下がっている紐が万のものではないと言われる根拠は幾つもあった。それでも、これは万のものだと思ってしまった。
「近くにいるのか?」
紐を手放さないようしっかり握り締め、再び辺りを見回した。明るく何処までも赤い彼岸花の丘に、やはり人影は見当たらなかった。空から降ってきたのではないかと一応見上げても、そこに万の気配はない。来た道も振り返ってみると入佳たちの戦っている場所は全く見えず、かなり遠くまで来たのだと実感した。そして、まだ奥まで進むべきかと、足を動かして走り出そうとした——。
「戻れ。成」
不意に何処からか万の声が聞こえてきた。目の前のような、そもそも空間そのものから聞こえているかのような、鮮明に聞こえた万の声に驚いて宙を向いた。目に映った地平線の先がひび割れる瞬間が見えた。そして、轟音と共に空間は砕け空や地面が崩れ落ち、その隙間からは黒く沈んだ奈落が窺えた。以前見た万の妖力と全く同じ力。万が異空間を壊した時と同じ光景が瞬く間に広がった。
「まて、万——!」
装飾が輝いて、しまっていた妖刀が再び現れた。そうすれば刀は必殺技も唱えていないのに勝手に姿を変えて、巨大な神獣は僕を強引に背中へ乗せた。
「おい降ろせ!まだ万が……」
龍は聞く耳も持たず僕が来た道を引き返していく。彼岸花は目の中でひとつひとつの輪郭を消して過ぎ去って、僕は風を切ったまま振り返った。景色がどんなに壊れても、万が見えることはなかった。




